前日譚「殺戮にいたる光」

ジロー=ユビキタス

惨劇の開幕

「どうして私ではないのですか」

 ヴァイオレット・カーマイン・アガットが泣いている。感情を吐き出すように彼女は泣き続けた。

 王都立キラメキ学園の敷地内にある小さな庭園の片隅で二人の少女が寄り添っている。

 涙に暮れ、普段よりも小さく感じるヴァイオレットを抱きしめた少女は憐れみを込めて彼女を撫で付ける。そこに才色兼備と名高く、美しく誇り高い令嬢と賛美されていた彼女の姿はなかった。

 泣き疲れたのか、ヴァイオレットが少し落ち着いたタイミングで少女は彼女に提案する。

「私と一緒に、この国をブッ壊しませんか?」



 時は少し遡る。授業が終わり、帰り支度の済んだヴァイオレットは教室内を見渡す。いつものようにミエル王子と共に過ごそうと考えたが、王子の姿は見当たらない。彼女は隣の席に座るクラスメイトに話しかける。

「イリス様、ミエル様がどこへ行かれたか知りませんか?」

「王子っスか?あれ~いないっスね。トイレじゃないっスか?」

 くせ毛でフワフワとした髪の毛を揺らしながら、イリスは教室に残った生徒を確認しながら答える。

「イリス様......その言葉遣いは、どうにかなりませんの?貴方、最近変ですわよ」

「乙女の心は秋の空......って奴っスよ。私は1分1秒、今この瞬間も進化し変わり続けているっス」

「なんか色々と間違ってますわよ。正しくは、ですわ。人は変わるという意味ですと、の方が適切ですわね」

「流石は才色兼備、天上天下唯我独尊の完璧令嬢さまっスね~。黒龍モーニングデストロイヤーの称号も差し上げるっス」

「結構ですわ。もういいです、パール様に聞いてみます」

 頭のおかしい友人に見切りをつけたヴァイオレットはミエル王子と席が隣である聖女の元へ歩き出した。



「ミエル様のお姿が見えないのですが、どこへ行かれたのでしょうか?」

 この世界で広く崇拝されている太陽神。その従者として、神から選ばれた聖女であるパール・アイボリー・スノーホワイトに彼女は尋ねる。

「あぁ~ミエルくんだったら、ライムちゃんと一緒にどこかに行ったよ。お盛んですね~」

 聖女の言うライムちゃんとはクラスメイトの女子生徒・ライム・グリーン・マカライト。庇護欲をかきたてる見た目の愛らしい少女である。小柄でクラスのマスコット的ポジションのライムは男女問わず、クラスメイトたちから好かれている。

「ありがとうございます。しかしパール様、貴女は聖女なのですよ。そのような軽率な発言は謹んでくださいませ」

「ほいほーい、善処しまーす」

「パール様、貴女ねえ......」

 反省の見えない聖女の態度に頭を抱える。聖女とは、政治を司る中枢の一角である教会のトップだ。なぜこんなのが選ばれたのか。

 呆れながらも、まともに成って欲しいという願いを込めて、ヴァイオレットは説教を始める。そんな彼女に面倒事の空気を察した聖女が横槍をいれる。

「そんなことより、行かなくていいの?早くしないと愛しの王子様の一番槍をライムちゃんに奪われちゃうぞ~」

 そう言いながら、下腹部から腕を生やすようなポーズをした聖女が下品なジェスチャーでヴァイオレットを煽る。ビィン、ビィン。

「また貴女はそんな破廉恥なことを!あとでお話ですからね!」

 恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にして、本来の目的を思い出したヴァイオレットは教室を飛び出した。



 残された聖女は天上を見上げる。

「さーて、面白くなってきたぞ!みんなもそう思うよね!」」

 何もない天井に向かって呟いた聖女の言葉は、誰の耳に届くこともなく教室の喧騒に溶け込んだ。

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