君の恋の終わりを

位用

 

 とある田舎の港のお話。


 その港のコンクリートの上に、制服を着た少女が座っていた。なにかをするわけでもなく、彼女はただ海を見ていた。

 「自称優等生がこんなところでおさぼりかい?よくないぜ」

 時刻は午前9時。少年が少女に後ろから声をかける。素朴で、地味な風貌だったが、右耳のピアスは似合っていた。

「そんなものを自称した覚えはないな。ていうか、君もおさぼりじゃないのか、自称不良君」

「なるほど、勝手に何かを自称してると言われるのはあまりいい気分ではないね」

 少年が少女の隣に腰を掛ける。

「分かればいいよ」

「ははは」

「ははは」


 沈黙。波の打ち付ける音が聞こえる。今日は穏やかだな。


「で、なんでさぼってるんだい?」

「別に、何も理由とかないよ、なんとなく」

「そっか」


 沈黙。潮風の匂いが心地いい。


「……話し下手だね、君」

「居心地が悪くなのならいいだろ」

「まぁ、それは間違いない」

「あれ、もしかして悪い?」

「……いや、別に」


 沈黙。……もういいか。


「ところでさ、君誰?」

「お、ついに聞いたか」

「なんか聞いたら負けな気がしたから黙ってたけど、さすがに気になっちゃって……え、初対面だよね?」

「うん、初めまして」

「初めまして、んで、だあれ?」

「誰だっていいじゃないか、多分もう会うこと無いし」

「一期一会、ってやつ?」

「そうだね」

「そっか」


 沈黙。……あ、今向こうで跳ねた。ボラかな。


「君はなんでここにいるの?」

「え?」

「いや、人にさぼった理由を聴くってことは、自分はそれを言えるってことかな、と」

「なるほど、一理ある」

 少し間を置いて、少年は答えた。

「少し、迷子になってね」

「それって、比喩的な?」

「うん」

「そっか」


 沈黙。照りつける日差しが海に反射し、きらきらと光っている。


「……深く聞いてきたりはしないんだね」

「聞いてほしいの?」

「いや、やめてほしい」

「じゃあいいじゃん」

「……そうだね」


 沈黙。田舎の風が海へ吹いていく。


「ねえねえ、ちょっと話、というか悩み聞いてもらっていい?どうせ暇でしょ?」

「暇だけど……僕でいいのか?」

「まあ、もう二度と会わないだろくらいの人が相談には丁度いいかなっていう、私の持論。あと、君とはなんだか馬が合いそうだし」

「ふうん。でも、分からないよ。この町は狭いから、どこかでふらっと会ってしまうかもしれない。あ、後半は同意」

「それはないよ。君はここの人じゃないでしょ。制服が違うし、この町の高校生は20人しかいないから全員分かるし。だから迷子が本当かどうか聞いたんだけど……もしかして、相談乗るのだるいなっていう人?」

「名推理だね。いかにも、僕はここの住人ではないよ。細かい可能性を指摘していくときりがないから断言すると、この出会いは本当に最初で最後だ」

「やっぱり」

「相談には乗るよ。僕も、もう二度と会わない人の悩みくらいが聞くのに丁度いい気がしてきた」

「そう、ありがと」


 沈黙。


「……私ね、この海が好きなの」

「へぇ、いいじゃん。……それが悩み?」

「うん。……好きっていってもね、こう、性的に、好き……恋をしてるんだ」

「……」

「具体的にどこがっていうのは、他の人の話を聞いたことがないから、その……人に話せるようにまとめられない。でもね、小さいときからずっとこの海を見ててね、いつからか、誰に、何に思う感情とも違う気持ちが、海に対して向くようになったの」

「……」

「私は、海を愛しているんだ」

「……なるほどね……それで、君は僕に何を____」

「でも私は、海へのこの気持ちを終わらせたい」

「……そう」

「どう?この一連の話を聞いて、引いた?」

「いやぁ別に」

「……そう」

「僕は、出来る事なら君の今の恋を応援したい。でも、君がそんなことを言う理由が愉快な理由では無さそうなのも、なんとなく想像がつく」

「……」

「海が好きというのが君の思いなら、思いを終わらせたいというのも君の思いだ。だから、僕はあくまで君が海への気持ちに区切りがつけられるように、手伝いをさせてもらうよ」

 少年は立ち上がり、少女の少し後ろまで歩いて止まった。

「……何かするの?」

「ちょっと立ってこっち向いてよ」

「おう……」

 少女も立ち上がり、少年に向かい合った。

「さて……それじゃ、僕を海だと思って告白してよ!」

「……は?」


 沈黙。


「……やっぱり駄目だったかな、こういうの。えへへ……ほら、海って喋れないから終わるに終わらせられないのかなと……終わらせるならしっかりと気持ちを伝えるのがいいかな、と思って……」

