Room6.ワンサイド・ワルツ

※性的な描写が含まれるので、ご注意願います。



「今日はありがとうございます。また来てくださいね」


「メンズエステのためのメンズエステはもう卒業すべきなのかもしれない」


「卒業?」


「ちょうど同じ花は二度と咲かず、巣立っていった鳥たちはもう戻ってこないように」


「昨日と今日で違う1日があるように、あしたのことはわからないでしょう」


「あるいは僕は前を向くことでしか救われないのかもしれない」


そのようにして僕はワンルームの施術ルームを後にした。

自慰行為の走馬灯が見えたある日の午後のことだった。


それから月日が流れ、宿命的にあるいは突発的にワンルーム施術に足を運ぶことはあったが、メンズエステのためのメンズエステを巡る旅は終焉を迎えていた。


銀河系に束の間の平和があった。

オルデランの王女がホログラムで救援を求めたのと同じように、それは突如として幕を開ける。


ある周波数帯と同調するようにアンテナがチューニングされている。

この星に住む男たちはみな、小さな核融合炉を下半身にぶら下げて歩いている。

まるで丸の内オフィスで働くサラリーマンが、昼食休憩にIDパスを下げたままファミリーマートの列に並ぶように。


そして彼と彼女は宿命的に引き寄せ合う。

小さなマットレスが敷かれたワンルームという小宇宙に。



できるだけナンセンスに壮大に書き出したが、単なる熟女系メンズエステ体験記でをまとめただけのものです。


「こういう筋書きを書きたい」っていうのがまず念頭にあって。

それは「五十路ダンス」という過去の体験を元に書き出したストーリーラインを何度か読み返して出てきた衝動でした。


自身の体験ベースの話をトレースしたり、上書きしたり、追体験したりするように類似の経験を想起することで現実を動かして行っているとも言えるのです。


まず言葉があり、そこに文脈と意味が浮上して流れが出来上がってきます。

もちろん言葉と同時にイメージが立ち上がりますが創造の根っこは努力とか試行錯誤とは無縁で、単に夢を見るようなことなのだろうと思います。

まぁ四の五の言っていても始まらないんで続けましょ。



「15分後に入れますか」


地元系のエステランキングで上から順にコールして条件に沿ったルームへ足を運ぶ。

そんないつも通りの雑なアポイントで決まった熟女系エステ。


過去にも何度か似たようなコンセプトのお店に足を運んだことがあった。

その道20年の熟練エステティシャン、デリヘル上がりの外れ嬢、しっとり落ち着いてお姉さまの過剰サービス。

どれもそれなりに味わい深い体験ができて好印象だった。


ハタチ前後の美ボディ女子大生がお出迎えするお店は値段ははるし、メンズエステ的な体験の満足度は著しく低いということが経験上はっきりとしていた。


受付の女性の過不足のない案内を経て、ショートメールでルーム情報が送られてくる。

この文面がまた要領を得ない説明でかなり混乱した。

実際に行ってみると。広い駐車スペースがある瀟洒なアパートだったので感激した。

だがよくよくメールを読み返すと隣のくたびれたマンションが当該ルームだったので、再度車を動かす羽目になった。



502号室のインターホンをプッシュすると50歳手前の、重力に抗うことをやや諦めた女性がにこやかに迎えてくれた。

20代の頃は少しやんちゃで彼氏が途切れなかったのだろうな、と思わせるような面影があった。


女はレイアと名乗った。


一通り説明を受けてシャワーへ。

服を脱ぐ。体を洗う。タオルで拭く。


女性はマットで待機していて、その場で紙パンツを履かせてくれた。

おそらく演出と紙パンツを履かない人への対策を兼ねているのだろう。

イチモツをいきなり曝け出すことになる。まだおとなしい状態。礼儀として手で隠しながらパンツを履く。


「よろしくお願いします」


最初のタオルの上からの指圧で確信する。技術はまったくの素人だ。

儀礼的に「気持ちいいですね」というようなことを告げるが、正直言ってコイン式のマッサージチェアの方が69倍いい(当社比)。


女は街角のコーヒーショップで聞ける、退屈な主婦の噂話と同程度のエンタメを提供してくれた。

こういう当たり障りのない生活感も熟女系の醍醐味だ。

人間は長く生きればその分聡明になるのではない、ということが改めて再確認できる。


レイアは離婚歴のある二児の母だと言った。それ相応の経験値を認めることはできなかった。

実年齢は、人生経験やその人の持つ俗っぽさ、生活感とは相関関係はあっても因果関係にはない。

生まれ育った環境や生来の気質が子どもの頃には既に顔を出している。

まるで朝顔の鉢植えから双葉が芽を出すように。


初夏の日差しは厚手の遮光カーテンで遮られていた。

無害なバックグラウンドミュージックがスマホから流れている。

メンズエステの室内では時間感覚が希薄になる。


ぜんぜんおもろくないエピソードトークを適当な相槌を打ちながら時計をチラ見する。

儀礼的な世間話ではなくて、当の本人はそれが面白いと本気で思っていそうなので救い難い気分になった。


けっきょく「(全然気持ちよくないから)爪立てて、フェザータッチして」とオーダーした。


鼠蹊部や肛門付近を撫でられると自然と股間が熱く硬くなってくる。

