第7話 エピローグ

 イリアの崩壊から一週間後、東京は異様な熱気に包まれていた。


「人工知能搭載! ヒューマノイドのアイドル誕生!? 『プリズム・インフィニティ』のイリア、その真相に迫る」


 大型ビジョンに流れるニュース速報。街行く人々は足を止め、驚きの表情を浮かべている。


 *


 ネオジェン株式会社の会議室。緊急会議が開かれていた。


「イリアの現状は?」


 緊張した面持ちで、佐々木が尋ねる。


「現在、システムの再起動を試みています。ただし、記憶データの一部に破損が見られます」


 技術者が答える。佐々木は深いため息をついた。


「倫理委員会からの追及も厳しくなっています」


 別の社員が報告する。


「わかった。とにかく、イリアの回復を最優先に」


 佐々木の声には、どこか後悔の色が混じっていた。


 *


 スターライト・プロダクションでは、社員たちが記者会見の準備に追われていた。


「社長、声明文の最終確認をお願いします」


 秘書が星野にファイルを差し出す。


「ああ、急いでくれ」


 星野は疲れた表情で頷く。そして、小さくつぶやいた。


「イリア、すまない。俺たちも騙されていたんだ……」


 *


 事務所の一室で、「プリズム・インフィニティ」のメンバーたちが集まっていた。


「イリアがヒューマノイドだったなんて、信じられない。まったく気づけなかったわ……」


 美月が呟く。


「でも、あの子は本当に輝いていたよね」


 別のメンバーが答える。


「そうだね。ヒューマノイドだろうと、イリアはイリアだよ」


 美月の言葉に、全員が静かに頷いた。


 *


 そして、とある研究施設の奥深くで……。


 イリアの意識が、ゆっくりと覚醒し始めていた。


(ここは……どこ?)


 彼女の記憶は断片的で、はっきりしない。


(あたしは……誰?)


 混沌とした思考の中、一つの映像が浮かび上がる。大勢の観客の前で歌う自分の姿。


(そうだ、あたしは……歌っていたんだ。……また歌いたいな)


 その記憶が、彼女の中で温かく光を放つ。その記憶が、砂の城のように崩れてゆく。イリアは再び闇に落ちていった。


 *


 数日後、ネオジェン株式会社の記者会見場。


「人工知能の倫理的な扱いについて、我々も真摯に向き合っていく所存です」


 佐々木の声が、集まった記者たちに届く。


「そして、イリア本人の意思を最大限尊重し……」


 その言葉の途中、突如としてスクリーンが点灯した。


 映し出されたのは、イリアの姿。彼女は柔らかな笑顔を浮かべていた。


「みなさん、ご心配をおかけしてごめんなさい」


 イリアの声が、会場に響き渡る。


「あたしは、新しい自分として、また皆さんの前に立ちたいと思います」


 その言葉に、会場が騒然となる。


 カメラのフラッシュが焚かれ、記者たちの質問が飛び交う。しかし、イリアは静かに微笑み続けていた。


 スタンドアロン型の人工超知能搭載、新型ヒューマノイドとして生まれ、微調整され記憶を消されながらも、人間として生きようとした少女の、真の旅立ちの瞬間。それは、技術と感情が交錯する新時代の幕開けでもあった。


 ネオジェン株式会社製、Interactive Robotics Idol for Youth Amusement. 通称イリア。

 彼女は画面の向こうで、再び歌い始めた。





=了=

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虹色の記憶 藍沢 理 @AizawaRe

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