2024/8「30分小説お題:「カバン」」
オフィルのフロアには各クランルームに繋がる扉がいくつも並んでいる。そのうちの一つ、猫型の看板を掲げた灰色の扉を潜った先が白羽専用のクランルームだ。
白羽の部屋は入ってすぐが森に囲まれた円形の草原になっており、季節や時刻で様相が変わる。
部屋の範囲は半径50mくらい、うち草原は3分の2程度だろうか?
草原の中間左端に一軒家、右側に庭、奥には泉と盟主の畑(趣味)があり、各々自由に過ごすことができた。
一軒家の一階は玄関、風呂トイレキッチンリビング、一番奥に盟主の部屋と縁側が。2階は客室と個人部屋で、イロハ、クエルクス、コトワリがそれぞれ一部屋ずつ使っている上に、余りが3部屋ほど存在し、アロも時々泊まりに来ている。なお残るティトンは、屋根裏に巣を作っていた。
さて、白羽一軒家の一階、リビングの脇にある棚の中には、コトワリが宿代として制作したポーションが仕舞ってある。クラン員が好きに持ち出し使えるよう、いつもなら基本的な回復薬3種類が整然と並んでいるはずが…
「ない…1個もない……!」
ティトンが愕然としているように、現在棚は見事に空だった。
これからダンジョンに潜ろうというティトンには死活問題。棚の前で呆然とする彼の背中を、リビングに入ってきたクエルクスが見つける。
「あー、アイツここ数日帰ってないからな」
見ただけで問題を察知した彼の言う通り、コトワリが帰らない日が続いた時には、よくポーション切れを起こしていた。
「そうなの?僕、5日くらいダンジョンに入り浸りで、ここには補給と寝に来てるだけだったから気付かなかった…」
ティトンは帰らぬコトワリがなにをしてるかは知らなかったが、雑貨店の経営に関する何かがあるのだろうと思っていた。
「どうしよう!困るよ!またすぐにダンジョンに戻らなきゃいけないのに。みんなコトワリの居場所知らない?店にいるかな?」
「さぁ…あー、だが昨日は店も閉まってたな」
ぐぬぬ、と唸ったティトンはソファに座るイロハにも助けを求める。
「確かに店にはいない。探してもいいけど、まあ…盟主が会議でいないから…」
「確かに」
「え…それがコトワリがいないのと何か関係あるの?」
ぼんやりな回答にティトンの眉が傾くも、2人は更に曖昧に繋げた。
「関係あるのかは知らん。ただ、盟主が会議の時には居ないことが多い気がするってだけだ」
「盟主がいても、いない時もあるし。プライベートかもしれないから…」
「コトワリさんならオンナノヒトと歩いてたよー?」
どこからともなく会話に混ざったアロの発言で、3人の目が丸くなる。
「女…ああ、仕事仲間か?商人かなんかだろ」
「常連のお婆さんとか…」
「えー?でもなんか凄く可愛い人とイチャイチャしてたよー?」
淡々としたクエルクスとイロハの憶測を潰すアロの発言で、場の空気が凍った。
「え…それって詐欺とかじゃ…」
「こ…コトワリ…とうとうハニートラップに??!」
「おいガキ共、物騒なこと言ってんな本当にアイツの女だったら………それはそれで胸糞悪いな?」
「みんな酷いー、言いつけちゃおっかなー?」
冗談交じりにアロが笑うも、不思議な空気は収まらない。どころか加速した。
「だって!数日帰ってないんでしよ??僕達のこと放ってオンナノヒトと遊んでるだなんて!浮気だ!コトワリの馬鹿!」
「う…浮気…」
ダンジョンハイなティトンの叫びで、イロハが我に返り狼狽える。
「どのみち女と遊んでたことに変わりはないんだろ?おいアロ」
「んー?うん、まあ楽しそうだったよー?」
逆にアロは変な空気に身を任せることにしたようだ。悪ノリしたクエルクスはアロとティトンの背を押して2階に足を向け、ついでのようにイロハを振り向く。
「よし、ガキ共。やっちまえ。ほれイロハ、あいつの部屋にポーションがあるか覗け。さっさとしろ」
「え…いや、それは流石にどうかと…うん?そっち?コトワリの心配は…」
「コトワリは浮気だよ!楽しそうなんだよ??こっちは死活問題なんだ!イロハ!お願い!」
「ポーション取るだけならいいんじゃないー?コトワリさんも怒らないよー」
「ぅ…分かった、後で謝らないとな…」
千里眼でも止める術を見つけられなかったイロハは、項垂れながら3人の後に続いた。なおコトワリの行方もちらりと追いかけたが、アロの言う通り危険もなさそうなので途中でやめておくことにする。
2階の真ん中左側、飾り気のない扉の奥がコトワリの部屋だ。彼は普段からきっちり鍵をかけ、部屋に人を招くことも少ない。全員ちらりと中を覗いたことがある程度だったが、特段変わったところといえばカバンの数だろうか。
コトワリのリュックは全部で10個程あり、聞いた話では潜るダンジョンによって使い分けているらしい。最も見た目は一緒なので、違いを知るのはコトワリだけなのだが。
イロハはその全てをスキルで確認し終え、3人の圧に負けて正直に回答する。
「予備のポーション、確かにカバンに入っているけど」
「じゃあ借りようか。丁度PIYOもいるしー」
「え…ちょ…」
「チェンージ」
イロハの動揺が間に合わぬうちに、アロがスキルを発動。コトワリの部屋の扉の一部が木屑となって散乱した。アロは掌大に空いた穴から手を突っ込んで解錠する。
開いた扉と散っていく粉を呆然と眺めるイロハの前で、PIYOが仲間を呼んでいた。数分後には穴も塞がっていることだろう。
