重ねるクラリティ

樹暁

宝石を食べる者達

 キラキラ光る宝石を、ハイアライトは飲み込んだ。


 木目の付いた壁や床に囲まれた薄暗い一室。部屋の四隅に設置されたろうそくが光源となり、その部屋の中身をぼんやりと浮かび上がらせる。決して広いとは言えないが一人が生活するには十分な面積の部屋。椅子に座った仄かに青色の光を纏う少女と、その傍に立つ色白の女性。ミルキーオパールは陶器のように白い手でハイアライトの水色の髪を梳いた。

「綺麗になったわね、ハイアライト」

 艶やかなその髪の多彩な光沢の中にたったいま彼女が飲み込んだペリドットの緑が溶け込んだ。ハイアライトはミルキーオパールに目を向け、照れたようにはにかみ笑った。

「ありがとうございます」

「お世辞じゃないのよ、本当に。私と同じコモンオパールとは思えない……」

 ミルキーオパールは自身のミルク色の毛先をくるくると弄った。それにハイアライトのような十色の輝きはない。髪と同じ色をした彼女の瞳が陰ったのを見て、ハイアライトは声を掛けた。

「私はミルキーお姉さまの髪、好きですよ」

「えっ、あ、そう? ありがとう」

 ミルキーオパールはしまったと思った。彼女にとってハイアライトはかわいい妹同然の存在。そんな彼女に気を遣わせてしまった自分を心の奏で𠮟責した。急いで笑顔を繕うと、ミルキーオパールは話の主体をハイアライトに戻す。

 

「これならお母様――カンテラ様もお喜びになるに違いないわ」

「そうでしょうか」

 ハイアライトは不安気に俯く。彼女等の母であるカンテラは自らと同じオパールをあまり好まない。それを二人はよく知っていた。ミルキーオパールを始めとして『成り損ない』のオパールたちはカンテラに冷遇され、使用人としてこき使われている。

「カンテラ様がお嫌いなオパールは遊色反応を示さないコモンオパール。大丈夫、ハイアライトはこのままいけばプレシャスオパールになれる。ううん、もうなっているんじゃないかしら。髪だけでなく瞳もキラキラしてる。見せてあげられないのが残念なくらい、綺麗よ?」

 ハイアライトは視線を上げてミルキーオパールを見た。瞳越しに自分の姿を見ようとしても、ミルキーオパールの平面的な白色に映る自分はぼやけて濁っている。ハイアライトは諦めて、木で出来たジュエリーボックスを満たす宝石を一粒取り出し、口の中へ放った。ミルキーオパールが運んできたものだ。今ハイアライトが食したのはタンタライト。先程のペリドットと同様に宝石が持っていた透明度の高いレッドがハイアライトの光彩に加わった。ミルキーオパールは目を細めてその光景を見つめた。

「さて、それじゃあ私は他の宝石のところに行ってくるわね。ああそうそう。アレキサンドライトにもちゃんと宝石を食べるように言っておいてくれる? どうせ食べないとは思うけど」

 ハイアライトはミルキーオパールにそう言われ、無意識に口角を上げる。同じ頃に生まれたハイアライトとアレキサンドライトだが、ハイアライトは彼を手のかかる弟のように扱っていた。幼稚なところがある幼馴染を脳裏に浮かべ、つい笑ってしまったのである。

「はい、分かりました。伝えておきます」

「うん、よろしくね。また明日」

 ミルキーオパールはハイアライトのものより大きなジュエリーボックスを抱えてハイアライトの部屋を退室した。木製扉がキィィと閉まり、くぐもったミルキーオパールの足音が響く。やがてそれが徐々に小さくなりとうとう聞こえなくなると、ベッドの布団がめくれ、赤色の宝石が顔を出した。

 

「……行ったか?」

「うん、行ったよ。というかどうせバレてるんだから隠れる必要なんてないのに」

「やだよ! 目の前に居ると宝石食えってうるさいじゃんあいつら」

 アレキサンドライトは機嫌の悪さを隠そうともせず態度に出す。ベッドに座り直すと、彼の髪に宿るルビーを彷彿とさせる輝きが炎のように揺らめいた。アレキサンドライトの鋭い視線はハイアライトのジュエリーボックスに注がれる。

「お前も宝石食べるの止めろよ。いつか後悔するって」

 そう訴えるアレキサンドライトをハイアライトは呆れた目線で見返す。最近のアレキサンドライトはいつもこうだ。内心溜息を吐きつつハイアライトは彼に言う。

「後悔って何? みんな宝石を食べてる。食べてないのはアレクだけだよ」

 二人の間に険悪な空気が流れる。ハイアライトは居心地悪そうに顔を顰めた。昔はこうではなかった。ハイアライトの髪に輝きが増すごとにアレキサンドライトの態度は悪くなっていった。それが何故なのか全く理解出来ないハイアライトに更に腹を立てるアレキサンドライト。二人の間に生まれた悪循環は勢いを増すばかりである。

「それ! 指先見ろよ!」

 アレキサンドライトはハイアライトを指した。

 

「自分でも分かっているんだろ? 宝石化が進んでいるって! そのままじゃ本当に『そういう』宝石になるんだぞ?!」

 

 ハイアライトはジュエリーボックスに手を入れてアメジストに触れる。硬い物同士が触れ合いカツンと小さな音が鳴る。宝石そのもののような煌めきと硬度を持った指でアメジストを摘まみ、ハイアライトは宝石を飲み込んだ。ろうそくの光を受けてキラキラ光る指先に、紫色が混ざる。

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重ねるクラリティ 樹暁 @mizuki_026

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