「今日はイチゴ味」①
「ああ、もう…分かってはいましたが……」
緑の炎が散る洞窟に、コトワリの情けない声が響く。
「流石にとんでもなさすぎやしませんか???」
彼の泣き言はすぐさまドラゴンの咆哮に掻き消された。
「文句は後だ!頭動かせコトワリ」
「言われずとも分かっていますよ、きみたちに死なれて困るのはぼくなんですから!」
前線から下がってきたクエルクスに、悪態を交わしながらポーションを投げる。受け取った彼はそれを懐にしまいながらティトンの前に出た。
瓦礫の陰に戻ったコトワリは、様子を伺い透明化のポーションをかぶる。
敵の攻撃範囲は広い。味方の攻撃に巻き込まれぬよう、遠目に支援するしかなさそうだ。
「イロハさーん、弱点見えるー?」
「少なくともティトンの属性ではない」
「そっか。じゃあエレメントドラゴン属の亜種だね」
「言ってる場合か!」
前方で繰り広げられるのはゆるい会話。更に奥で怒りに任せて尾を振るのは真っ白なドラゴンだ。赤みがかった岩に囲まれた洞窟の中で、その存在感は半端ない。色もそうだが、なにより大きい。一番大きいクエルクスの、ゆうに3倍はある。
「皮かたーい」
岩を足場にチャクラムで切り込んだアロが報告した。その着地点、ドラゴンが狙いを定めているのを見越したクエルクスが、コートを脱いで立ち塞ぐ。
緑の炎が視界を埋め尽くす。押し寄せる熱に、盾に入り損ねたティトンが堪らずイロハの横まで後退した。
「やっばぁ!」
「攻撃、大体30秒間隔です」
更に後ろから叫んだであろう、透明なコトワリをイロハが振り向く。
「コトワリ、毒だ。他にも足止めのデバフポーションあるか?」
複数の未来から答えを探し当てただろうイロハの声に、コトワリは近寄りがてらベルトからカバンを外した。
足元に現れたそれを覗き込みながら、3人は短く唸る。
「あの巨体です。足りますかね?」
「それが、視た感じ微妙なんだ。追加で作れないか?」
「材料さえあれば」
「それなら一旦…っ!!」
言葉尻を悲鳴にならない悲鳴に変えて、ティトンが走り出した。コトワリのカバンを抱える彼を、透明なコトワリに手を差し伸べたイロハが、掴むなり慌てて追いかける。
「わあー」
「退避だ!急げガキ共!」
続けてアロとクエルクスも、揃って上の階に戻る通路に逃げ込んだ。
足音と轟音と。
途中でハロが尽きたのか、クエルクスが小部屋の入口を背に焦げかけたコートと服を叩く。幸い丈夫な石壁と、少し湾曲した通路のおかげで炎も入ってこない。数泊置いて、全員が安堵の息を吐いた。
「ほんと、とんでもなさ、すぎますって」
「だんだん、威力、あがってるな…クソが…」
息を切らせたコトワリの声と、火を消すクエルクスのリズミカルな文句が狭い部屋に響く。
5階と6階の間にあるその部屋は、遺跡テイストの5階寄りの白い石壁で、4階のジャングルから伸びる植物で彩られていた。
「追ってはこない。コトワリ、上の階だろ?」
千里眼で確認を終えたイロハが、休む間もなく立ち上がる。彼が明後日の方向を見ている事で自分の透明化を再認識しながら、コトワリは答えた。
「ええ、ティトンさんのスケッチにある…」
「分かった。行こう、イロハ。視えたんでしょ?」
同じく立ち上がったティトンがイロハの背を押す。階段を上る2人の背中に、コトワリは小言を注いだ。
「暫く千里眼は控えて下さいよ」
返事はないが、伝わったはずだ。
2人が急ぐ理由も分かる。ダンジョンに入ってから、もう半日だ。3階までしか完全完成MAPがなく、6階は初見。節約しながら来たとはいえ、クエルクスのハロが切れるくらいの時間と労力はかかっている。ここから戻るにしろ、進むにしろ、判断は早いほうがいい。