 気まずそうに少年は微笑みながらそう言った。後ろで組んでいた手を解き、もうやめにしようという雰囲気を少年から感じた。

「いや……」

 しかし、少女の心に在ったのは

「告白……させて欲しい」

 嬉しさと感謝、そして……緊張だった。

「……分かった」

 少年は、今度は決意を受け止めるように、しっかりと微笑む。


 沈黙。海は少女達にとって、一瞬とも永遠とも感じるその時間を優しく見守るように、穏やかな波を立てる。


「……」

「緊張してる?」

「……そりゃね、一生無いと思ってたから、こんなこと」


 沈黙。


「ずっと前、あなたのことを始めて見たその時から、あなたのことが大好きでした」

 その言葉は、思ったよりも簡単に口から出せた。


「朝焼けに照らされるさざ波が、私を遠くへ誘うような潮音が、いつでも私を優しく包んでくれたあなたが____大好きです」


「…………ごめんなさい」


 沈黙。少し、波の音が強くなる。


「……ははっ、こーゆーのって普通振る?『ありがとう』とかで胡麻化してくれてよかったのに……」

「……しっかりと終わらせるなら、しっかりと振った方がいいと思って……、とはいえ流石にOKを出すわけにはいかないからな、海の許可も得てないのに」

「それもそうだね……ありがと」

「どういたしまして」


 沈黙。少女の目は、少し濡れていた。


「……ところでさ」

「どうしたの?」

「本当のところ何であんなとこいたの?」

「え?」

「あぁ、いやごめん、忘れてほしい。何かほかにある気がするっていう、ただの勘だから」

「そう、だとしたらその勘、いい精度だね」

「ありがと」

「……私は次の授業から学校に行くよ。君のおかげで、この先少しは楽しく生きていけそう」

「もし本当に駄目になったら、海はいつでも君を受け入れてくれるだろうしね」

「……そこまで分かってたら、それは勘じゃなくてエスパーだよ」

 少女は、少し悲しげな笑みを浮かべた。

「……きつかったんだ。別に、いじめられたりしてたわけじゃないよ。みんなが好いた惚れたみたいな話をする中でね、ただ、この先もずっと叶わない恋を引きずりながら生きていくのが、怖くなっちゃったんだ。もしかしたら、いつか忘れられるかもしれないし、かっこいい男の人のことを好きになるかもしれない。でも、そうやって海のことを忘れる事でさえ、嫌なんだ」

「……我儘だね」

「そうかな」

「うん。でも、とても大切な気持ちだよ」


 沈黙。


「じゃあ、本当にもう行くね。ありがとう、もう会わない誰かに気持ちをぶちまけるだけのつもりでいたんだけどね」

「そうか、余計なお世話だったかな」

「そうじゃないこと、わかってるでしょ?思ったよりも、大切なことだったんだよ、告白って」

「……うん」

「あ、そうだ」

「どうかした?」

「君も死ぬなよ」

「……!」

「じゃ、ばいばい」

 少女は港から去っていった。

「エスパー……ね、君も大概だよ」

 いや、割と分かりやすい態度だったのだろうか。

「……僕ももう少し、頑張ってみようかな」



『よ、お前中学一緒だったよな?全く話したことないけど、よろしくぅ!』

『え!この絵お前が描いたの⁉かっこよ!さいこーじゃん!』

『お前もピアスつけたいの?しょーがないなー、穴を開けてやろう』

『それうまそーだな、一口くれよ__えー、いーじゃん一口くらい……』

『何?好きな奴がいんの?よし、じゃあ練習に付き合ってやる!俺が相手役やるから、そいつだと思って告白してみろよ!……え、それじゃあ意味ない?なんだよ、俺中学のとき演劇部だったんだぞ!』



 死ぬつもりなんて毛頭ないけど、自分を殺していたかもしれないな。気持ちを変えるための小旅行だったけど、どうやら真逆の方向に向かうようだ。

「あ、もしもし……うん大丈夫。いまちょっと……えーどこだろ、よく知らない海にいる」

 僕はどうせ無理だと諦めてしまったけど、君はどうしても諦められなかったんだね。……かっこいいな。

「いや、死にに来たわけじゃないから、安心して…………あーやっぱ心配されてる?ごめんって先に言っといて」

 信じてほしいのは、僕が海の代わりに君を振ったのは、嫉妬じゃないよ。本当に、すごく真剣に考えて、あぁ言ったんだ。

「あ、あとさ」

 君にもらったものは、言葉にできない

「帰ってたら言いたいことがあるんだ」

 でも

「少し、待っててほしい」

 それがきっと、僕を前進させる

「……ん、わかった」

 ありがとう

「じゃ、また後で」

 できるのなら君に話したいな、僕の恋の、行く末を。



 少年も去り、港には誰もいなくなった。その潮風が祝福なのか、慰めなのか。あの少女なら、分かるかもしれない。

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