湖水渡り
――本能寺の変より二日。明智から毛利へと送られた密使を捕らえ、信長
一方、羽柴迫るとの急報を受けた
主戦場となったのは山と川に挟まれた狭小地帯。三つの川の合流地点と接するこの地域は古来より水運にも利用される交通の要地であり、拙速を尊ぶ羽柴軍が大阪平野は北摂から京都盆地へ抜けるには必ず通らねばならぬ
両軍が相見えることとなったこの地を
本能寺の変から実に十日後の天正十年六月十二日。円明寺川を挟んで両軍は対峙した。
諸将の参陣を得られず兵数で劣る明智軍と兵力では大きく勝るものの無理を押した行軍によって疲弊した羽柴軍。両者は睨み合い、明くる十三日の申の刻。雌雄を決する戦端は遂に開かれた。
しかし、この
万の軍ではあるまいが――。
十兵衛様は御無事に坂本へ入られたのであろう。
山崎での敗退を知らされてから秀満の胸を騒がせていた不安が収まっていく。
十兵衛様あっての明智。十兵衛様が息災なれば我ら明智はまだ死んでいない、と馬の手綱を握る秀満の手にも力が入る。そして、光秀が生きているならばその許へと馳せ参じるは秀満の使命であった。それは秀満に続く明智の兵にとっても同じこと。
駆ける馬の背で秀満は敵色を窺う。敵軍は突如として現れた秀満達の接近に浮き足立ち、また数の多さのためか指揮が錯綜しているようだった。
秀満はその隙を衝いて一点突破を図る。
「我らは一騎当千の明智の兵。憎き羽柴の者どもを討ち、坂本で待つ十兵衛様への手土産とする!」
秀満の豪語に負けじと背後の手勢が
馬で踏み荒らし、槍で突く。迫る矢を叩き落としては、敵を
本能寺とは正反対の立場となった現状に秀満は奥歯を噛み締めた。
信長を討った報いか――。
いつしか秀満は寄せる敵に押されて
秀満は誰よりも己が光秀の望む泰平の世に不似合いであると知っていた。それでも秀満は光秀の語る理想を叶えたかった。その志を希求し、その願いを切望していた。光秀と同じ世をともに夢見ている間は明智の旗のように自身も清廉でいられる。そんな気がしていた。秀満は光秀のようになりたかった。光秀のように在りたかった。
けれど、秀満の手は今も血に
秀満は我知らず自らを囲む敵に背を向けた。手綱を引き、打出の浜、その岸辺へと馬を走らせる。そして、そのまま秀満は馬とともに水の中へとその身を浸した。秀満はしとどに濡れた自らの手を見る。血の色は薄まれども消えることはなかった。
岸へと寄せる
――十兵衛様。
秀満は馬の頭を巡らせた。視線の先には坂本城。秀満は
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