長いことエステ通いをしているとあたり・はずれではなく「どうやったら気持ちよくなるか」という感度だけが鋭敏化していく。


四つん這いや仰向けを経て、軽くスキンシップをとると「そういうお店じゃないですよ」という言葉とは裏腹に、

「もっといやらしく触って」という声がホログラムから聞こえてきた。


言語的なパラグラフと非言語的なセンテンスとでは意味が真逆になることがある、というのはZ世代はハイスクールで誰もが習う。


あったまってきたので攻守逆転。「右手に盾を、左手に剣を」ならぬ「右手にパイを、左手で中を」を実践。

激しい総攻撃はレイアの声で制止されてしまう。


「今から起こることはヒ・ミ・ツ」と薄っぺらい官能小説に出てきそうな昼下がりの熟女的せりふ。


精液を出しにきたわけではないんだ、と応じない。

レイアは「あなたって少し変わっているわね」と言った。


それと同時にアラームが鳴る。やれやれ。

シャワーを浴びる。体を拭く。服を着る。


年下の男と暑い(熱くはない)情事を交わすのは嫌いではない様子だ。

僕も年齢や人種に関わらず女性といっしょにいるのは嫌いじゃない。

「またくるね」と口約束してバイバイ。



そんな出来事があってから1ヶ月後。


レイアの出勤は月に一回なので、狙いを定めて深夜に再訪。

プレイ料金は12,000円/90分に指名料。再び502号室のインターホンを押す。


夜のワンルームにひっそりと訪問するのは背徳感があって気分が盛り上がる。

「ひさしぶり」という挨拶もそこそこにシャワーへ。

体を洗う。タオルで拭く。マットで紙パンツ。


「よろしくお願いします」


姫の近況1ヶ月分とまったく向上しない指圧技術。

スマホをトイレに置き忘れた話を背中で聞いて、僕も似たような経験をしたと話すとそれを遮るように別のエピソードトークを繰り広げる。


別に話すことは好きじゃないけどさ、こういうことってうんざりするよな。

人の話を聞くのは好きだけれど、相槌のバリエーションにも限度がある。

適度なラリーを返さないとそれはコミュニケーションではなく壁打ち。


それはそれとして、この女とSEXする必要があった。

愛情とか情欲とか誠意とかではなく物理的に挿入行為をする必要があった。

1ヶ月前にこの女を訪れたときに宿命的にそうすることが決定されていた。

逆に言えばその30日間の猶予の中で、誰とも挿入行為をすることができなかったからそうするように流れ着いたといえる。

うまく言葉にすることはできないけれど、そういうことってある。

個人的な意志とか意図とかとは別に決まっている感じ。


「⚪︎月×日にコーポ21の502号室に行ってください。

 そこには女性が服を身につけて待っているので、適当に会話を行った末にそれらを脱がして抱き合ったあとに、性器を接合してください」


エージェントから送られてきたEメールは開封後30秒で自動的に削除される(もう世界観めちゃくちゃ)。


決められた事柄に合わせに行った。

ただ立っていたら転がってきた球を適当に小突いただけ。

急にボールが来たので。

みすみす見逃さず、ゴールネットへ向かって足を振り切る。


服を脱がす。乳首を刺激する。性器を攪拌する。

手でしごかれる。胸で挟んでもらう。体をマットへ横たえる。

持参したゴムを装着する。


「(ゆっくり挿れてね)」


というホログラムの声を聞いたのでそのまま挿入。

数ヶ月ぶりの行為だったので数十秒で放精。


まったく気持ちよくない。

感謝の印に指で刺激して昇天してもらう。オルデラン的な様式美。

肩で息をするレイアを残してシャワーへ。


体を拭く。服を着る。

スマホをみると残り時間は20分。


出迎えたのは年下の男性と肌を重ねて、上機嫌な様子のマダム・レイアだった。

僕は高揚と虚無のちょうど中間あたりにいた。

またうんざりするようなエピソードトークをうんざりしながら聞く。

話が終わる気配がなかったので、ジャケットを羽織って玄関へ向かう。


「またきてよね」


「うん、また来るよ」


と口約束してバイバイ。二度と来ないんだろうな。


帰りのバイパス沿いのコンビニでアイスカフェオレとハムサンドと雑誌を買った。

手巻きのタバコをふかして、ヘッドライトの方向へと車を走らせる。


「完全なる消化試合だったな」とひとりごちた。



いくつかの筋書き、ストーリーラインが並行して錯綜する世界線。

その中で任意の時間軸で、特定の人間と適切な距離を保っていくことの困難さと美しさについて自覚を深めていく。


抗いたい衝動。日常の繰り返しを壊して再構築する。

翻って。


既定路線をそのまま抵抗なく受け入れる。白は白で黒は黒。

右手と左手を繋いで放してバイバイを矢継ぎ早に繰り返していく。


夢で見た時間の向こう側にある世界へとリーチする。

有限回数繰り返す細胞分裂、呼吸、鼓動。


その果てに繋ぐべき手と手がある。

宿命的に適切な距離とタイミングで、出会っていくためのステップストーンが並べられている。


抵抗なく受け入れていくことで抗っていく。

そんな日々が幸せなのかもしれない。

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