【短編】婚約者の魅了体質が効かないので冷たくしてたら、悪役令嬢に仕立て上げられました。

@s_yagiyama

婚約者の魅了体質が効かないので冷たくしてたら、悪役令嬢に仕立て上げられました。

「言っておきますが、私、あなたに媚びを売る気はさらさらありませんから!」


 私がきっぱり言い切ると、侯爵家子息のリーン・アトラクトは、


「なっ……!?」


 と驚いて目を見開いた。彼の体質からすれば、女から冷たくあしらわれたのは生まれて初めてだったのだろう。


「婚約者だろうと……関係ありません。失礼いたしますわ」


 あえて懇切丁寧なカーテシーをし、踵を返した。


「リーン様に対しなんてひどい言い草をするんだ!」

「リーン様、お気を確かに!」

「リーン様の素晴らしさがわからないなんて……!」

「わたくしたちがついていますわ、リーン様」


 背後からリーンの取り巻きの人間たちがあーだこーだ言っているのが聞こえる。彼ら、彼女らもそれなりの家柄の人たちだろうに、すっかりリーンの虜だ。


 しかしそれも仕方がない。リーンの魔力によって、『魅了チャーム』されてしまっているのだから。


 私は絶対、彼の思い通りになんてならない!



────────────────────────────────


 侯爵家子息のリーン・アトラクト。容姿端麗、勉学優秀で知られる彼には秘密がある。


 彼は特殊な魔力を体に宿しており、周囲の人間に『魅了チャーム』の魔法をかけてしまえるのだ。


 その魅了体質は彼が王立学園に入学してから明らかとなった。彼の周囲にいると老若男女問わず彼に魅了され、彼に好意を抱く、男子も、令嬢たちも、教師や使用人たちですらそれは変わらない。


 始めは騒ぎになり、反発する者もいたが、侯爵家という立場から表立って文句を言えるものはおらず、やがて学園全体が彼の『魅了チャーム』にかかってしまったのもあって、大きな問題にはされなかった。親たちからすれば侯爵家子息に自然と取り入ることができるので好都合というのもあっただろう。


 そういうわけで貴族たちの集まる王立学園は、今やリーンの取り巻きだけで構成されているようなものだ。


 そのリーンの婚約者が、私、男爵令嬢のメイシア・リパルシオン。『魅了チャーム』の力もあって誰もが敬愛するリーンの婚約者たる私は、他の令嬢たちから羨まれる立場だ。


 しかし私の家は貴族にして代々の宮廷魔術師、特殊な魔力を持つ家系だ。その中でも特に魔法の才能を色濃く受け継いだ私には、リーンの『魅了チャーム』など効かない。


 つまり私はリーンの婚約者であると同時に、リーンの『魅了チャーム』が効かない唯一の人間なのだ。


 女を『魅了チャーム』して侍らせる男など、軽蔑の対象でしかない。


 家が決めた婚約者、互いの家が地理的に離れているのもあり、成長し、王立学園に入学するまで顔を合わせたことはなかった。


 リーンより1歳下の私は1年遅れて王立学園に入学した。そのころには当然学園はリーンに魅了された者だらけで驚いたものだ。


 私が入学してすぐリーンは私に会いに来た。きっと私もさっさと『魅了チャーム』し、好きなように操れる妻に仕立て上げようとしたのだろう。


 しかし私は『魅了チャーム』を弾き、きっぱりとリーンを拒絶した。生まれてからずっとチヤホヤされてきた彼にとってはさぞショックだったに違いない。


 正直……婚約者に対しああいった冷たい態度をとるのは、令嬢としてはあまり良いことではない。リーンは『魅了チャーム』に加えて家柄も良く、彼と対立するのは学園での立場も危ぶまれることだろう。


 だがそれでも、私は自分の気持ちに嘘はつきたくなかった。



────────────────────────────────



 王立学園に入学してからしばらく経った。


 私が中庭のベンチに腰を掛けて本を読んでいると、周囲から視線を感じる。


「ほら、あれが例の魔女よ……」

「あんなのがリーン様婚約者なんて……」

「悪い顔してるわね」


 ひそひそと陰口も聞こえる。陰口なら聞こえないようやってほしいものだ。いやあるいはわざと聞こえるように言っているのか。


 案の定、リーンを拒絶したことにより、私の学園での立場は最悪なものとなった。単にリーンになびかないというだけでとんでもない悪女扱い、あることないこと噂されて、すっかり孤立してしまった。


