戦火の果て
火の鎮まりを待って、焼け落ちた本能寺に
寺の塀の内側には倒された
己の命より功名が大事か。
見慣れた
誰よりも秀満は信長の首を求めていた。それはひとえに
焼け失せた堂を横目に見ると寺を形作っていた柱や梁は黒く焦げ落ち、その合間から赤黒い枯れ木の枝のようなものが何本も伸びている。それはどうやら下敷きになった小姓達の変色した手足のようだった。その中の一つには先刻、塀の外から目にした蘭丸の骸もあるのだろうと秀満は僅かに感慨を抱く。
十兵衛様への恥辱、我が手で晴らしたかったものだ。
血に染まぬ世を願いながらも、そうして血を欲してしまう武士という
――無い。
信長の首がどこにも見当たらない。背に
「……どこだ」
空に昇る煙の呼んだ灰色の厚い雲が明智に代わり寺を囲い込むように垂れ込めている。
秀満は心ともなく
「……首はどこだ。……信長の首は」
常ならぬ秀満の異変を止めたのは本能寺の包囲において、総大将である光秀とともに第三陣を率いた
「
言って、利三は重なった柱をどけようとしていた秀満の腕を取った。その時、秀満は初めて自身の手が灰に
「――済まぬ。だが、探さねば……」
「信長の首、ですな?」
利三は
小さな咳払いを挟んで利三は言う。
「我が配下の
その知らせに
「討ち取ったのか――?」
「いえ、それが
「では急ぎ、追っ手を差し向けねば――」
聞くや、兵を動かすため時を惜しんで陣に戻ろうとした秀満を利三が止める。
「お待ち下され、左馬之助殿」
「
「その通りでございますな。ですが、信長が逃れたは寺の外ではございませぬ」
秀満には話の
時局は秀満の
「……信長は
尋ねた秀満から視線を外して利三は黒い炭ばかりとなった寺の跡を見渡す。
「深手を負った信長は寺に火を放ち、自らは堂の奥に籠もったのだとか。つまり――信長が消え失せたのは灰の中にござりまする」
利三の返答に秀満も灰がちとなった堂の残骸に目を落とす。そこにも焼けて
「では、その堂の奥とやらを探せば良かろう」
言わずもがなを口にした秀満にも利三は頷くことはしなかった。
「既に手の者に検めさせましたが、火元に近かったためか堂は燃え尽き、残った炭の塊が人であったかそうでないかすら判じかねる有り様。これぞ正に信長の首と呼べるものは……見つかりそうにもありませぬ」
利三の
信長の骸が残らず
秀満は織田に仕える見知った諸将の顔を思い浮かべる。その内のどれだけが確かな首もなしに信長の死を信じるだろうか。よしんば信じたとしてどれだけが明智の軍門に
思案に暮れる秀満の耳に
「首はなくとも、我らは確かにあの織田信長を討ったのです」
利三の言葉に秀満は
「覆水は
秀満の呟きに返る言葉はない。覆水盆に返らず。
――
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