アロも道中壁を砂にしたり、戦闘でティトンの水を凍らせたりと、そこそこのハロを消費していた。コトワリも道すがらポーションを作り続けているし、難なら一番体力がないので疲れが足に来ている。
息を整え、髪をかき上げるクエルクスの背中にピンク色の液体がかけられた。コトワリの回復薬だろう。背中に多少の火傷を負ったことを隠していた彼は、小さく舌を打った。
「オマエ、んなんでハロは持つのか」
「まだ杖に余力がありますし…」
コトワリの声が中空からポーションを降らす。淡い水色がクエルクスの、アロのハロを色濃くした。その後、小さな間があったのはコトワリ本人が残りのポーションを飲んだ証拠だろう。
「予備が数本」
最後の知らせが、クエルクスの緊張を僅かに緩和した。ハロの回復薬があるなら、この戦闘で最悪ティトンのハロが切れても、まだ立て直しがきく。
「毒のモトって固体でしょー?オレが砕くよ」
空気を読んだのかそうでないのか、朗らかに言うアロに、コトワリも安心した声を出した。
「助かります。…はぁ、いっそ閉じ込めて毒霧を吸わせられたら楽なんですが」
「それだとこっちも先に進めなくなる。その毒から解毒薬作れるわけじゃないんだろ?」
「仰るとおり」
毒薬を精製して凝縮するのは比較的簡単だが、解毒薬となると色々面倒なのだ。
となると、別の方法でドラゴンに与える必要があるのだが。
「毒かぁ…あの硬さだとごっくんさせた方が早くないー?」
「食う前に消し炭にされるのがオチでは?」
確かに。口から火を吐くドラゴンに毒を食らわせるのは至難の業だ。かといってアロの言う通り、直接かけたり注射をしたりは効果があるか分からない。
「それなら目はどうー?」
「まあ、きみたちのスペックならそれが一番妥当ですかね」
言いながら、コトワリが並べた瓶を見てアロの目が輝く。
「あー、これめっちゃ跳べるやつー」
跳躍力上昇ポーション。効果は10分程。なお、透明化ポーションの効果も同じくらいだ。
「出し惜しみか?あ?」
「そんなことをして死んだら元も子もないじゃないですか。無駄遣いを控えただけです」
「あ、やっとみえたーコトワリさん」
クエルクスの圧から逃げようとしたところを、逆側からアロに捕まり、コトワリは舌を出す。
「ええ、どうも……つつくのはやめてくださいよ」
「というか、それがあればもっと簡単では?」
クエルクスの言うそれとは、すなわち透明化ポーションのことだ。コトワリはアロの指を掌で受けながら肯定する。
「勿論、そのつもりですが。これも気配を消せるわけではないので、近づくにはリスクを伴いますし、気を引く役回りは必要になりますよ」
同意して、クエルクスが頭の中に動線を引き始めたところにティトンとイロハが降りてきた。
「お待たせ」
「これでどれだけできる?」
2人が両手に抱えていたのはユメユメの葉。そのままならただの植物だが、大量に煮詰めると人間なら1gで致死量の猛毒になる。
「ドラゴンの致死量には遠いですかね」
「おっけー、じゃ交代で集めに行こうか。クエル、もう動ける?」
コトワリの答えを聞いたティトンが問うと、クエルクスは頷いて立ち上がった。
「イロハ。オマエ少し座っとけ」
有無を言わさず座らされたイロハが、苦笑混じりに礼を言う。彼の場合はハロ切れというよりは、ハロの使いすぎによる肉体的、精神的疲労の方が大きいはずだ。
その隣で、アロが葉に状態変化を施す。
「チェーンジ」
「精製、なるべく急ぎます」
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