第2話 アイドルとの出会い

 初夏の陽気が漂う午後、渋谷のオフィス街。綾瀬イリアは上司の村上はるかと共に、芸能事務スターライト・プロダクションのビルに足を踏み入れた。


「イリア、今日の打ち合わせ、頼りにしてるわよ」


 エレベーターの中で、村上が微笑みかける。


「はい、全力で臨みます」


 イリアは力強く頷いた。しかし、その瞬間、一昨日の違和感が再び頭をよぎる。


 *


 会議室では、新アイドルグループ「プリズム・インフィニティ」の広告方針を決める熱い議論が繰り広げられていた。


「やはり、若さと個性を全面に押し出すべきでしょう」


 村上が熱心に提案する。イリアはその言葉に耳を傾けながら、メモを取り続けていた。


「それも良いですね。では、具体的なビジュアルについて……」


 スターライト・プロダクションの担当者が話し始める。しかし、イリアの目は、突如として会議室に入ってきた少女たちに釘付けになった。


「失礼します。『プリズム・インフィニティ』のメンバーです」


 五人の少女たちが、深々と頭を下げる。その中でも、特に輝いて見える少女がいた。


藤堂とうどう美月みつきです。よろしくお願いします」


 凛とした声で挨拶する彼女に、イリアは強く惹きつけられた。


「イリア、どう思う?」


 村上の声に、我に返る。


「え? あ、はい」


 イリアは一瞬考え、それから口を開いた。


「プリズム・インフィニティの各メンバーの個性を分析し、それぞれの魅力を数値化してはどうでしょうか。そのデータを基に、ARアプリを開発します。ファンがスマホでメンバーを撮影すると、その人の魅力ポイントが空中に浮かび上がって表示されるんです。例えば、美月さんなら〝リーダーシップ98%〟〝歌唱力95%〟といった具合に。推しに課金していけば、推しの数値が上昇する、みたいな……」


 イリアの言葉に、会議室の空気が一変する。


「それ面白いわね」


 村上が目を輝かせる。


「ファンとの交流にもなるし、メンバーの成長も可視化できる。課金させるところが、ミソになりそう」

「素晴らしいアイデアです。テレビなどの媒体でメンバーを撮影しても、推しに課金できるようにすれば――!」


 クライアント側の担当者も興奮気味に発言する。


「ファン投票で人気ポイントが変動する仕組みを入れれば、エンゲージメントはさらに上がりそうですね!」


 イリアは自分の発言が予想以上の反響を呼んだことに少し戸惑いながらも、アプリの具体的な機能について更に説明を始めた。


 *


 長時間の会議が終わった。しかしイリアは予想していたほどの疲労を感じなかった。

(不思議。こんなに長い会議だったのに、意外と平気かも)


 イリアは自分の体調に軽い驚きを覚えつつも、それほど気にせずに次の予定に向かった。

 ビルを出る際、イリアはふと目を上げた。そこには、先ほどの藤堂美月が立っていた。


「お疲れ様でした」


 美月が柔らかな笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。藤堂さん、素晴らしいグループですね」


 イリアは思わず声をかけていた。


「イリアさんもすごいです。あんなに長い会議なのに、最後まで集中力が途切れていませんでしたね」


 美月の言葉に、イリアは再び自分の異常さを意識する。


「そうでしょうか……」


 戸惑いの表情を浮かべるイリア。その様子に、美月は首を傾げた。


 *


 夜、オフィスに戻ったイリア。彼女は帰り際、ふと目に入った事務所のホワイトボードに目を留めた。そこには機密情報が所狭しと書かれている。


(これは……)


 イリアは一瞥しただけで、ボードの内容をかなり詳細に覚えていることに気づいた。驚きとともに、少し戸惑いを感じる。


「へえ、こんなに覚えられるんだ。昨日のことも忘れてたのに、なんでだろ……?」


 イリアの呟きが、静まり返ったオフィスに吸い込まれていった。窓の外では、東京の夜景が煌めいている。その光の海の中で、イリアの中の違和感は、静かに、しかし確実に大きくなっていった。

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