双子の保護者
「ここか……」
プランとチックを俺の店にけしかけた犯人を捜すため、二人に先導させて住宅地の一角を訪れた。二階建ての民家が立ち並ぶ中で凹んで見える眼前の家屋が双子とその保護者の住む家らしい。……ただ三人で暮らすだけなら十分な家に見えるが、どことなく違和感を覚える外観だ。周囲の建物に比べると
「あんまり騒がしくしないでよ? ねぇちゃん、最近は寝たきりだから……」
この期に及んで隠す気は無いようで、プランとチックの面倒を見ているのは女性だと判明。性別はどっちだっていいが、問題は寝たきりだというその女性の体調か。話を聞かせてもらいたいが、場合によっては難しいかも知れない。
「勝手に動き回る気はないから、とっとと案内してくれ」
今の時間は体感だと20時から半ってところだろうか。ほぼ毎日、朝の6時には店を開ける関係で、今世の俺はかなり生活リズムに気を遣っている。ぶっちゃけもう帰って食事して寝たいところだが……双子の件をどうするかは早めに考えておきたい。最悪明日は臨時休業するべきかと考えながら、それでも平時通り開店できるようなるはやで話を進めにかかる。
「わ、分かったよ。ほら、こっち」
俺が態度で急かすと、プランも意を汲んで家の中に迎えてくれた。入ってみると真っ暗で、人の気配は皆無だ。双子を除いて唯一の住人が寝ているのだから当然かとも思ったが、にしたって人の営みを感じられない。よほど身体に難を抱えているのだろうか……。
訝しむ俺に気づいた様子もなく、プランは慣れた足並みで暗い室内を行く。置いて行かれまいとチックが続き、俺も二人の背中を追った。そう広くもない家だ、すぐに目的地らしい部屋にはたどり着いた。
寝室だ。カーテンの隙間から差し込んだ月明りが、わずかながらも室内を照らしてくれている。部屋の端から端まで届くほど大きな寝台の上、確かに人影が一つ、横になっていた。
ベッドの中心を陣取るように寝ているが、双子はこの人物の両脇で川の字で寝てるのだろうか、なんて無駄な考えが頭を
「ねぇちゃん、起きてる……?」
プランが気遣わしげに言いつつ広いベッドに乗り、寝ている女性のもとへ這い寄る。チックは俺の隣で立ち尽くしているが、ちらちらとこちらの様子を窺っているようだ。まさか、急に暴れ出すんじゃないかとか思われてないだろうな……?
「…………帰ったのか。無事か……?」
プランに比べて未だ性格やら内心が見えないチックにちょっとした気まずさを覚えていたら、件の女性が目を覚ましたらしかった。今まで寝てたのかそうでないのか定かじゃないが、閉じてた瞳が開いたのだから、目を覚ましたと表現して良いだろう。
透き通った水色の長髪。端正な顔立ちの妙齢に見える女性だ。顔色はたしかに、健康的とは言い難いように感じる。
「どうも、お邪魔してるぞ。街で店を営んでるマナトって者だ。いま、話せるか?」
何か言いたげなプランと、変わらず何を考えているか分からないチックは一旦意識の外にやって。俺はベッドの正面に回り込み、身体を横たえたままの女性と相対した。
「……なるほどな、そういうことか……」
俺を一瞥した女性は、こちらの顔を見るや否や、どこか安心したように浅く息を吐く。
「……? 先に確認したいんだが、初対面だよな?」
「あぁ……だが、我はお前を知っている。──が口にしていたのを、覚えている……」
「誰がなんだって?」
俺のことを知っていたような女性の反応に初めましてであることを確認したが、どうやら人づてに俺のことを聞いたらしい。しかし、肝心の誰から聞いたかがか細くてうまく聞き取れなかった。
「……いや、無駄口をたたいた。本題に入れ、何用でここに来た……?」
この女性が今回の件をどこまで把握してるのかはまだ分からないが、少なくとも俺の来訪を邪険にはしていないようだ。むしろ、どこか歓迎しているようにすら映る。寝台の上で気怠そうにしている様からそんな所感を受けた理由を言語化できそうにはないが、とにかく向こうは会話に乗り気のようだった。
美人のねーちゃんが尊大と言うか古臭いと言うか、そんな口調で話すことに違和感を覚えつつも、それを嚙み殺して先を進めた。
「それじゃあ単刀直入に……この双子が俺の店に盗みに入った。誰かに魔法で操られたようでな、本人たちは覚えてないらしい。心当たりはないか?」
「はぁ……」
内心はまるで分からないが、女性は面倒くさそうにため息を吐いた。次いで、傍らに並ぶ双子を一瞥する。
「ま、まだ盗んでないし……」
「…………はぁ」
視線を受けて反射的に言い訳したプラン。うんざりしたように、女性は繰り返し嘆息してみせた。