 幸い表立って嫌がらせされたりすることはないが……それも時間の問題かもしれない。


 だが、まったく救いがないわけではなかった。


「メイシア、何読んでるの?」


 ひょこっと後ろから顔を出し、私の顔を覗き込んだ少女。その顔を見た時、私は自然と笑顔になった。


 アンナ・マインロール。伯爵令嬢で、学園での私の唯一の味方といっていい人だ。リーンと同じ一歳上で学園では先輩にあたるが、孤立してしまった私に積極的に声をかけてくれる優しい人。


「アンナ様! ちょっと魔法の勉強をしていました」

「メイシアのお家は宮廷魔術師の出だものね、すごいなあ」

「いえそんなことは……」


 アンナ様は伯爵令嬢という家柄ながらすごくフランクで明るい人だ。彼女と話しているとふしぎと安らいだ気持ちになり、自然と心を開いてしまう。リーンの『魅了チャーム』とは違う、本当の意味で人を魅了する人なんだろう。


 しかしそこへ。


「メイシア、アンナ。こんなところにいたのか」


 当のリーンが近づいてきた。王立学園の制服をピシッと着こなした姿は見た目だけなら文句のつけようがなく、その目が自分を見ているのを感じ、一瞬だけドキリとしてしまう。


 だがすぐ、違う違うこれがリーンの魔力なんだ、騙されるな、と自分に言い聞かせる。リーンの『魅了チャーム』は恐ろしく、私ですら心がなびきそうになってしまう。あんなにも、姿が輝いて見えるなんて。


「リーン様っ!」


 アンナ様が飛ぶようにしてリーンに駆け寄り、その腕にもたれかかった。ああ……と私は残念に思う。アンナ様は優しい方だが、リーンに魅了されてしまっているのは結局変わらない。


 むしろアンナ様はリーンと同時期に入学し、一番最初に彼の取り巻きになってしまったのだそうだ。たいていの場合はリーンの一番そばにいて、リーンの一番の理解者を名乗っているんだとか。そう、かつてアンナ様自身が誇らしげに私に教えてくれた。


「何かご用でしょうか」


 私はキッとリーンを睨みつけた。すっかり学園で孤立している身だ、今更嫌われようが関係ない。


「いや、君と話をしたくて……」

「お断りします、失礼しますわ」


 何度かリーンと言葉を交わしたが、そのたびに心がぐらつき、彼になびきそうになってしまう。言葉によって『魅了チャーム』を増幅し、私を篭絡しようとしているのだろう、その手に乗ってやるものか。


 さっさと本をしまい、その場を後にした。


「あ、ちょっと」

「リーン様? アンナとお話いたしましょう?」

「あ、ああ……そうだな……」


 アンナ様も、あんな奴の魔の手に落ちてかわいそうに。しかしリーンのそばにいると私も危うい。私は足早にその場を去ったのだった。



────────────────────────────────



 そんな日々がしばらく続いた。


 私の学園での孤立は日に日にひどくなり、陰口を聞かない日はなかった。


 なおもリーンは私に声をかけてくるし、そのたびに私は拒絶する。その拒絶を見て周囲はより一層私を悪役に仕立て上げようとする……悪循環だ。


 直接の嫌がらせはまだなかったが、代わりに根も葉もない噂が流れるようになった。私がリーンを憔悴させて殺そうとしているだとか……憔悴して死にそうなのはこっちだというのに。


 アンナ様は私をかばってくれるけど、結局はリーンの『魅了チャーム』にかかっているのでリーンを悪く言うことはない。


 私の孤独は深まるばかりだった。


────────────────────────────────


「はあ……」


 ある日。


 私は学園の授業を抜け出し、裏庭を歩いていた。教師もリーンの『魅了チャーム』の術中なため、授業中も私は冷遇され、今日などは一切の教材を渡して貰えなかった。そのため授業にいても意味がなく、気晴らしを兼ねて抜け出してきたのだった。


