捕まりました。

「キミがジーナお気に入りのぬりやクンかい?」


 三話使って逃げ切った、良い。と油断していたところはあると思う。しかし小説を書く以上、やはりこの命題から逃れる事は出来ないのだろうか。



 イマジナリー高校の、ここは購買。

 昼時ともなれば関ヶ原よろしく、上級生下級生を交えての合戦の場となる。

 ······んじゃないか、と思うのだけれどどうだろう?


 購買のなかった高校で、持参した味の薄いロールパンを、ひとり喰んだ青春時代。ましてやそこには文芸部も、まともな文化祭すらもなかったのだ。

 ロケーションは良かった。学舎は町外れの丘の中腹にあり、窓からは紫に煙る山が生徒達を見守る。いや、山があったのは廊下側の窓だったか。

 修学旅行でバスが出入りする以外、殆ど使われない裏門をこっそり抜けると、道の向かいには小ぢんまりとした中華料理屋。

 入学早々ロールパンに飽きて、硬貨片手に暖簾を潜る。赤と黄色の店内で、冷たい水に喉を潤し、夢中で齧り付いたあの回鍋肉丼よ。



「ふむ。妄想癖があると言うのは本当らしい」


 と、イマジナリー高校生徒会長、純文学先輩が購買で購入したらしいパンを持った手を口に寄せて笑った。

 かぷかぷ、そう聞こえて頭を振る。飲み込まれるな、目を逸らすなと言い聞かす。

 そんな様子を見た生徒会長は解釈違いをしたらしく、パンの袋を掲げた。


「ここのカレエパンは絶品でね。ボクの好物なんだよ」


 そう言って、斜陽に照った様に頬を少し染めた。だとすると、沈みかけているのはこちらだと言うメタファーなのだろうか。


「まあまあ、そう構えずに。キミの話はジーナからよく聞いているよ?」

「ジーナ?」

「そうそう、ほら丁度」


 生徒会長の視線に操られる様に顔を横に向ける。夕暮れに浮かび、淡く輝く三日月はイマジナリー部長だ。やはり、良い。


「純、またカレーパン? そのうちラーマーヤナ会長って言われちゃうよ?」


 ここで、少し悩む。というのも、まだまだ小説を書く事に不慣れで、多人数の会話や描写の経験が浅い。振り返って頂くと分かると思うがだいたい登場人物はひとり、ないしふたり。

 

 確認用に念の為、リンクを置いておくお事にする。おかえりはブラウザーバックにて。https://kakuyomu.jp/works/16818093083469966727/episodes/16818093083543484695



「や。ぬりや君」

「ナイスタイミング。丁度ジーナの秘蔵っ子、ぬりやクンと立ち話を、ね」


 どうだろうか。こういう事もあるのではないかと思い、部長は「君」で生徒会長は「クン」と予め使い分けておいたのだ。もちろん「わたし」「ボク」もこの日のために。

 それはそうと、ジーナってイマリーから?


「純にジーナ。ずいぶん仲が良いんですね」

「ふふっ、腐れ縁ってやつかな」

「酷いな。文学と空想イマジナリーは切っても切れない仲だろう?」


 これはなかなか大変だぞ、と思う。いっそうここは黙ってふたりの会話に任そうか、などと考えていると「そういえば」と部長が腰に手を当て頬を膨らました。

 以前のようにフライドポテトが入っている訳では無い。いや、時系列的にはそれはまだ未来の話。


「キミのあのエッセイったら。わたしのお手本読まなかったの?」

「ああ、リワード貰ったら『小さな恋のメロディ』贈りますよ」


 そう提案すると、部長は一瞬目を丸くして、夜明けの様に頬を染め、小さく「それは、ありがとう」と言った。


「なる、ほどね」


 そんなやり取りを横で見ていた生徒会長はそうこぼし、一歩踏み出すと顔を近付けて来て耳打ちされる。口偏に、耳がみっつで囁かれると、甘く濃厚な、百合の花の様な香りに包まれた。


「キミとは良い好敵手になれそうだ。ま、ジーナは渡さないけどね」


 呆気に取られていると「グッド・バイ」と手を上げて、生徒会長は颯爽と廊下の彼方に消えた。

 横では部長がまたもや頬を膨らませ、腕を組んでいる。


「鼻の下伸ばしちゃって。エッセイの事もあるから、今日の部活はみっっちり行きますからね」


 言い残してメロスの如く部長も去ってしまい、ため息をこぼしながら、ふたりが消えたリノリウムの廊下を眺める。

 

 そこには無造作にばら撒かれた伏線と、見る人によって色を変える様々な解釈が、午後の陽射しにキラキラと光って散らばっていた。

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