脇役の淡恋
ミエル王子の行方を追うために、教室から出たヴァイオレットは廊下で談笑する二人のクラスメイトに声をかける。
「ご歓談中に失礼します。ミエル様とライム様のお二人を見かけませんでしたか?」
「その二人なら少し前にここを通ったな」
「そうですね。この先にあるのは保健室だから......」
小柄で荒っぽい男子生徒・シアンがまず答えた。続けて背の高い温和な青年・オランジュが補足しようとして、何かを察した二人が慌てふためく。
「ヴァ、ヴァイオレットさん!今日は天気もいいですし僕たちと一緒にお茶でもどうですか!」
「そうだな!茶でもしばこうぜ!聞いてくれよヴァイオレット嬢、俺この前アフターヌーンティ検定準2級取ったんだぜ!しばくぜ~しばくぜ~超しばくぜ~」
「なんですのシアン様。そんな資格は聞いたことがありませんわ。オランジュ様も淑女を誘うマナーがなっていませんわね」
不器用に自分を引き留めようとする彼らの気遣いに、ヴァイオレットは思わず笑みがこぼれる。
「でもありがとう。心配無用ですわ」
感謝の言葉を残しこの場を去ろうとするヴァイオレット。誤魔化すことを諦めたオランジュが彼女を引き留める。
「待ってくださいヴァイオレットさん!凄く言いづらいのですが......」
「貴方たちが想像していることは分かっております。みなまで言わなくてもよろしいですわ」
「だったら!」
ヴァイオレットが傷つくのを防ぐためにオランジュは食い下がる。彼の優しさに感謝しながらヴァイオレットは諭す。
「私はミエル様を信じております。あの方と私は小さなころから一緒に過ごした幼馴染ですの。たしかに彼は少し軟派なところもありますが、誠実で優しい方でもあります。きっと具合の悪くなったライム様を介抱しているだけですわ」
ヴァイオレットは言い切るが、二人の心配に曇った顔は晴れない。彼女は言葉を続ける。
「それに、私の想いもミエル様に伝えてあります。そのうえで私が選ばれないのでしたら......そのときは私を慰めるためのお茶会をお二人に主催してもらいましょうかね」
ヴァイオレットの冗談めいた笑みに二人の表情が多少晴れた。彼らが納得した事を確認した彼女は、ミエル王子とライムがいるであろう保健室へ歩き始める。
「何事も無ければいいんだけど」
心配そうに呟くオランジュにシアンが冗談を投げかける。
「お前はヴァイオレット嬢のこと好きなんだろ?何事かがあって、お嬢が王子の婚約者候補から外れた方が良いんじゃねえの?」
「好きな子の泣き顔なんて見たくないよ」
友人の言葉にシアンは笑いながら答える。
「カッコいいこと言うじゃん。たとえ王子が相手でも、お嬢を泣かせる奴がいたら俺が一緒に殴りに行ってやるよ」
「頼もしいね。でもなんだかんだで、ミエルくんもヴァイオレットさんのこと大好きだから大丈夫じゃないかな......たぶん」
ヴァイオレット同様、彼らも王子の人柄は知っている。軽率なところもあるが、まっすぐで義理に熱い男だ。しかし、彼らは彼女と違い男性の抑えの効かない性欲も理解している。そのため、信じてヴァイオレットを送り出すことができなかった。
「ライム嬢も可愛いからな......俺が選ぶとしたらライム嬢だな」
「殴っていい?」
若干の不安を残しつつ、二人の男子生徒は談笑に戻っていく。
前日譚「殺戮にいたる光」 ジロー=ユビキタス @gromaxex
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