 授業中の学園は人もおらず、リーンの取り巻きの冷たい目や陰口にさらされることもない。少しは気が楽になりそうだ。


「……あら?」


 しかしその時、何やら小さな声で喋っているのが耳に届いた。授業の声ではない、裏庭の隅、奥まったスペースからだ。植木の関係で周囲からは見えない死角、そこに誰かいる。


 興味本位で私はそちらに近づき、植木の影からそっと様子を伺う。


 そして目を疑った。そこにいたのは、あのアンナ様だった。2人の男子と、何やら話し合っている。


「いい? あんたは今夜の夕食、偶然を装ってナイフでメイシアを刺し殺すの」


 アンナ様は聞いたこともないような冷たい声で、そばにいる男子に命令をしていた。ナイフで刺し殺す? 私を?


 しかもその男子は様子がおかしい。ぼーっと脱力して自我がないような様子で、目は淡い桃色に光っている……私はその状態に見覚えがあった。


 重度の魅了状態だ。リーンに対抗するため魔術書で勉強を重ねたからわかる。『魅了チャーム』は軽度なものなら見た目に変化はないが、重度になるとその魔力が目に現れる。こうなるとその相手は意識の全てを掌握され、術者の思うがままに操られる……


「あんたはその補助。もしメイシアがくたばり損なっていたら助けるフリしてトドメを刺すの。刺さっていたナイフを傷口を広げながら引き抜けば血があふれて簡単に死ぬわ、フフッ」


 アンナ様はもう1人の男子にも命令を下す。その声は悪女そのものといった感じだ。男子の方も、やはり重度の魅了状態だった。


 混乱しつつも私は考える。この状況の意味を。


 アンナ様が、私を殺そうとしている? なぜ? それも魅了を使って……リーンに頼まれたから? いや不自然だ、それならこんな回りくどいことをする必要が……


 その時だった。


「え? キャッ!?」


 突然、私は腕を掴まれ、植木から引きずり出された。腕を引っ張ったのは女子生徒、やはり目が『魅了チャーム』の魔力に染まっていた。


 引きずり出され、倒れ込んだ私を見るアンナ様。一瞬驚いた顔をして……そして笑った。


「あらメイシア、ご機嫌麗しゅう……今の話、聞いてしまったのね?」


 その笑顔に私は恐怖した。目が光っていない。彼女は正気だ、操られていない。


「授業中だってのに悪い子ね。いや教師を使っていじめるのはやりすぎだったかしら?」

「あ、アンナ様、これはどういうことなんですか!?」

「はーもう面倒くさくなっちゃったわ。いいわ、教えてあげる」


 豹変したアンナ様、いやアンナは、驚愕の真実を語った。


「『魅了チャーム』の魔法を持っているのはリーンじゃなくて、私なの。私はリーンに魅了されたフリをして、あいつを表に立たせて、裏で学園中に『魅了チャーム』をかけ、掌握してたってワケ。だってこんな強力な魔法が使えるってバレたら危険視されて、最悪消されちゃうでしょ? だから学園に入るまで、ず~っと家族にも秘密にしてきたの……これも処世術ってやつよ、うふふ」


 なんてこと、『魅了チャーム』を使っていたのはリーンではなく、アンナ? たしかにアンナは常にリーンのそばにいたと聞いている。リーンの魅了体質が判明したとされるのは学園に入ってから……すべての辻褄が合う。


「学園を足掛かりに、このままリーンの裏で他の貴族たちも私のものにしてやろうと思ってたところに……あんたが現れた。ほんっと邪魔だったわ、『魅了チャーム』が効かないうえにリーンの婚約者なんて」


 アンナは心底から私を見下した目をしていた。あまりのギャップに思わず身が震える。


「嫌がらせしてればそのうち消えるかと思ったけど、ことのほかしぶといし。友達のフリして近づいて、隙あらば『魅了チャーム』してやろうかと思ったけど全然効かないし……」


