闇魔導師の真意

「……お」


 その時、突然目の前が真っ暗になった!


 プランに魔力についての初歩的な知識を披露していると、急に視界が闇に包まれる。なんて言うと大げさだが、カードで発動した【ダーク・テリトリー】の効果が消失したってだけなんだが。肉体の眼球はしっかり暗順応していてまったく見えないって訳でもないが、話し合いに適した環境ではないな。本当に今更だけど。


 普段はあまり使わない蝋燭に火を灯して、室内の光源を確保する。火の揺らめきを受けて【シャドウ・チェイン】の束縛が緩むのが分かったが、気にしなくて良いだろう。プランとチックも拘束が甘くなったからって逃げようとする様子は無いし。逃げたところでどうしようもないとも言えるが。


「さぁて、聞きたいことは大体聞けたが。どうしたもんかな……」


 床で背を合わせたままの二人の元に戻り、どっかりと胡坐あぐらをかいた。


「お前らの罪は二つ。盗み、依頼書の偽造だ。意図せず魔力が暴走した場合は罪に問われないから、ギルドの受付をどうこうした件は一旦保留だな。後遺症があった場合はこれも罪に問われる可能性がある」


 事務的に二人の状況を述べると、プランはポカンとした様子を見せたのちに歯を剥いた。


「盗みったってまだ何もしてないじゃんか! すぐ捕まったんだから!!」


「残念、状況証拠で十分なんだよなぁ……あと、盗みはどこで何を盗んだかで罪の重さが変わる。ちなみに俺の店での窃盗は死刑だぜ、見えないだろうが一応、俺は貴族だ」


 まさか人の往来が多い街の一角で、マジック・アイテム売ってる魔法使いが貴族とは思わないだろう。俺自身、別に自分が貴い血なんて欠片も思ってない。しかし、魔法カードなんて技術革新を起こした俺を、国としては評価しなければならなかった。


 カードの恩恵を受けたいからってのが大きな理由だろうけど、俺は爵位を授かっている。突っぱねても面倒なだけだし、国がバックについてるからこそ出来ることもあるしで、有り難く受け取ったかたちだ。ギルドと円滑に繋がれるところとか最高だね、サレンみたいな冒険者には良い顔されないけど。


「チッ……なにが貴族だクソが……! 金持ちは良いよな! 貧乏人がどこで野垂れ死のうが知ったこっちゃねぇんだろ!!」


 俺が貴族だと明かした途端、プランは目に見えて態度が悪くなった。


「少し違うな。お前が想像してるクソな貴族ってのは、自分の利益が損なわれなきゃ金持ちだろうが貧乏人だろうが、王家のお偉いさんだろうがいくらでも死ねばいいと思ってるよ」


 貧困層が貴族に対して抱きがちなテンプレ憎悪を受けて、俺は淡々と返した。すると脳内の貴族ではなく、目の前の俺に毒を吐くべく声を荒げる。


「自分は違うってのか!?」

「違うね。双子に対して偏見が無いのがその証拠だろ」

「──ッ!」


 俺が暮らしている国の歴史上、王家で双子が生まれたことはある。その際どうして来たかと言えば、。一般知識ではないが、ちょっと調べればそういう事例はすぐに出てくる。国ぐるみで双子は不吉の象徴とされてきたのだ。


 貴族ってのは国に恭順を示すべき立場だ。国が双子を忌み嫌っているなら、内心どう思おうともそれに倣うべきなのだ。けれど、俺は違う。双子に対して普通の態度で接している時点で、貴族としての誇りや責務ってものに頓着がない証拠と言えるだろう。


 だがまぁ、プランはそんなこと知らんだろうな。それでも説得力は十分だったらしい。雇い主かなんかに双子だってバレたらしいが、その時大層ロクでもない目に逢ったと見える。双子バレはイコールで陰惨な扱いを受けると実感したんだろう。


 その経験だけで、俺が普通の人間とは違う証になる。普通ではない人間が爵位を持っていれば、それは普通の貴族とは違う考えの持ち主である十分な論拠になる。繰り返すがプランにそこまで深い考えは無いだろう。けれど、態度はその心情を物語っていた。


「……あんたは、あたしたちを助けてくれるの?」

「やぶさかじゃないぜ、そっち次第だけどな」


 期待するような。それを信じるべきではないと葛藤するような。フードの奥で、窺うような視線を受けて、俺は悪戯っぽく笑って見せた。


 今まで、プランとチックのように、くだんの黒幕に唆されてこの店に来た連中はいた。そいつらはみんな、普通の人間だったと言える。金はないが、生活できないほどの貧乏人でもない。贅沢がしたいからと、簡単に金を稼げそうなこの店を狙った大人たちだった。


 彼らは、フツーに衛兵に突き出した。どうなったかはお察しだ。ではなぜ俺がこの二人に温情をかけるのか。それはとても単純な、たった一つの事実に基づいている。


 子供だからだ。


 俺は子供が好きだ。カードショップで働いていた時、子供たちがお目当てを見つけた時のはじけるような笑顔が。友達とカードを見せ合いながら、笑って店を後にする、その背中が好きだった。


 欲しいカードが見つからないと、泣きついてきた子たちと一緒にストレージを漁ったり。バックヤードの買い取ったまま仕分けてない紙束の中から見つけてやったり。それで喜んでくれた時は苦労した甲斐があったと、こちらも笑みがこぼれたものだ。


 カードの大会で、そういう子が俺と一緒に見つけたカードを使って。勝ったときにチラッとこちらを見て、はにかんだ時なんか天職とさえ思えたもんだ。俺はカードが好きで、カードが好きな子供たちも同じくらい好きだった。


 別にこの世界でだって変わらない。子供たちとカードを通じて楽しさを分かち合うのは難しいだろうが、それでも俺は子供が好きだし、大人が守ってやるべきだと思っている。


 いちいちそれを言葉にするつもりもないけどな。カードショップの店主が子供に甘いと知れたらどうなる? 今度は子供をけしかけるクズが生まれるだろう。子供向けのイベント開いたときは凄かったね。転売目的で親が来て、子供に参加させてカードを入手してはそのまま買取カウンターに持ってくる。それが子供の小遣いになるなら分からんでもないが、もちろんそんなことはほとんど無い。


 平和な現代日本でさえ子供を利用するクズは居た。この世界では言うまでもない。


 今までは大した損害は無いからとスルーしていたが、実のところ今回ばかりは腹に据えかねていた。状況が確定していなかったから冷静に事情を聴いていたが、こんな子供を操る輩だと知れたなら一刻も早く犯人を特定したい。そのためには、プランとチックの協力は不可欠だ。


 この世界には少年法が無いとは言え、子供の犯した罪には情状酌量の余地があるべきだってのが個人的な考えだ。よっぽど救いようが無けりゃお国の裁きも仕方ないだろうが、少なくとも俺にはこの二人が生粋のクズだとは思えなかった。


「……あたしらに、何かさせようっての?」


 俺の言葉を信用したか、そもそも選択肢なんかないって理解してるのか。プランはどこか決意したように凛とした声で言う。


「お前らにこの店のことを吹き込んだクソ野郎を探す。今までにけしかけられて来た連中にはもう話を聞けないから、直近で踊らされたプランとチックに協力して欲しい。頼めるよな?」

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