ハイアライト

「それがなに? ねぇアレク。最近おかしいよ。何かあったの?」

 ハイアライトがアレキサンドライトの傍へ行き、目を覗き込む。宝石の中でも希少性の高いアレキサンドライト。彼等の母であるカンテラのお気に入りであることは誰も言わないものの周知の事実。だからこそ一人だけ宝石を食すこと――〈宝喰〉を拒んでも大人たちは目をつむっているのだ。それだけじゃない。〈アレキサンドライト〉という宝石そのものがカンテラの最も好む宝石ということもあり、カンテラに捧げられた宝石の一部がアレキサンドライトに渡されることもあるという。ハイアライトはそうやって手元に来た宝石を、アレキサンドライトが装飾品として身に着けているのを何度か見たことがある。いまアレキサンドライトの胸に光るフローライトのペンダントもその一つだ。青みがかった黒の輝きを持つフローライトはアレキサンドライトの明るい色彩を曇らせていた。


「折角アレキサンドライトに生まれたんだからもっと宝石食べたらいいのに。勿体ない」

 ハイアライトは心底そう思っていた。ハイアライトは一生懸命宝石を取り込まないと母のお眼鏡に適う宝石に成れない。対しアレキサンドライトはここ百年一度も宝喰をしていないのにハイアライトと同様の輝きを持っている。ハイアライトはアレキサンドライトが宝喰をしなくなった頃から互いの才能の違いをひしひしと感じていた。

「おれはコモンオパールに生まれたかった。そしたらカンテラ様に食べられなくて済むじゃん」

「えっ」

 ハイアライトは目を丸くする。怪訝な眼差しをアレキサンドライトに向ける。その目に混ざった色は疑念に警戒、非難。言葉にこそしないが、アレキサンドライトはハイアライトが自分にどんな思いを抱いているのか容易に想像出来た。

「まさかアレク、お母様に食べられたくないの?」

「なんでそんな、有り得ないみたいな目で見るんだよ。おれにはむしろカンテラ様に食べられたいって奴らの気持ちが知れないね。あーあ、コモンオパールなら大人になってもワンチャン生かしてもらえる可能性あったのにアレキサンドライトじゃなー」

 アレキサンドライトが文句垂れる様子を、ハイアライトは微量の怒りを孕んで見つめた。

 

「あーやだやだ。天才は自分の才能の価値を分かってなくて嫌ね」

 ハイアライトが大げさに肩をすくめる。一瞬むっとふくれ面になるアレキサンドライトだったが、言い返しても無駄だということはこれまでの百年と少しの期間で学んだ。何度ハイアライトを説得しようと、この少女は聞く耳を持たない。これまで幾度となくアレキサンドライトはハイアライトへの説得を試みた。しかし生まれた頃から母たるカンテラに喰われたいという欲求のある彼女には何も響かなかった。


 とんとんとん。部屋の扉が叩かれた。嫌な空気を入れ替える為にハイアライトがそちらへ行く。扉を開くとハイアライトが思っていた通りの宝石が居た。ハイアライトやアレキサンドライトより幼く見える彼はにこにこと人好きのする笑みを浮かべている。カンテラから施された煌びやかな服を着ているアレキサンドライトよりも、最近カンテラの側近に美しさを評価され始めたハイアライトよりも、彼の衣服は質素なもの。灰色の無地のワンピースを着ている彼は二人より三十年も若い宝石だ。

「いらっしゃい、ヘマタイト」

「やっほー、ハイアライトにアレク」

 ヘマタイトは赤い瞳をハイアライトとアレキサンドライトの双方に向けた。彼が首を傾げるとストレートの黒髪がサラッと揺れる。そこに二つの宝石ほどの輝きはないが、ろうそくの光がヘマタイトの髪の艶を際立たせている。眉尻を下げて困ったような顔でヘマタイトは言う。

「またケンカしてるの?」

 二人は気まずそうに目を逸らす。口元に笑みを残したままヘマタイトはため息を吐いた。

「アレク。嫌がっていることを強制されたくないのは君も同じだろ? 君が宝石を食べたくないように、ハイアライトは宝石を食べたいのさ」

「でも……このままじゃハイアライトはカンテラ様に……」

「それの何が悪いんだい?」

 アレキサンドライトにギロッと睨まれ、ヘマタイトはにこりと笑みを返す。しばらく無言のまま見つめ合っていた二人だったが、やがてアレキサンドライトが肩を竦めた。


「なんかおれが悪者みたいだな。今日はもう帰るよ」

「あ、さっきマラカイト様とすれ違ったから気を付けてね」

「げぇっ、まじかよ!」

 ぶつぶつと呟きながらベッドから降り、外へ出ていこうとするアレキサンドライト。このままでは次に会ったとき気まずくなってしまうと危惧したハイアライトは声を絞った。

「また書物庫へ行くの?」

「んー、そうだな」

「そんなに面白い? 私も一緒に……」

「お、今ならマラカイト様居なさそうだ。じゃあ二人とも、またなー」

 そう言ってそそくさと部屋から出ていくアレキサンドライトの背中をハイアライトは見つめた。ヘマタイトはハイアライトを見上げて言う。

「フラれちゃったね」

「変なこと言わないで! そういえばヘマタイト。最近アレクと一緒にいることが多いって聞いたけど、アレクが何してるか知ってるの?」

「気になるの?」

「だって、私だけ仲間外れされてるみたいだから……」

「あははっ! かわいー、そんなことないよ。今だってこうしてハイアライトといるじゃないか」


 言いながらヘマタイトは何とはなしに部屋を見回す。その時机の上にあるジュエリーボックスに気が付いた。ぎょっと驚いた顔をハイアライトに向ける。

「ちょっとちょっと、さっきはああ言ったけどさ、これはいくら何でも多すぎじゃない?」

 ジュエリーボックスから宝石がはみ出てこぼれていた。ハイアライトはしまったと心の中で呟き、ジュエリーボックスを閉じる。

「ぼくそれの半分、いや三分の一だって食べてないよ! そんなに無理しなくても」

「仕方ないじゃない! 私、ハイアライトはコモンオパール。お母様が望むプレシャスオパールになる為には宝石をたくさん食べないといけないの!」

「それだけじゃないよね? アレクと仲が良いからって多めに渡されているんでしょ? アレクに渡しておいてって。ぼくも同じことされてるから分かるよ。その分も全部自分で食べてるの?」

 ハイアライトは何も言わない。沈黙は肯定だ。ヘマタイトは言葉に詰まる。ハイアライトはヘマタイトが自分を止めようとしていることに気づいて口を開いた。

「ヘマタイトまで、宝石を食べるなって言うの?」

「そうじゃなくて……!」

「私には、時間が無いの」

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重ねるクラリティ 樹暁 @mizuki_026

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