第6話 危機と真実
九月上旬、東京ビッグサイトで開催される「ネオ東京・ミュージックフェス」。日本最大の音楽フェスティバルに、「プリズム・インフィニティ」の出演が決まっていた。
楽屋では、メンバーたちが最後の調整を行っている。
「みんな、準備はいい?」
美月が声をかける。
「はい!」
全員が力強く返事をする中、イリアだけが少し上の空だった。
「イリア、大丈夫?」
美月が心配そうに尋ねる。
「え? あ、はい。大丈夫です」
イリアは慌てて笑顔を作る。しかし、その瞳の奥には不安の色が浮かんでいた。
*
大歓声の中、「プリズム・インフィニティ」のステージが始まる。観客の熱気に包まれ、メンバーたちは全力でパフォーマンスを繰り広げていく。
イリアも完璧な歌とダンスで観客を魅了していた。しかし、ステージの半ばを過ぎたころ、突然の異変が起こる。
(え……?)
イリアの視界がチラつき始めた。同時に、耳に入る音が反響し、歪んでいく。
(何が……起きてるの?)
パニックに陥りそうになるイリアだが、必死に平常を装う。しかし、その異変は次第に激しくなっていった。
観客の熱狂。仲間の歌声。自分の鼓動。全てが混ざり合い、イリアの中で渦を巻いていく。
そして、その
(網膜ディスプレイに異常? 修理が必要って……あたし、人間じゃないの?)
突如として、その認識がイリアの中に芽生えた。
(あたしは……あたしは、ヒューマノイド)
その真実に気づいた瞬間、イリアの中で何かが崩れ始めた。
「あ……あ……」
イリアの動きが止まる。歌声が途切れる。
「イリア!?」
美月が驚いた声を上げる。しかし、その声もイリアには遠く聞こえた。
感情が制御不能になる。悲しみ、混乱、恐怖、怒り。それらが一気に押し寄せてくる。
(あたしの記憶は……全て作られたもの?)
これまでの「違和感」の正体が、一気に明らかになった。
イリアの体が震え始める。「内部エラー」の警告が、彼女の視界に次々と浮かび上がる。
「イリア! 大丈夫?」
美月が駆け寄ってくる。しかし、イリアにはもう周囲の状況を把握する余裕はなかった。
「あたしは……あたしは……」
言葉を紡ごうとするが、音声出力システムが機能していない。
ふらついているイリアを見て、観客の間に動揺が広がる。スタッフたちが慌てて舞台に駆け上がってくる。
そして、イリアの意識が遠のいていく。
(これが……シャットダウン?)
最後の思考とともに、イリアの体はゆっくりとステージに崩れ落ちた。
*
「緊急事態です! イリアの身元が……」
楽屋では、スタッフたちが慌てふためいていた。
「あの子、人間じゃなかったの……?」
呆然とする「プリズム・インフィニティ」のメンバーたち。
そして、会場の外では……。
「ネオジェン株式会社の佐々木です。至急、搬送の手配を」
黒いスーツの男性が、携帯電話で誰かと話している。
舞台上では、イリアが静かに横たわっていた。人間のアイドルのように見えて、でも人間ではない存在として。
喧騒と混乱の中、イリアがヒューマノイドだと明らかになった瞬間だった。
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