「……こやつらが、誰がし招き入れたのは間違いない。しかし害意は感じなかった故、我は息を潜めていた。そやつらの顔を見てはおらんし中身は聞き流した……が、声は覚えておる。初老らしいのがひとり……年若いのがひとり。どちらも男であろう」
具合が悪そうだった女性だが、話しているうちに息が整ったようで、流暢に知っていることを話してくれた。
「……二人からは、あんたが面倒見てくれてるって聞いたが。双子とその男二人が話してることをなんとも思わなかったのか?」
「──気づいているのだろう、我はヒトではない」
「「え……」」
「我の役目はこやつらに降りかかる火の粉を払う程度のこと。そこに害意が無ければ、ヒトとヒトとの交わりに口を挟むべくもない……」
女性の告白に、双子は初耳だとばかりに声を漏らしたが、本人は気にした様子もなく話を続ける。こちらとしては、そうなのかもなーとあたりを付けていた部分を明らかにされた程度だ。つまり、それほど意外でもない。気づいていただろうと断言までされると、ちょっと過大評価だが。
なぜ彼女が人外だと思ったのかについてはいくらでも理由付けできるが、この場で言及する意味も時間もなし。彼女も意味のある話し合いだけを望んでいることだろうから先を進めるとしよう。
「んー……あんたは自分の正体を明かしてくれるのか? 名前とか種族とか」
「…………対価に、我の
やっぱそうなるよなぁ、って感じの返しだった。こっちとしては、そもそも正体を聞かないと向こうの話を信じるとか受け入れるとかに行けないんだが。まぁ彼女の存在が人間にとっての善悪どこにカテゴライズされるかはともかく、対価の要求をするってことは契約を重んじる種族と予想できる。
これまでの会話で知るところを話してくれたのも、双子が俺の店に侵入した借りを返したとすれば違和感はない。正体の開示をそこに含めてくれてもいい気はするが、こっちは価値観の違いかな。それか彼女の正体ってのが、いちヒューマンごときが侵すべきではないって断言できるほどのモノなのか。
「……先に、おたくの
いつの間にかこっちが
「──良いだろう。なに、大したことではない……我に代わり、この子らの安全を確保してほしいだけだ」
「──!?」
「ねぇちゃん!? なんでっ!!」
これも予想から逸脱しない申し出だったが、本人たちからは声が上がった。主にプランからだったけど。双子の反応は一顧だにせず、彼女はじっとこちらを見ていた。
「……いいぜ、それくらいお安い御用だ。ただし──期間はあんたの正体次第だ。俺にとってどれくらい取引価値のある相手か……いや、それだとこっちに都合が良いか。プランとチックも含めて、人間にとって友誼を結ぶに足る相手かどうか。この場にいる人間三人の価値観の平均を見る。曖昧だが、それで良いだろ?」
「我が吹けば飛ぶような小物なら短く、大いなる存在であれば長く、この子らを守ってくれると言う訳だ。……ふん、なかなか分かる人間だ━━惜しいな」
「何のことか知らんが、どうも」
部屋の外に居る人間の害意なんてものを量れる存在だ。俺や双子が正体を知ってどう感じたか、それに対して畏怖はあるのかを悟るのは容易いだろう。俺にしても、自分にとっての価値を偽らないのは当然として、双子の反応から彼女の価値を貶めるのは難しくないように思う。
そもそも知能が人間と同等以上の人外ってのは、誇り高い割にマイナーなことがほとんどだ。善い存在であれば人の醜さを避けるし、悪しき存在なら出会った人を殺す。知る機会も、知った上で生き残るケースも稀だ。有名な人外だったら決まった場所から動かないことが多いし。
俺が知っていて尊ぶべき存在だと思ったとしても、双子の方は知らない可能性の方が高い。公平ではあるものの、運の絡む取引としては十分以上に分があると言える。
「じゃ、そろそろ聞かせてくれよ。あんたの正体を」
「その前に、選ばせてやろう……我と同格のモノらが我を何と呼ぶのか。はたまた、人間が我を何と呼ぶのか。お前は、どちらが知りたい?」
自称か他称か、って話か? 後者に決まってるだろ、前者はどうとでも言えるんだから。
「人間が、あんたをどう呼んでいるのか──」
そこで初めて、気怠そうな面持ちしか見せなかった女が──嗤った。
肌が粟立つのを感じる。その瞬間、俺は選択を誤ったことを理解したのだ。
「では教えてやろう。ヒトは我をこう呼び、崇め奉る──水神、とな」
闇魔導師の魔法カード店 TrueLight @TrueLight
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