2024/8「30分小説お題:【苦手なものと向き合え】」



 現在、白羽の5人はエデンの中でも難易度の高い「名もなき部屋」と呼ばれるダンジョンにいた。

 幾つもの小部屋がワープ式に連なり、入れば必ず迷路と謎解きを強要される。入口から5部屋は攻略方法が分かっているが、その先は手探りだ。

 紆余曲折を経て10部屋目に飛ばされた一行は、ビロードの絨毯が敷かれた細長く短い廊下にいる。そこには5つの扉が不規則に並んでいた。

 合間に掲げられた看板には、丁寧な言い回しで部屋のルールが記されている。

「つまり?」

 読み終えたクエルクスが理解していながら説明を求めた。

「5人それぞれ別の部屋に入らなきゃいけないってことだね」

「中でミッションをクリアすれば、全員おなじ出口に出られると…」

 ティトンとイロハが簡潔に答えた後、アロがうーんと頭を傾ける。

「一人でも失敗したらー?」

「誰も先には進めない…また出会うことになる…うん、全員ここに戻って来るみたい」

 ティトンが早々に纏めると、クエルクスが頭を掻いた。

「【苦手なものと向き合え】か…骨が折れそうだな」

 確かに。ここに来るまでの謎解きと違って嫌なお題だ。各々が看板を前に覚悟を決める中、後ろでスッと手が挙がる。

「これは、例えばここまでの道のりを4人で到達したとしたら」

 コトワリが誰にともなく問うと、すかさずティトンが答えた。

「部屋は4つになると思うよ」

「それなら、出直しましょうか。ぼくにミッションクリアは不可能です」

 次いで即答するコトワリが引き返そうとするのを、ティトンが必死に引き止める。

「どんなミッションかは、入ってみないとわからないよ?」

「PIYO早積み勝負がいいなぁー」

「苦手なのか?」

「難しいからねー動くし」

 宙に架空のPIYOを積む仕草をするアロとイロハの談笑を横目に、コトワリは盛大にため息を付いた。何故ならティトンの力に負けて引き摺られかけたから。

「みなさんが先に進みたいのはよくわかりますけどね…」

「うん、コトワリと一緒にね?」

 ティトンの迷いも疑いもない眼差しが仲間全員の顔を巡る。

「正直俺も自信はないが?」

「だいじょうぶ、なんとかなるさー」

「やるだけやってみて、それから考えようぜ」

 全員どこか楽観的なのは、ここに来るまで命の危険があるような仕掛けはなく、失敗したら入口に戻されることが「確定している」からだ。これはまぎれもなく先駆者の功績で、周知の事実。

 リタイアも簡単。「戻ればふりだし」つまり部屋を進まず戻るだけで入口なのだから。

「分かりました。その代わり、骨は拾ってくださいね」

 コトワリは諦めの言葉を吐くと、全員にポーションを2つ握らせる。念の為ですと呟いて。

 各々ポケットや懐に収めながら位置につく。どこを開けても、辿り着くのはそれぞれが苦手なものの前だ。

「それじゃ、みんな。次の階で会おうね!」



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「まあ…やっぱり、そうなりますよね…」

 扉が閉じる音に愚痴を混ぜる。

 室内に足を踏み入れた途端に消えていくドアと、巻き起こる風と。大量の墓石の中心で目を開く魔獣が空気を変えた。

 コトワリはため息すら許されず、静かに死角に移動する。

(さて…どうしますか)

 影のように周囲を警戒するのは真っ黒な狼だ。獣形は視覚も聴覚も、嗅覚も鋭い。しかも巨体とくれば、居場所がバレた瞬間に終わるだろう。

 コトワリの苦手なことは極めて単純。

【戦闘】

 他にも山程あるにはあるが、ダンジョン探索に置いてはこれに尽きる。

(いつまでも隠れていられませんよね…)

 相手が相手だけに、見つかるのも時間の問題だ。コトワリはカバンの中身を思い出しながら短く思案する。

 まずは透明化ポーションで姿を消したい。その前に。激辛とうがらしを凝縮し、小瓶に詰めた物を狼の鼻めがけて投擲する。嗅覚を鈍らせ、ついでに催涙効果で視界も奪えるかもしれないからだ。

