「さて本日の損失は?」
「ああコトワリよ。死んでしまうとは情けない」
もう何度同じ台詞を聞いただろうか。
げんなりしながら身体を起こすと、目の前には2つの右手。
「復活料3000エンです」
「回収料は5000エンな」
この台詞も。もう何度聞いたことだろうか。
コトワリは長く長くため息を吐いてから、神父と鎧の男に進言した。
「あの、神様に全部「持っていかれて」しまったので、取りに帰っても構いませんか?」
エデンでは、例え死んでしまっても魔法やアイテムで生き返ることができる。これは凄いことで、コトワリのように貧弱な者にとってはこの上なくありがたいことではあるのだが。
だが。生き返るにも金がいる。まず生き返った瞬間に、神様に「捧げる物」として金品が勝手に巻き上げられる(言い方は悪いが実際その通りで、宙に浮いて消えてしまうのだから仕方がない)。手持ちに金品がない場合は身体の一部や、記憶などがなくなるとの噂もあるから恐ろしい。しかしそのまま死んでしまう事に比べたら安いものだろう。多分。
つまり、ここは教会。
コトワリは言わずもがな、復活の儀式を終えて「生き返った」ばかりの状態だ。
復活料=教会による儀式の代金。そしてもう一つ…回収料。
「同行しよう」
「逃げませんよ」
「まあまあ、そう硬いことを言うな」
肩を叩きながら付いてくる鎧の男は、通称「秩序」と呼ばれるクランの人間だ。
ダンジョンの深い階層には、死んでから数分後には教会に転送される神の加護がかけられている。その場で復活のアイテムや魔法を発動させることができなければ、強制的に教会で目覚めることになるわけだ。攻略中に不注意で仲間をリターンさせてしまうのはなかなかに辛いが、全滅して誰にも見つけてもらえずに生き返れないよりはいくらかマシだろうか。
しかし浅い階層には神の加護がない。人の行き来が多いため節約されているのだろうか?真相は分からないが、とにかく浅瀬で死んだ人間は冒険者に回収される。つまり「これ」も秩序の仕事の一貫…コトワリはこの鎧の男に、ダンジョンの浅瀬で回収されたというわけだ。
振り払う気力もなく、相手に悪気がない事も分かっていたので、コトワリは男を連れて自分の店を目指す。
「今回はまたどうして死んだんだ」
「ちょっとした実験のつもりだったんですがね…思いの外毒素が強くて」
「心配ない。ダンジョンの解毒もしておいた」
「お手数おかけ致しました…」
コトワリが頭を抱える勢いで謝罪すると、秩序の男はカラカラと笑った。会話からも分かるように、馴染の仲と言えてしまえるくらいには、コトワリは彼に回収されている。話すうちに教会から出て、住居区を横切りハビラに入った。
「しかし相変わらず大変だな、そのスキルじゃあ苦労も絶えんだろう」
「すみませんね、脆弱なもので」
「何を言う。あんたは昔から良い客だよ」
「嫌味ですか?」
「どうしてそうなる。それより今日はお仲間は?あんた、あそこに入ってから随分事故も減ったじゃないか。まさか見捨てられたわけじゃないだろう?」
「少し立て込んでましてね…ああ、着きました。少しお待ち下さい」
コトワリは午前中を回想がてら、カウンターから札を5枚取って男に支払った。
「まいど。難なら教会にも払っとくが?」
「ああ、それは助かりますが…」
「大丈夫、追加料金なんて取りゃしないよ」
「それはどうも…ではチップ代わりに」
どこまでも明るい男に、3000エンと売れ残りのクッキーを手渡すと、大きく手を振り去っていく。もう死ぬんじゃないぞー?と大声で叫びながら。
普段のコトワリなら「大声でそんなこと宣伝しないでください」くらい返しそうなものだが、どうやらそんなことを気にしていられる状況ではないらしい。俯き、カウンターの中を見据える彼の口から細く短い台詞が溢れた。
「……今月の家賃」
「えっ…コトワリ家賃払えないの?大丈夫そ?」
「大丈夫じゃありませんよ…」
秩序と入れ違いにやってきたティトンは、項垂れるどころかカウンターに頭を預けて動かなくなったコトワリと目線を合わせる。
「なにかあった?もしかして無茶しちゃった?」
「朝の…覚えていますか?」
「ああ、売りつけられたっていう謎の瓶?鑑定したら毒だって…」
「ええ。ですから鍛錬の間で小分けにしてから試そうと…」
鍛錬の間とは。
浅瀬も浅瀬、殆ど危険のない超お手軽ダンジョンの中にあり、主にスキルを「試す」場所として知られている。
洞窟の空洞から沢山の道が枝分かれしており、それぞれが小部屋に通じている。なんなら道の手前に中の広さを示す看板までつけられている始末だ。
コトワリは危険物を扱う時には、危険物対応の部屋を借りて瓶に移したり、試したりすることが多い。
「もしかしてだけど」
「もしかしなくともですよ」
乾いた笑いすら出ないコトワリを前に、ティトンは頬を膨らませる。
「もー!そういう時は一緒に行くっていつも言ってるのに!どうして一人で実験しちゃうのさ!」
「いえ、まさかガス状の毒だとは思わなかったもので…」
「えっ…あれガスだったの??」
朝方見た丸瓶を思い出しながら、ティトンは目を丸くした。抱えるほどの透明な瓶の中、薄紫色の液体が揺れるのを、彼も確かに見ていたから。
「どう見ても液体でしたからね…油断しました」
「油断で…うっかりで…死んじゃったの?」
「皆まで言わないで頂けますか?」
事実を理解したティトンの確認に、コトワリはとうとう涙した。腕で顔を隠してため息をつく彼を見守るティトンは、暫く言葉もなく呆然とした後、気不味そうにポケットを漁る。出てきたのは何の変哲もない、彼の好物だ。
「……あの、お芋…食べる?」
「慰めるの下手くそですか?ありがとうございますいただきますよ」
力なく伸びた手に蒸したジャガイモも乗せてみるが、コトワリは動かない。
「それで、その、アイテムは…」
「残ったのは瓶だけです」
「瓶」
「はい、調べましたが何の変哲もないただの……」
「コトワリ…」
「はい」
手で顔を覆ってみても現実は変わらない。芋を掴んだまま机に伸びるコトワリの両わきに、ティトンは力強く手を乗せた。
「素材取りに行こう?」
「はい」
「ああ、もう…元気だしてよ…ほらお芋」
「はい」
もう一つ追加で芋を持たされ、壊れたラジオのようになったコトワリは、数分後にはカウンターから引き摺り出された。
本日の損失は
毒の買取価格5000エン
買い取って使うか売るはずだった毒薬の全て
復活料諸々込みで総額約30000エン
そして、コトワリの命1回分及び彼のメンタルなど
一見して軽く見えなくもないが塵も積もればなんとやら。そもそも常に金欠なコトワリにとっては致命傷になりかねない。
不審物、正体がわかっても気軽に開けるべからず。
その日2人は固く心に誓った。
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