 全部、嘘だったのか。


「もう、殺すしかないよね?」


 アンナはそう言って笑った。すると彼女に操られた男子の1人が前に出てくる。操り人形状態の彼の手には、植木を折った枝が握られていた。


 さらに他の男子と私をとらえた女子が、後ろから私を羽交い絞めにする。


「この男の子は突然発狂してあんたを刺し殺し、その後自分も自殺した……そういうことにしましょう。かわいそうだけど、必要な犠牲よね! アハハハハッ」


 アンナが狂気じみた笑みを浮かべる。もうやけくそになって私を消そうとするのだ。枝を握った男子の手が振りかぶられ、その尖った断面が、私の喉を突き刺そうとする。


 もうだめだ……目を閉じたその時。


「やめろッ!」


 割り込んだリーンが、男子の腕を止めた。


「このっ!」


 そしてそのまま男子から枝を取り上げ、突き倒した。


「リーン!?」

「り、リーン様!? どど、どうしてここに」

「メイシアが授業を抜け出したと聞いて、てっきり体調不良かと心配になって探していたんだ。そしたらアンナと話しているのを見つけて……」


 キッ、と、リーンがアンナを睨みつけた。


「アンナ、これはどういうことだ。説明してもらおうか」

「こ、こ、これは、これはですねえ……!」


 慌てふためくアンナ。しかしその時。


「う、うふふふふ……!!」


 アンナが怪しく笑ったかと思うと、その手から、桃色の魔力が溢れ出した。『魅了チャーム』だ。リーンすらも操り人形にし、この場を切り抜けようというのだろう。


「うっ……!?」


 『魅了チャーム』の魔力にからめとられ、リーンがフラつく。やはり彼自身には『魅了チャーム』の力はなかったのだ。


 このままだとまずい……! 私は咄嗟に前に出た。


「『魔力阻害レジスト』!」


 魔術書で学んだ魔術を、渾身の力を込めて行使した。私の手から放たれた光はアンナの魔力と衝突し……かき消した。


「そ、そんな?!」

「で、できた……よかった……!」


 『魔力阻害レジスト』による『魅了チャーム』の妨害自体はこれまで何度も試していたが、まったく効果がなかったために諦めていた。だがそれはどうやら、使う相手を間違っていたのが理由のようだ。


 何もせずとも『魅了チャーム』を無力化するほどの才を持つ私の『魔力阻害レジスト』。いかにアンナといえど手も足も出まい。


「うっ、お、俺は……?」

「リーン、しっかり!」

「あ、ああ……ありがとう、メイシア」


 リーンを揺さぶって正気に戻すと、彼は私を見てお礼を言った。その顔に胸がドキリと高鳴る。まさか『魅了チャーム』? いやこれは……


 ともあれ。


「アンナ、もう観念しなさい! あなたは終わりよ」

「……すべて、説明してもらおうか。公の場で」


 私とリーンがアンナを追い詰める。アンナは慌てふためき、


「く、くそ、くそくそくそくそくそおおおおおおおおおおおっ!!」


 断末魔の叫びをあげながら、その場に崩れ落ちたのだった。



────────────────────────────────


 それから。


 アンナの悪事は全て明らかになった。当然彼女は王立学園を退学となった。宮廷魔術師により正式に魔力封印を施され、その後は……少なくとも、二度と顔を見ることはないだろう。


 学園はリーンの、もといアンナの『魅了チャーム』から解放され、正しい姿を取り戻した。私は冷遇してきた生徒たちや教師たちから謝罪され、逆にリーンは反動で、ずいぶん周囲が寂しくなってしまった。


 しかしリーンは気にしてない。むしろ前よりもずっと明るく振る舞うようになり、自然と彼の周囲には人が戻っていった。


 リーンはずっと、『魅了チャーム』によって周囲を操作してしまうことを思い悩んでいたらしい。私に積極的に声をかけに来たのも、私を篭絡するためでなく、『魅了チャーム』が効かない私に興味を持ってからだったのだそうだ。


 つまりリーンと一緒にいるときの私の胸の高鳴りは、『魅了チャーム』の魔法によるものではなかった。そう確信できた私も、ようやく自分の気持ちに正直に、彼と一緒にいられるようになった。


 正しい意味で彼に魅了されてしまった私は、逆に心穏やかではいられなくなったけれど、それはまた別の話……


────────────────────────

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

もし、本作を気に入っていただけましたら、ブクマや☆で応援をよろしくお願いいたします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】婚約者の魅了体質が効かないので冷たくしてたら、悪役令嬢に仕立て上げられました。 @s_yagiyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