第34話

「お待たせ。次はどうする?」

「……そろそろ時間だし。俺の部屋に行かないか?」

「あら、もうそんな時間?」


 俺の提案に聖良は首を傾げた。

 まだ時間には余裕があるが、人も混み合って来たし、焦って移動したくない。

 何よりも……。


「う、うん。……そろそろ、落ち着きたいかなって」


 少し荷物が増えて来た。

 聖良の荷物や、途中で獲得した景品はすべて俺が両手に持っている。

 これに合わせて、露天で購入した食べ物もある。

 重くはないが、嵩張っている感じがする。


 というかそろそろ持ちにくいし、歩きにくいので、いい加減に切り上げて欲しいのが本音だ。


「あ、あぁ……そ、そうね。そろそろ、撤退しましょうか」


 俺の意図に気付いたらしい。

 聖良は気恥ずかしそうに目を逸らした。


 俺に荷物を持たせている聖良だが、彼女の両手も綿菓子とりんご飴で塞がっている。

 ついでに頭にお面も被っていた。

 ちょっとエンジョイし過ぎだ。


「とりあえず、綿菓子かりんご飴、どっちか持つよ」

「いいの? 余裕、なさそうに見えるけど」

「両手に串持って歩く方が危ないから」


 荷物は俺の方が多いが、全部ビニール袋に入っている。

 追加で串を一本、持つくらいならできる。


「そう。じゃあ、綿菓子、あげるわ」


 聖良は左手に持っていた綿菓子を俺に手渡した。

 そして余った左手を、俺の腕に絡めてきた。

 柔らかい胸の感触がする。


「それじゃあ、片手開けた意味がないだろ」

「意味はあるわ。これなら、転ばないもの」


 聖良は何故かしたり顔でそう言った。

 ……悪い気はしないし、放っておくか。


 


「あぁー、やっと着いた」


 聖良は喜々とした様子で下駄を脱ぐと、俺の家に遠慮なく上がった。

 やはり慣れない下駄は歩き辛かったのだろう。

 気持ちは分かる。

 俺も早く脱ぎたかった。


「ねぇ、お皿、借りてもいい? りんご飴、置きたいの」

「いいよ。ついでに冷蔵庫に入れてあるラムネ、出してくれるか?」

「了解」


 聖良が皿を出している間に、俺は折り畳み式のテーブルと椅子を引っ張り出す。

 そしてベランダにセットする。

 それから買ってきた食べ物を並べる。


「春樹君、どこ? 飲み物、どうすればいい?」

「ベランダだ」


 俺が呼びかけると、ほどなくして聖良はベランダにやって来た。

 そしてラムネと、さらに乗せたりんご飴をテーブルに乗せた。


「いやぁ、座れるっていいわね」


 そして椅子に座ると、大きく伸びをした。

 それから姿勢を戻る。

 俺は思わず目を逸らした。


「どうしたの」

「……胸、開けてるぞ」


 浴衣というのは歩いているうちに、どうしても緩んだり、解けてしまう。

 それがさっきの伸びで決定的になったのだろう。

 胸の谷間はもちろん、かなり際どい部分まで見えてしまっていた。

 ……本当にブラジャーを着けていないことがしっかりと分かった。


「やだ、えっち」


 聖良は胸を隠しながら、俺を咎めた。

 口調こそ冗談めかしているが、顔は少し赤くなっている。

 普通に恥ずかしかったらしい。

 当然か。

 下着、着けてないもんな。


「いいから。直してこい」

「そ、そうね」


 聖良は浴衣を抑えながら、いそいそとベランダから出た。


「覗いちゃダメよ」


 わざわざそう言ってから、カーテンを閉める。

 モゾモゾとカーテンの奥で布が擦れる音がした。

 

 向こう側の聖良は全裸なのだろうか。

 そう考えると、少し悶々する。


「ねぇ、春樹君」

「どうした?」

「ちょっと、手伝って欲しいんだけど。いい?」

「えぇ!? ……いいのか?」

「抑えてくれるだけでいいから!」


 俺は立ち上がり、カーテンを開ける。

 そこには浴衣を両手で抑えながら、四苦八苦している聖良がいた。

 残念ながら、エロい恰好ではなかった。


「この部分、抑えて。しっかりね」

「はいはい」

「離さないでよ? 離したら、全裸になっちゃうから!」

「はいはい」


 離すなよと言われると、離したくなるのだが……。

 そんな誘惑に耐えながら、浴衣の着付けを手伝う。


 聖良が動くたびに、甘酸っぱい香りが漂う。

 汗と制汗剤の混ざった香りだ。

 不快な感じはしない。

 むしろもっと嗅ぎたいと思ってしまうような香りだ。


「……ありがとう、終わったわ」


 聖良の言葉を受けて、俺は浴衣から手を離した。

 そこにはきっちりと、浴衣を着込んだ聖女様が立っていた。


 こうしてみると普通なんだけどな……。


「何?」

「美人だなと思っただけだよ」

「何よ、急に。冗談言ってないで、食事にしましょう」


 聖良は冷淡な口調でベランダへと戻った。

 そんな彼女の耳は赤く染まっていた。


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