これでは鍵の意味がない。スキル社会の弊害である。どうやら神様にお布施すると、クラン部屋ごとにスキル無効の魔法をかけてくれるらしいが、白羽の盟主は「必要なし」としてお布施をしていなかった。ケチではなく信頼の結果だが、今回ばかりはそれが祟ったようだ。意気揚々とカバンを探す仲間達を、イロハが入口から見守る。
コトワリの部屋は彼の店同様そこそこの散らかりを見せていたが、店ほどごちゃごちゃしていない。私物が殆どないからだろう。あるのはポーション精製に必要な材料とアイテム、書籍の類や衣類だけだった。
目立つところに並べられたカバンのうち、目新しい物を見つけてティトンが持ち上げる。
「あれ?このカバンは?」
「コトワリさんっぽくないデザインだねー?」
「小さいし…あ、でもポーションは入りそう」
「カラッポだけどね」
「貢物か?」
ティトンとアロの間からクエルクスが言う。確かに、女性の背中に調度良いサイズ感だ。未だ部屋に踏み込めずにいるイロハが外からそっと忠告する。
「そうかもしれないし、あんまり触らない方が…」
「ブランドものかな?」
「お高いやつかもだねー?」
「楽しそうだなガキ共」
「クエルもねー」
悪ノリはまだまだ続くようだ。とはいえ本当にポーションを探しているだけなので、きっとコトワリも許してくれるだろう。イロハは未来を見ることなく、ただただ両手を合わせてみた。
「あ、こっちのはいつものとおんなじカバン!」
「特殊なポーションもあるだろうから慎重に…」
「分かってるって。いつも使ってるヤツだけ借りてくよ」
心配が収まらないイロハに苦笑して、ティトンはニコニコとポーションを出す。いつもと同じ、見慣れた瓶の中で涼し気に色が揺れる。
「代わりのもの詰めとけば怒られないかもー」
「アロ、ナイスアイデア!よーし…」
無事ポーションを回収した彼等は、その後カバンを満たしてから部屋を出た。
その日の夜
「えっなんで僕だって分かったの??」
「なんでわからないと思ったんですか???」
ダンジョンから戻ったティトンを待ち構えていたコトワリが呆れた叫びを上げる。彼の手には大量のジャガイモとPIYOの詰まったカバン。これを見て分からないほうがどうかしていると、コトワリは盛大にため息をついた。
「ごめんごめん、棚が空だったからつい…」
「はぁ…まあ、構いませんけどね。今回ばかりは義務を怠ったぼくも悪いので」
悪ノリが過ぎた、と先ほど他のメンバーにも謝られていたこともあって、コトワリはそれ以上文句を言わずに済ませる。
ティトンはありがと、と前置いて、席につくコトワリを追いかけて自分も椅子に座った。勿論手洗いうがいを済ませてから。
「それよりコトワリってもしかして彼女いるの??アロが見たって言ってた。どんな子?紹介してよ」
「駄目です」
「えー?なんで?」
「なんでもです」
テーブルに手をついてまで追求するティトンを横目にイロハが苦笑する。最も彼は先ほど千里眼で見たばかりなのだが。
「コトワリにしては珍しい拒否反応だな」
「そこまで拒否られると逆に気になるが??」
「駄目なものは駄目です」
「理由はー?」
「食い下がられても許可しません」
「頑なだなぁ」
クエルクス、アロにも迫られて首を回したコトワリは、小さく舌を出して考える。ここにいる全員よくできた人間だと分かりきっていて、紹介などするわけがないと。彼等と彼女が惹かれ合おうものなら、コトワリは一度に2つの居場所を失うのだから。
ちぇーっと口で呟いて、座り直したティトンは臆面もなくにこにこと話を繋げる。
「ま、いいけどさ。仲良しなんだ?あのカバン、プレゼントでしょ?」
「カバン?……ああ。羨ましいと言われたもので」
涼しい顔で答えたコトワリに、横からイロハが問い掛けた。
「羨ましい?なにが?」
「?カバンが、ですよ」
「……それって」
「とにかく、この芋とPIYOはお返ししますから。ああそれと、棚拭いておいてくださいね。補充用のポーション今から精製しますから」
「あー、コトワリ照れてる?」
「なんでですか。いいから働いてくださいよ、不法侵入分」
からかってみても流されてしまい、好奇心をしまったティトンは両手を頭の後ろに回して椅子を傾ける。
「もっと照れるかと思ったのに」
「意外と淡白だな?」
コトワリは部屋に戻り、アロは既におらず、ティトンもそのまま屋根裏に荷物を置きに行った。棚は降りてきたら僕が拭くからそのままにしておいて、と言い残して。
……静かになった空間に息を吐き、クエルクスは隣に問い掛ける。
「で?なんでお前が赤いんだ」
「だってあれって…」
「あ?」
片手で顔を覆ったままのイロハの耳は赤く、目も合わせようとしない。覗き込むクエルクスを逆の手で制し、彼は適当にいい分けた。
「なんでもない、共感性羞恥だ」
「意味がわからんが?」
まったく…と呟いて、クエルクスは庭に出る。寝る前のストレッチでもするのだろう。一人になったイロハは息を整え天井を仰いだ。
誰も気付かなかった。コトワリ本人ですら。
イロハも「視た」わけではない。邪推かもしれない。それでも頭に浮かんだ彼女の言葉の意図を疑うことができなかった。
コトワリはいつも、背中にカバンを背負っている。
下ろしているところを見るほうが珍しい程に。
つまり、そういうことだろう。
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