「今日はイチゴ味」②


 フラスコに葉の粉を詰め、順番に液状にしていく作業を前に、イロハが閉じていた目を薄っすら開いた。

「まだ暫くは大丈夫。あっちも動く気配はない」

「あー、また無理してぇ」

 あっという間に全ての葉を粉にしたアロが、手を叩いてイロハに並ぶ。どこからともなく掌に乗せられたPIYOを撫でながら、イロハはいい分けた。

「大丈夫、まだ目は回ってないさ」

「回っちゃ困るんですよ。後でポーション霧にしてもらいましょう」

「まっかせてー?今日のは何味ー?」

「イチゴ味です」

「あはは、かわいー」

「こちとらむさ苦しい男5人なんだが…」

 可愛さは求められていないだろう…とイロハがなんとも言えない顔をする。コトワリは粉を収めたフラスコを並べながら苦笑を返した。

「文句なら原料集めてくれたティトンさんにどうぞ」

「へえ…味って原料で決まるのか?」

「不思議なもので、混ぜる薬草によって色んなフレーバーになります。ぼくにも原理は分かりません」

 今回の薬草はナケナシノハナと真珠の雫、そしてルチルの実。どれもイチゴとは程遠い味なのだが、混ざるとそう鑑定される。

「お芋味ならティトンが喜ぶのにねー」

「嫌ですよそんな液体…」

 朗らかなアロの発言にあからさまに嫌な顔をするコトワリの視界を、大量の葉っぱが遮った。

「今ジャガイモの話してた??」

「してませんよ」

「してたかもー」

「気のせいだと思う」

 キラキラと効果音が付きそうなティトンの声に各々返答する中に、クエルクスの急かす声が降ってくる。

「いいからさっさと、ほれ。精製して先に進むぞ」

「これだけあれば足りるでしょ?」

 わさわさと放り出されたユメユメの葉は、アロが触れると粉末状になった。重力に従って大型の瓶に吸い込まれていくさまは、まるで砂時計のようだ。

「随分張り切りましたね…十分ですよ。アロさん、ついでにこちらもお願いします」

「わーいイチゴ味ー」

 コトワリの手からポーションを取ったアロが、中身を掌に注いで霧にする。室内にポーションが満ちて程よく回復していく中に、ティトンが無邪気に質問を投げた。

「ねえねえ、ジャガイモ味はないの?」

「はは、ご冗談を」

「なんだ?怪談か?」

「くわばらくわばら…」

 ほらねーと喜ぶアロと、なんでーと不服そうなティトンをなあなあに宥め、作戦タイムに移行する。


 数10分後。


「最大まで凝縮して詰めましたから」

 スダチ大の丸瓶は紫を超えてどす黒い液体で満たされていた。

「目ん玉にえーいってすればいいんだねー?」

 受け取ったそれを指先でつまみ、弄ぶアロを見てコトワリの背筋が凍る。彼の心配もどこ吹く風、朗らかな前衛2人が明るく先陣を切った。

「それじゃみんな、よろしくね」


 あとは手筈通りに、アドリブを交えて。


 ティトンが部屋に入るなり、待ち構えていたドラゴンが威嚇の咆哮を上げる。

 揺れる洞窟。身をすくませるコトワリを置いて、ティトンは駆けながらハンマーを地に打ち付けた。

「ブルー•ワン、トリガー!」

 吹き上がる水柱が数秒後、アロの力で霧に変わる。

「借りるねー、クエルさん」

「あ??」

 揺れる視界の中で、ナイフを抜き去る透明な人影がティトンと逆サイドに紛れていった。

 その間、中央を抜けるのはイロハの矢。続けてクエルクス。後に右方向からティトンの合図が飛ぶ。

「イエロー•ワン、トリガー!」

 不規則に舞う矢と雷。2方向からの攻撃を首の動きだけでいなし、ドラゴンは警戒を続けた。霧は既に晴れつつある。注意を引くために、ティトンは連続で刻印した。

「レッド•ワン、レッド•ツー、トリガー!」

 高熱と炎が渦を巻く。いくら強固なドラゴンとはいえ、威力の上がった攻撃を無視はしなかった。

 前足を向けられたティトンはバックステップで後退し、体勢を立て直す。大きな地鳴りの後、ドラゴンの手が退いた場所には岩の残骸が散らばっていた。

「動くぞ!」

 イロハが叫ぶ。

 瞳を鈍く光らせて、長い尻尾ごと身体を回転させた龍が口を大きく開いた。瞬く間に部屋の手前がブレスで埋まる。

「下がれ!消し炭になるぞ!」

 防御魔法をかけているとはいえ、クエルクスの上着だけでは耐えられず、じりじり後退して岩陰に入ったティトンが透明なアロの行方を目で追った。

 ドラゴンの真横、天井と地面の中間辺り。岩肌に突き刺さる巨大チャクラムが彼の無事を知らせている。

