Room7.Five Minutes After Dark

※性的な描写が含まれるので、ご注意願います。



その日は朝から雲行きが怪しくて、午後から雨が降り出した。

みぞれかな?まぁいいやどっちでも。


洗車をした日は大体天気が崩れる。今回もその法則が当てはまった。

今回は洗車だけじゃなくてオイル交換もお願いした。ガソリンスタンドの待合室でスマホをいじって時間を潰す。

なんとなく風俗サイトのチャットに返信をしなくなっていた。

「風俗って結局どこまでいっても風俗なんだよな」という当たり前の感慨のなさ。


そしてそこに情緒を求めることはもうできないのかもしれない、と薄々気づいていた。


「そうだメンズエステ、いこう」(”そうだ京都、行こう。”みたいにいうな。)



車で1時間以上かけて、我ながらご苦労様と思う。

比較的規模が大きい地方都市。3車線をアメンボのように移動しながら目的地へと向かう。


以前、アオイという嬢もここで出会った。何人かフリーで入ったことがあるけれど、満足度の高いサービスだったと記憶している。

なので今回もサービス過剰な嬢が登場するワンルームへ。


多くの下心のある男性諸兄と同じように、メンズエステに求めるものは筋肉の凝りをほぐすことではない。

肌のふれあいの伴う、ぬくもりの通ったやりとりに非日常を求める。マッサージと風俗サービス間を求める。


そこには文脈がない。


エレベータのないアパートメントの408号室のチャイムを鳴らす。

ちょっとおとなしめのぽっちゃりとした女性が現れた。


簡単なコースの説明を受けて、料金を支払う。

服を脱ぐ、シャワーを浴びる。紙パンツを履く。


お互いが乗っているクルマとか休日の過ごし方とか雑談が盛り上がった。

マッチングレベル69%くらいかな。


会話のキャッチボールがうまくいって、食事のペースが同じくらいなら大体は体の相性もそこそこいい。

あと身長差。体型はポチャだけど差がちょうどいい感じだった。


そんなことを思っていると女は鼠蹊部というよりは、ほぼキンタ丸を触ってる。

メンズエステの醍醐味をきわきわで攻めてくる。

思わずため息が出るほどのテクニックだ。

上半身は自然な流れ(?)でトップレス状態に。いや不自然やろ。

カラフルなネイルで足の付け根、玉、裏筋、乳首を責め立ててくる。


体勢は四つ這い、添い寝、背面騎乗位と目まぐるしく展開する。

書いてても思う。


「もはやメンズエステではない(”もはや戦後ではない”みたいにいうな)」


90分/13,000円のサービス料金。

もう少し遊びたかったので5,000円追加で30分延長。


続きが再開される。

嬢を四つん這いにして乳首を愛撫。


「つねられるのが気持ちいい」と微かに喘ぎながら首筋のあたりから、やらしいフェロモン臭。

SとMの両刀使いと言っていただけあるな。反応がある方が責めがいがあって楽しい。

下半身の方は「今日は生理なの」と言っていてゴワゴワとした感触があった。


自己申告だから本当かどうかはわからないけど、初回でエロい展開になるときの生理率はめちゃくちゃ高い(当社比)。


今度は攻守交代。

四つん這いになって玉、竿と亀頭と焦らすようなハンドテクが展開する。

逆手でシゴく動きを繰り返してくる。


「お兄さんデカいですよね」


「標準よりはね。それ以上されると出ちゃうからストップ」


「反応がおもしろい」


小悪魔的にそう笑いながら竿から亀頭まで流れるように上下運動が繰り返される。

その瞬間、射精感が込み上げてくる。


「あっ」と「出る」の間の約0.2秒。久遠の刹那。



僕は実家の部屋にいた。


部屋はまだ模様替えをする前で、学生時代の頃のままだ。たぶん16歳の夏。

何のオカズを用意するわけでもなく、ただ下半身を露出させる。

汚れてもいいように着なくなった黒のTシャツをベッドに敷く。


「これで最後にしよう」


思い切り手で上下運動を繰り返す。

数分で込み上げる。1、2、3・・・11ドピュくらいの放精と1分間ほどの余韻。

肩で息をしながら虚無感に備える。


あ、これ走馬灯だ。オナニーの。


最後の”オナニーのためのオナニー”の光景はよく覚えている。

このあと自慰行為で射精をしたことがないかといえばNOだが、”自慰行為のための自慰行為”はこれが最後だった。

最後だからと当時のガラケーで放精のようすを録画して記録しておいたことも覚えている。

データは機種変更をしてどこかに消えたけど、脳内映像でも覚えている。



ワンルームの施術ベッドの上。

1、2、3・・・6ドピュくらい。さすがにもう11ドピュも出ねぇな、と妙な感慨に浸る。


「出ちゃいましたねー」


「出そうとしたでしょ」


「してないよ笑」


そんなやりとりをしつつ後片付け。

シャワーを浴びる。体を拭く、服を着る。

猛烈な虚無感に襲われる。


これじゃヘルスと変わらない。ほとんど2万円弱支払っているし。


射精後の罪悪感や女の子と遊んで射精する後悔などのメンタルブロックはとっくになくなっていた。


なくなっていたのだが、カラフルなネイルで後ろからシゴかれて、

施術マットで射精する光景が、最後の自慰行為をフラッシュバックさせたのは興味深かった。


「これで最後なんだろうな」


予約してお金を払い、サービスを受けるんだからそんなの自分次第やろ

と思う反面、ものごとにはやめどき、タイミングがある。

導かれるように不純な出会いがセットアップされることも経験上わかっている。

そのストックされたイベントの数々に終了のアラームが鳴っている。


「今日はありがとう」


「こちらこそありがとうございます。また来てくださいね」


「メンズエステのためのメンズエステはもう卒業の時期なのかもしれない」


「卒業?」


「うん。ほらちょうど桜が舞い散る季節だし。忘れた記憶が戻ってきた」


「来年もまた桜は咲くし、学生は卒業していくじゃないですか」


「同じ花は二度と咲かないし、巣立っていった子たちは戻ってこない。後ろ向きのノスタルジー以外では」


「気が変わってノスタルジーに浸りたくなるのを待ってる」


「あるいはね。でも多分、僕はもう前を向くことでしか救われないのかもしれない」


そんなやりとりは1ミリもないまま408号室のドアの前でバイバイ。


女はあくまでサービス業のスマイルで、ワンルームで次の来訪客を迎える準備へ。

僕はあくまで放精後の気だるさと余韻の中で、元いたところへと戻っていくのだった。


駐車場へ向かう。ドアを開ける。車に乗り込む。

日没後間もない空模様は泣き出しそうにも見えるし、笑いかけているようにも見える。

天の采配と自由意志の折衷案。それを何にも左右されない、自分自身の内側に見出そうとしている。


「いい日だったな」とひとりごちる。


トワイライトの中、元いたところへ向けて車を発進させた。


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