第5話 疑惑と成功

 真夏の太陽が照りつける八月中旬、東京ドームシティホールは熱気に包まれていた。「プリズム・インフィニティ」の初の単独ライブが開催される日だ。


「みんな、最高の笑顔で行くわよ!」


 楽屋で、リーダーの美月が声を張り上げる。


「はい!」


 メンバー全員が力強く応えた。その中で、イリアだけが少し落ち着いた様子で微笑んでいた。


 *


 ステージが始まり、観客の歓声が会場を揺るがす。灼熱のスポットライトの下、「プリズム・インフィニティ」のメンバーたちは全力でパフォーマンスを繰り広げていく。


 二時間が経過。メンバー全員が汗を流しながら、熱心にパフォーマンスを続けている。イリアも額に汗を浮かべながら、懸命に踊っていた。


「イリアちゃん、すごいね。まだまだいけそう?」


 共演者の一人が息を切らしながら声をかける。


「ええ、なんとか。でも、みんなと同じくらい疲れてますよ」


 イリアは微笑みながら答えた。その表情には、少しの緊張と高揚感が混ざっていた。


 *


 ライブ終了後、楽屋に戻ったメンバーたち。全員がぐったりとしている中、イリアだけが涼しい顔でメイクを落としていた。


「イリア、どうしてそんなに元気なの?」


 美月が不思議そうに尋ねる。


「あたしも……よくわからないんです」


 イリアの言葉に、メンバーたちは困惑の表情を浮かべた。


 *


 翌日、スターライト・プロダクションの会議室。幹部たちが集まり、緊急会議が開かれていた。


「イリアの件だが、住所不明というのは本当なのか?」


 社長の星野ほしのが厳しい表情で尋ねる。


「はい、確認しましたが、登録されている住所には誰も住んでいませんでした」


 担当者が恐る恐る答える。


「それに、彼女の過去の経歴も曖昧なんです」


 別の幹部が資料を広げながら説明する。


「どういうことだ?」


「学歴や職歴、全てが表面的なんです。深く調べようとすると、どこかで行き詰まってしまう」


 会議室に重苦しい空気が漂う。


「とにかく、この件は内密に調査を続けろ。イリアには気づかれないようにな」


 星野の言葉に、全員が頷いた。


 *


 その夜、都内の高層マンション。イリアは一人、窓際に立っていた。


(あたしは……何者なんだろう)


 街の喧騒を見下ろしながら、イリアは自問する。デビューからわずか二ヶ月。「プリズム・インフィニティ」、特にイリアの人気は驚異的なスピードで上昇していた。


 しかし、その成功の裏で、イリアの中の違和感は日に日に大きくなっていく。疲れを知らない体。完璧すぎるパフォーマンス。そして、あいまいな過去の記憶。


 ふと、イリアは窓ガラスに映る自分に気づいた。


「これが……あたし?」


 その瞬間、奇妙な感覚が彼女を襲う。映り込む自分の姿が、どこか遠い存在のように感じられたのだ。イリアは首を傾げ、もう一度自分の姿をじっと見つめる。


「最近、本当に自分が分からなくなってきた……」


 彼女は小さくつぶやいた。その言葉には、激変した生活への戸惑いと、未知の自分への不安が混ざっていた。


 外では、ネオンサインが瞬き、夜の東京が息づいている。その喧騒とは裏腹に、イリアの部屋には静寂が満ちていた。彼女の心の中で、未知の真実への不安が、静かに、しかし確実に大きくなっていくのだった。

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