 ブレスの余韻を待たず、動き出すドラゴンの首筋、柔らかい部分に矢が刺さった。煩わしそうに首を振り、遠目にイロハを認識した巨体が前進しようとした瞬間。

「ブルー•ワン、グリーン•ワン、イエロー•ワン…」

 正面の壁に展開される魔法陣。立ち止まったドラゴンの足元に、複数の矢と瓶の割れる音が落ちる。フエキの実を精製した接着剤的液体が一瞬だけ敵の動きを鈍らせた。

「トリガー!」

 属性が混ざり合い、轟音と光が突き抜ける。

 ティトンの最大出力をもろに浴びても、ドラゴンの存在感は消え失せることはなく。しかし短い硬直は確かに訪れた。

 魔法の圧が引くなり、透明なアロが、足場にしていたチャクラムからドラゴンの頭に飛び乗るのが見える。彼は空気中の水蒸気を雲に変えて、跳躍力上昇ポーションを楽しむように宙空に円を描いていた。

 雲の模様の中央でなにかがキラリと光る。

 それがクエルクスのナイフだと気付いた瞬間、ドラゴンの悲鳴が部屋を満たした。

 瞳に毒の瓶を突き刺したナイフをしっかり持って、アロは再び高く飛ぶ。

「ごめんクエルさんー、ナイフまっくろけー」

「どうしろと??」

 苦しみもがくドラゴンの胴体に当たらぬよう、着地したであろうアロの元にクエルクスが駆け寄った。残った方のナイフで警戒を続ける彼の足元に、アロが借りたナイフを刺す。それを部屋の端に持っていき。

「ブルー•ワン、トリガー…」

 出力を弱めて洗い流すティトンの頭に、コトワリがハロ回復のポーションをかけた。みるからに光が色濃くなるのを見るに、先程の魔法の威力は相当だった筈だ。今向き合っているのがとんでもない強敵だと改めて認識した数人が身震する中、ふーっと長い息が吐き出される。

「もう大丈夫。終わったみたいだ」

 イロハが戦闘終了を告げたことで、全員が集まり座り込んで息をつく。

「あはは、いやー、ヤバかったぁ」

「命がいくつあっても足りません…」

「あのクソドラゴン…程々にしろと言いたい」

「でも楽しかったねー?」

「ははは、みんな、おつかれ」

 消えゆくドラゴンの向こうには大きく真っ白な扉。赤い岩肌の中で、そこだけが5階の遺跡と同じテイストだ。

「アレを開けられたら開けて、様子見たら撤退かな」

 大の字からうつ伏せに直り、顎を手に乗せたティトンが言う。

「ドラゴンの攻略方法が分かっただけでも収穫だ」

 後ろ手に満足そうなイロハが柔らかく答えると、横からクエルクスが丸めた羊皮紙を突き出した。

「コラまて、それ以前に4階のマップもほぼほぼ埋めたが?」

「新種のPIYOも見つけたー」

「素材もそこそこ集まりましたし、あとは無事に帰るだけですね…」

 座ったまま足をパタパタするアロがどこからともなく緑のPIYOをだし、使用したポーションの代わりにカバンに押し込んだ素材や宝物をコトワリが覗く。

 すっかり撤退モードになりかけた仲間たちを見て、ティトンが膨れ気味に指を伸ばした。

「その前にあの扉…」

「あーー」

「ん?」

 ティトンの声をアロが遮るのを、イロハが不思議そうに振り向く。ピンクの髪を揺らして立ち上がったアロは、真っ直ぐに壁を示した。

「チャクラムーおいてきちゃった」

 あ。と全員が口を開ける。アロの姿が見えているということは、跳躍力のポーションも効果が切れているわけで。

「コトワリさーん。あのポーションもう一個頂戴?」

「すみません。在庫が…」

「作ってくれるまで待ってるよー?イチゴ味でいいからさー」

 座り直して揺れるアロを前に、コトワリはカバンから人数分のコップを出した。

「……喉が渇いたのならお茶でも淹れましょうか」

「えー、オレココアがいいー!」

 調査してくるから飲んでて、とティトンが出してくれた水をアロが沸かした辺りでポーションの話は吹き飛んだ。

 その後。アロのチャクラムは、本人がティトンの風魔法でぴゅーっと行って、岩を砂にして回収した。

 扉は仕掛けを解くことは出来たが、開けたらとんでもない魔物がいそうだとのことで(イロハ談)そっ閉じ。

 なお、コトワリが作った回復ポーション入りのココアは、見事にイチゴ味のココアだったらしい。

 一同無事に帰還したのが深夜を回った頃。翌日は勿論、全員ゆっくり寝倒したとか。




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