エピローグっぽくなりましたが。
冷房の効いた店内は、最初こそ涼しくて生き返る心地だったけれど、今は少し寒いくらいだ。
もちろん、効きすぎた冷房のせいもあるが、刺すような視線を眼鏡の奥からこちらに寄越す、向かいに座ったイマジナリー部長の纏う冷気のせいかも知れない。
「ぬりや君、わたしは怒っています」
これはちょっと前のお話。土曜に文学フリマに前入りした部長は日曜の夜に戻り、今は月曜の放課後。
イマジナリーファストフード店で、向かい合わせに座る部長の手元には、BLと表紙に書かれた文学フリマの戦利品と、お土産の数々と、白紙の部誌。そして、なぜか真横に座っているのはイマジナリー高校生徒会長、純文学先輩だ。
「もうちょっと詰めてくれ給え。くくっ、それともヌリーはボクと密着していたいのかな?」
「説明してもらいましょうか? なんでこの土日だけでそんなに仲良くなってるの?」
説明しよう。こういう「パラレルワールドとかパラドックスが収束して、あの事件を覚えているのは自分だけ」みたいなのが大好物なのだ。
ふたつの『夏の思い出』を発端とした約2週間にわたる『ジーナを巡る
イマジナリー部長にとっては土日の2日間、文学フリマでBL小説を漁り、ホクホクして帰って来た、という記憶しかない。いや、あの2週間という事実すらないのだ。
(生徒会長は覚えてるんですか?)
(文学史に残······るわけないけど、まあまあ愉快な
(ぐさり。部長になんて説明しましょう?)
(お任せあれ)
なんて生徒会長と耳打ちしている間にも、部長が発する冷気の設定温度は下がって行く。
「ヌリーとは、文化祭の打ち合わせで意気投合してね」
「······ふーん」
「そうなんです部長。だから、文芸部の文化祭の成功も間違いなし」
「部誌制作が進まない程に意気投合したんだ?」
そう言ってテーブルの上、BL小説やお土産を押し退け、部長の細い指で突き出される白紙の部誌。
「置手紙読んだよね? ぬりや君のやる気を引き出そうと、その、あんな事まで書いちゃったのに」
「あんな事?」
「ふ、雰囲気と言うか、勢いですからっ」
急激に温度の上がった部長は、耳まで赤くして俯きしどろもどろ。部長をこんな風にさせる「あんな事」とは一体。もちろん、改変されたこの世界線でそれを知るよしはないし、こういうのも、とても、すごく良い。
「と、とにかく。部誌の作品が上がるまで部活後も居残りして書いてもらいます」
「居残り」
「安心したまえ、ヌリー。この純文学が手取り足取り直々に指導してあげるよ」
「部外者立ち入り禁止!」
そう言うや、部長はテーブルの上の荷物をかき集めると鞄に詰め込んだ。その時、部長の薬指に、鈍く銀色に光る指輪がはめられているのが見えた。そんな視線に気づいた部長は、眼鏡の奥で下瞼をにい、と上げてこれまで何度も見た三日月の目で笑った。
「ふふっ。ぬりや君の生殺与奪の権利を握ってるのは、部長であるわたしだけなんだから、ね」
部長は不適に笑いくるり、とスカートを翻して先にイマジナリーファストフード店を出ていった。そんな様子を見て、いやはや、とため息をこぼす。横では生徒会長がかぷかぷと笑っていた。
さあさあ、どうだろう? すごく最終回っぽくなったのではないだろうか。
しかし、これは、精々プロローグの終わりにしか過ぎないのだ。
小説を書いていればこれから何度も、書けなくなったり、作風やテーマに悩んだりするだろう。一体何のために書いているのか、誰のために書いているのか見失うこともたぶんある。
いつかは筆を折ることすらも考えるかも知れない。
その度に、僕達はまたこうやって脳内の『イマジナリー文芸部』のドアを叩くのだ。
そして、いつだって部室の窓辺にはイマジナリー部長が佇んで待っていてくれる。
部長はスカートを翻し振り返ると、三日月の目で笑い、きっとこう言ってくれるはずだ。
「ようこそ文芸部へ」と。
いずれにしても、ここは外さず宣言しよう。
僕達の文芸は、まだ始まったばかりだ
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