それぞれの忠義



 夜半、利三としみつが配下の安田やすだ国継くにつぐに何事かを命じている声を秀満ひでみつは耳にした。それは間諜かんちょうと思われる者、疑わしき者を斬れとの指図。利三の命を受けて国継が一足先に影へと紛れる。茂朝が聞けば、また卑怯だと頭に血を上らせたかもしれない。しかし、秀満はそこに茂朝とは形の違う利三の忠義を見た。誰よりも主君をいさめ、けれど、事が始まれば誰よりその成就のために身を粉にする。それは実際家の利三らしい忠義の在り方だった。

 軍勢はさらに歩を進めていく。

 亀山かめやまからの道中、京への道と西国さいごくへの順路の分かれ目である沓掛くつかけを秀満達は通過した。無論、その行く先は西国ではなく京である。真実、この時、明智勢は戻ることの出来ない道へと踏み出した。そして、京の街を川の向こうに捉える桂川かつらがわに差し掛かったところで秀満は兵達に戦支度を整えるように指示を下す。すると、あちこちから兵の出す物音が聞こえてきた。軍鼓ぐんこの響きはなくともそこに舞うのは確かに戦塵に違いない。それはまるで未明の闇に秀満の「信長討つべし」というたぎる思いが広がっていくようだった。

 そうして、桂川を越えると秀満を始めとした明智の将はそれぞれに別れて京の街へと急ぐ。その目的は織田の討滅。主立った織田家の面々の所在は既に調べがついていた。その中でも不乱なる驀進ばくしんを見せる秀満の狙いはただ一つ。

 馬を走らせながら秀満は誰にともなく呟く。

「敵は本能寺に在り」

 天正てんしょう十年六月二日。東の空が僅かに白み始めた頃、流れる水の如く明智の兵は京を進んでいく。

 一心に信長の首を求めて。

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