第33話

「それで春樹君は何をしたいの?」

「何を?」

「誘ったのは春樹君でしょ? したいことがあるんじゃないかと、思ったけど?」


 ふむ……。

 俺は少し考えてから答えた。


「お前と夏祭りに来たかっただけだから。特にしたいことはないな」

「あら? それって、私と一緒に過ごせるだけで幸せ……って解釈していい?」


 ニヤニヤと笑いながら問いかけられる。

 正確には“仲の良い女の子と夏祭りに行く”というシチュエーションをしたかっただけなので、微妙に違う気もするが……。

 まあ、いいだろう。


「その解釈でいいぞ」

「え? あ、そ、そう……」


 真面目に返すと、聖良は恥ずかしそうに目を逸らした。

 頬が少し赤くなっている。


 か、勘違いするな! お前のことが好きなわけじゃない!!

 ……って、返した方がいいのだろうか?


「つまり、全くのノープランということ?」

「いや、花火は見たいな」

「あるじゃない。どこか、見やすい場所とかある?」

「俺の部屋のベランダが一番見やすいな」

「……確かにそれもそうね」


 聖良は拍子抜けしたような顔をした。

 思ってたのと違う……そんな表情だ。


「始まるまで、まだ時間あるから。聖良はどうだ? やりたいこと、あるか?」

「うーん、そうねぇ。正直、お祭りってあまり行ったことないから、勝手が分からないのよね。子供向けってイメージがあるし……」


 もしかして、祭りとかそんなに好きじゃないのだろうか?

 もう少しプランを練っておけばと俺が後悔するのと同時に……。

 聖良の視線が一点に吸い寄せられた。


「射的、興味あるのか?」

「え? あぁ、えっと……やったことないから、やってみようかなと思っただけよ」

「じゃあ、やってみようか」

「そ、そうね。何事も経験だし」


 言葉や口調の割には聖良の足取りは軽かった。

 子供向け云々というのは、ただの強がりだったらしい。


 なぜ恥ずかしがる? 祭りだからとはしゃぐのが恥ずかしいから? 

 下着履かない方がよっぽど、恥ずかしいと思うけどな。

 人間として。


 店主にお金を払い、銃を借りる。

 

 聖良は不慣れな手つきで弾を込め、銃を構えた。

 狙いは……クマのぬいぐるみのようだ。

 

 サイズはそこまで大きくないし、狙いやすそうな位置にある。

 悪くないチョイスだ。


 ぬいぐるみ程度なら、実は固定されているなんてオチはないだろうし。


「こんな感じかしら? うーん……」


 パン! と音を立てて、弾が銃から発射される。

 残念ながら当たらなかった。

 それから四発、弾を打ち切り……結局、景品を得ることはできなかった。


「……難しいわね」


 聖良は眉間に皺を寄せながら唸った。

 鞄に手を伸ばし、財布を取り出そうかと、逡巡する様子を見せた。


 ぬいぐるみ自体は安物だし、どうしても欲しいわけではないのだろうが……。

 彼女は負けず嫌いだ。

 このままでは引き下がれないのだろう。


「良かったら、教えようか?」

「得意なの?」

「まあ、そこそこ」


 というわけで、お金を再度払い、再チャレンジする。

 俺は聖良の後ろに立ち、一緒に銃を構えた。


「足を開いて。脇を締めて……そう、そんな感じ」


 まずは持ち方から矯正する。

 それから照準の合わせ方、狙う位置などを助言する。


「狙う位置は上、特に端を狙うのがいい。遠心力で落とすイメージだ。……狙いはあのクマでいいよな?」

「……うん」


 俺は聖良の手に、自分の手を添えた。

 あくまで添えるだけだ。

 体を密着させると、彼女の柔らかい肌の感触と体温、そして甘い香りが漂って来た。


 ……悪くないな。


「もう、撃って大丈夫?」

「ああ」


 俺の言葉を受け、聖良は引き金を引いた。

 弾は景品の少し上を掠めた。


「……惜しかったわ」

「あと四発ある。狙いを少し下に合わせようか」


 もう一度、照準を合わせる。

 聖良は射的に夢中で、俺が必要以上にくっついていることに気付いていない様子だ。

 役得だと思うと同時に、気付かれないのは少し寂しい。


「あ、当たった」

「その調子だ」


 今度はぬいぐるみの右上に当たった。

 落ちなかったが、狙いは悪くない。


「……中々、落ちないわね」

「あとちょっとだ。落ち着いて」


 再び、弾が命中する。

 まだ落ちないが、ぬいぐるみが台の端の方へと動いた。

 あと一度当てれば落ちるだろう。


「……やった!」


 そして三発目。

 ついにぬいぐるみが台から落下した。


「中々、面白かったわ」


 聖良は店主から受け取ったぬいぐるみを抱きながら言った。

 良い笑顔だ。

 これだけでも誘った甲斐があったものだ。


「あと二発はあなたが撃って」

「いいのか?」

「二発だけじゃ、私の実力だと、何も落とせないわ」

「そうか」


 俺なら二発で落とせると思っているのだろうか? 

 できないことはないが、プレッシャーだな。


「あのお菓子でいいか?」

「何でも良いわよ」


 失敗すると恰好が付かないので、一番落としやすそうな物を狙う。

 緊張しながらも良く狙い、引き金を引く。

 チョコレートのお菓子の箱が台から落下した。


「一発なんて、凄いわね!」


 普段はここまで上手く行かない。

 もしかしたら、射的の神様が気を聞かせてくれたかもしれない。

 好きな女の前でカッコつけられるようにと。


「たまたまだよ」


 続けて最後の一発を撃つと……。

 外した。


「あら」

「……さすがに二発も当てるのは、難しかったな」


 俺は思わず頬を掻いた。

 ちゃんと一回は当てたのだから、面目は保てているのだが……。

 ちょっと、決まりが悪いな。


「はい、これ」

「あら、いいの? あなたが落としたものだけど」

「払ったのはお前だろ」


 そう言って聖良にチョコレートを渡す。

 彼女は微笑むと、チョコレートを鞄に仕舞った。


「そう。なら、ありがたく、もらっておくわ。でも……」

「でも?」

「この程度でセクハラを許してあげるほど、優しくないから」


 聖良は笑いながら言った。

 バレてたみたいだ。


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