続、書いてみました。

 風がふっ、と燕子花の頭を揺らしながら通り抜けた。ふたりで座った芝生の上の、ぱたぱた捲れ上がるラグの端を部長が押さえる。それを見越して、今にも飛ばされそうな部長の帽子を軽く押さえた。後ろの藤棚の、小さな薄紫の花びらを撒き散らしながら風が通り過ぎ、それを見送る。


「ほら、やっぱりキミはちゃんと押さえてくれた」


 部長はそう言いながら、捲れかけたラグの端を丁寧に撫でて伸ばした。



 「来たね」と言って、燕子花の咲く池の畔で振り返ったのは、なぜだか紛れもなくイマジナリー部長だと分かった。


「そっか、ここを選んだかー」


 公園を見渡しながら、部長は眼鏡の奥の三日月の目で、楽しげに笑う。肩にかけたトートから取り出した、編み目の緩い濃い緑のラグを広げてその上に座り、ぽんぽん、と隣を叩いた。ここは車の街だというのに、国道からも県道からも外れた郊外の公園は静かで、本当に時々、遠くを走る電車の音が、かたたんかたたん、と微かに聞こえるくらいだった。


「で小説、書けるようになったかな?」

「どうでしょう。まだ良く分かりません」

「んーそっかそっか。でも、ここまで書いてくれて、わたしを見つけてくれてありがとう、ね」


 と、部長は柔らかく朗らかな笑顔のまま、まるで最終回みたいな事を言う。膝を抱えて覗き込み、歌うみたいに透明に、部長が言葉をこぼした。


「ねえ。みざりぃから、預かって来たものがあるでしょ? 」

「ああ。これ、何ですか?」 


 ポケットから、雨のバス停で受け取ったリングを取り出し、手のひらに転がす。質素なリングは薄霞の空、強くもない陽射しの中では淡くも光らず鈍い銀色だ。


「それは、句点だよ。『イマジナリー文芸部』の最終話、最後の文字の後ろに置く句点」

「句点って······『 。』?」

「そうそう。ちっちゃくて可愛いよね」


 指で摘んだその『 。』をかざして眺める。それは本当に何だということもない、ただの輪にしか見えない。そうやって何度か返して『 。』を見ている視界の中に、部長が差し出した、握手を求めるような手が入る。


「短い間だったけど本当にありがとう。その句点で、とっととトドメ刺しちゃって下さい!」



 ついつい、その言い草に吹き出してしまった。

 ああ、良い。とても、良い。それでこそ、我がイマジナリー文芸部、イマジナリー部長だ。


「別に、完結させなくてもいいんじゃないですか?」

「だってだって。わたしもいずれ卒業だし、キミも、その、純と仲良くしたいでしょ?」


 ん? それは生徒会長の事か純文学のことか?

 そう思ったけれど、いずれにしてもなのだ。ここまで好き放題して、今さら純文学でもあるまい。なんだか腑に落ちない、という顔の部長が差し出したままの手を取る。その細い白い指に、句点をそっと通した。それを、部長はそれこそ句点みたいな丸い目で黙って見ていた。


「預かっていて下さい。それにまだ部誌も作らないといけないし、文化祭だってある」

「部誌」

「もう募集かけちゃったんですよ?」

「募集」


 オウム返しの部長は未だ狐につままれた様な顔で、指に通した句点を見つめている。正直なところ、早めにリアクションして欲しい。句点を指輪に見立てるなんて、なかなかお洒落なアイデアだと自画自賛だが、如何せん恥ずかしいのだ。



「ば、場所が場所だからさー」


 放心状態だった部長がやっと言葉を発する。そんな部長の表情は、なんとも言いようないものだった。目はいつもの三日月型、だから笑っているのかと思えば眉間には皺がより、口角もかろうじて片方わなわなと上がるだけ。


「わたし、ここでフラれるんだと思った」

「いや、ここまで来て、わざわざ?」

「だって、ぬりや君そういうとこあるじゃん」


 この「じゃん」の使い方は方言だろうか? 生まれ故郷では「じゃん」「だら」「りん」と語尾につける方言の特徴がある。でもまあ、クライマックスであまり脱線するのもどうか、と思うのでこのくらいにして。


「入部したての頃言ってた、各パートの頭文字『か、き、つ、ば、た』にするの、ここでちゃんと回収したかったんですよ」

「ストーリーに燕子花関係ないじゃん! そういうところだぞっ!」


 この「じゃん」は?



 『た』の文字をここに置いて、遂に目的の『かきつばた』は回収できた。もちろん、一番の目的はイマジナリー部長の回収だ。なにせ、物語にはやはり魅力的なヒロインは必要なのだ。聞いたところによると、あの文豪達が書いた純文学にも、ずいぶん魅力的なヒロインが、あれやこれや出るそうではないか。なんだったら、かのロシア文学のアレに至っては最強クラス、とも聞く。機会があればぜひ読んでみたいところだ。

 でも、まあこの『イマジナリー文芸部』にはやはり、イマジナリー部長がしっくり来るというもの。


「さて、どうやって締めましょうね。最終兵器の句点も使えないし」

「ぬりや君、これ見て?」


 そう言って、部長はスマホを取り出し『イマジナリー文芸部』のとある回を開いた。


『続、7月でした』

https://kakuyomu.jp/works/16818093083469966727/episodes/16818093083684204953


「ほらほら」

「ああ、締めの句点の話題ありましたね」

「ふふっ。だから最後は、顔文字なんてどう?」


 なるほど、と思う。これだけ、やれ純文学だ文学ちっくなエンディングだ、と言っておいての逆張り。嫌いじゃない。すごく良い。そこをついてくるあたり、さすがイマジナリー部長。


 などと言ってた刹那、ふわり、ええと、何だろう、すごくいい匂いがした。

 部長が「キミが書く小説好きだよ?」と耳元で囁いたあと、全ての妄想をシャットダウンする様な、描写も出来ない感触が、右頬を撫でる。


 

 それは、こんな感じだった。


 ( * ´ ( 〃 д 〃)

 

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