 3つ投げたうちの1つが命中したようで、悲痛な叫びが木霊する。続けてコトワリは鼻と口を覆ったまま、狼の背後に落ちるように煙幕を投げた。

 ガラスが割れる音と同時に移動しながら、ポーションを飲む。これで多少は時間を稼げるはずだ。

 珍しく上手く回る作戦に安堵する彼は、敵の悲鳴が収まる前に背後に周る。これも難なく成功したが、首を垂れて動かない狼が酷く不穏なものに見えた。

 それでも迷ってなどいられない。煙幕が晴れる手前、顔面目掛けてとっておきの毒を投げつけようとしたコトワリを、狼は迷いなく振り向いた。

 姿は消えている筈なのに、どうして。気配を消しきれていなかった?分からない。これだから戦闘は嫌いなんだと、悪態をつく間もなく鋭い爪に弾かれる。

 投擲モーションの途中で回避行動を取ったせいで、見事に脇腹をやられた。墓石の裏に後退して、ポーションで回復するコトワリに影が落ちる。

「血の跡を…!」

 ああ、もう最悪だ。それはそう、考えが及ばない方が悪い。

 鈍い音と共に床に倒れる。肉球と爪に押しつぶされた腹部が苦しい。

 まずい…

 毒瓶は引っ掻かれた時に落として割れた。予備はない。顔に生暖かい息がかかる。唐辛子の酷い臭いだ。

 透明化ポーションはまだ生きている。しかし背中に広がる血液と体温が自分の存在を証明していた。

 手を伸ばす。

 カバンは2つともぺちゃんこだし、武器もない。

 あるのはこれ。

 この頼りないハロだけだ。

 近付いてくる狼の牙。それを避けて、頭に触れる。

 腕が震えた。これ以上持ち上がりそうもない。

 限界だ。口から血を吐きながら、コトワリは指先に全てを集中する。

(精製…)

 もう声も出なかった。

 代わりに全てのハロを放出する。

 精製したのは狼の脳の血液だ。

 悲鳴。苦痛が少しだけ和らぐ。

 薄れ行く景色。

 コトワリは結末を見届けないまま意識を失った。


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「はぁ……すみません…」

「ごめーん…」

 正座で俯き謝罪する2人を前に、ティトンとイロハ、クエルクスが息をつく。落胆などではなく、目を回して気絶していたアロと、瀕死のコトワリを慌てて治療して一息ついたところだからだ。

 どれほどの時間が経っていたのかは分からない。

 しかし3人が同時に扉を開いて、元いたビロードの廊下に戻ってきた時には、アロとコトワリが床に倒れていた。

 恐らくダンジョンが時間を歪めて、同時に排出したのだろう。

「失敗した」と懺悔した二人は元より、イロハも重症、クエルクスも怪我をしていたし、ティトンは血塗れだった。それぞれなにがあったは聞くこともないが、コトワリがイロハの診察する間も5つの扉は沈黙を保っている。

 アロの手元に残っていたポーションで二人を回復させた辺りで、部屋を調べていたティトンが振り向いた。

「最初と変わったところはないね。やっぱり全員成功させるしかないみたいだけど…」

 ぴくり、と全員の肩が揺れる。

「だよねぇ…」

 かく言うティトンも、もう一度扉を開ける気力は残っていなかった。体力的な問題ではない。精神的な意味で。

「最難関の名は伊達じゃないね」

 明るく笑って、ティトンは大きく伸びをする。その背中にイロハがふっと笑みを零した。

「成長したらまた来よう」

「きみたち、まだ強くなるつもりなんですか?馬鹿ですか?」

「あ゛?嫌味か?まだまだ成長期だが??」

「コトワリさんのお口、悪い子だー」

「あはは、みんな頑張ったんだよね。じゃ、帰ろっか」

 荷物を背負って先導するティトンが帰りの扉を開くと、その先は眩い光に満ちていた。

「急ぐ旅でもない」

「またいつか、乗り越えてみせるさ」


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エデンの箱庭 あさぎそーご @xasagi

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