第2話-1

 場面は、現・『深域の魔女』である老魔女ラミアとの会見の日に戻る。


 ラミアは、エスターの呪いを解くには五人の魔女を探し出さねばならないと告げた。

 そして弟子であるハルカを侍女として連れて行けと紹介した後、本題に入った。


「実はの、このハルカは、その五人の魔女の一人なんじゃ」


「えぇっ!?」


「な、なんと……」


 思わず辺境伯も驚嘆の声を漏らす。


「師匠が処刑された日に魂が飛び去ったと言ったであろう? その内の一つがたまたま近くの森に落ちたのをわしは見ていての」


「それで探しに行ったらハルカが居たってこと?」


「うむ、森の中に居る筈も無い赤子が落ちておったのじゃ」


「ババーン。衝撃の事実ですね」


 ハルカがまるで他人ごとのように淡々と言った。


「あれ? でも魔女が処刑されたのってお爺さまが現役の頃の話で、まだ父上も産まれてないよね? てことはハルカって……」


「エスターさま、女性の歳を勘繰るのはあまり良いことではありませんよ」


「えっ、あっ、ご、ごめんなさいっ!」


「カカカッ、魔女の見た目を鵜呑うのみにするでない。儂とて今日は雰囲気作りで老婆の姿でいるにすぎんのじゃぞ。普段は妖艶せくしーな美魔女なのじゃ」


「えぇっ!? そうなの?」


「ま、まぁ、雰囲気は大事ですからね」


 長兄・マクセルが礼儀的にフォローした。


「いえ、お師匠は普段から見たまんまのばばあですが」


「これハルカ! そこは話を合わせんか!」


「どっちなのっ!?」


「まぁ、ハルカはエルフみたいなものだと思っておけばよい」


「お師匠さま、それはとても良い例えです」


「そんな、伝説上の生き物を例に出されても……」


「エスターさま、つまり私自身が伝説と言うことですよ」


「そ、そうなんだ……」


 表情が全然変化しないハルカだが、若干ドヤ顔に見えないこともなかった。


「さて、話が逸れたので戻すぞ。幸いにもこのハルカが五人の内の一人じゃったので、呪いについての研究もできたと言うわけじゃ」


 話は再び本題へと戻り、エスターたちの顔にも緊張が走る。


「エスター、試しにハルカの手を握ってみなされ」


「えっ? あ、はい」


 ハルカがエスターに手を差し出した。


「痛く、しないでくださいね……」


「手を握るだけだよね!?」


「これ、ハルカ。巫山戯ふざけるでない」


「すみません。絵面えづら的に地味だったのでボケておこうかと」


「よ、よくわかんないけど、これでいい?」


 苦笑しながらもハルカの手を取るエスター。すると──


「えっ?」


「む?」


「おぉっ」


 ──ハルカの鎖骨の下辺りが、服の上からでもわかるほど光り始めた。


「ハルカ、お見せ」


「はい」


 ハルカがシャツのボタンを外して胸の上辺りを曝け出すと、そこには光る紋様が浮き出ていたのだ。


「ラミアさん、これは?」


「これこそ魔女の魂を受け継いでいる証拠の紋様での、他の四人の魔女もこれと近しい紋様が身体のどこかに隠されておるはずじゃ」


「じゃあ、この紋様がある子を見つければいいってこと?」


「ただ、この紋様は普段は完全に消えておってな。場合によっては当人さえ紋様の存在を知らない場合もありうる」


 そして一呼吸ついてラミアは続ける。


「じゃが今のように、エスター、おぬしと触れ合った時に浮き出て光り輝くのじゃ」


「ちなみに、今初めて触れ合ったのに、なんでそんなことがわかってたんだ? と言うツッコミは禁止です。そこは不思議な魔女の力で、と言うことで」


「そ、そうなんだ……ってことは……?」


 と言ってエスターがハルカの手を離すと、暫くして紋章は消えてしまったのだった。


「って! じゃあつまりボク、見かけた女の子と片っ端から手を繋がなきゃいけないってこと!? それじゃあボク、『手つなぎ魔』って呼ばれちゃうよ! 他に方法は無いの!?」


「うむ。しかも、絶対に光るとも限らん。ハルカは最初からおぬしを受け入れる心づもりがあったから光ったのじゃ」


「好感度パラメータと言うやつですね。今回はチュートリアルなので特別にプラス20上乗せしておきました」


「なんて?」


 ハルカが聞き慣れない単語を口にしたので聞き返したが、説明してくれる気は無いようだ。

 ラミアは続ける。


「そもそもこれはあくまでも『見つける』手段であって、呪いを解くのは更に大変なのじゃぞ」


「……どうすればいいの?」


「魔女との絆が結ばれて初めて呪いは解ける。それを五人分じゃ」


「絆が結ばれるって、具体的には……?」


「エッチなことをするんですよ」


 ハルカが唐突に言った。


「エッチなことっ!?」


「試しに私とやってみましょう」


「ダ、ダメだよ、そんなのっ! そ、そう言うのは好きな人同士じゃないとっ!」


「エスターさま大好きー」


「全く感情がこもってないよ!」


「ダメ出しとは贅沢ですね」


「贅沢って……」


「これ、ハルカの冗談に一々付き合うでない」


「なんだ冗談かぁ……」


「私は本気ですが」


「やれやれ、話の腰が折れる。ハルカは暫く黙っておれ」


「しかたありませんね。後で覚えていてください」


「なんか物騒なこと言ってるし……」


「実は絆がどの程度を意味しておるのか儂にもわからん。キス程度でよいのかも知れんしのぅ」


「いやいや! キスでも全然よくないですよ!」


「とりあえず今、試して見ませんか?」


「だからダメだってば!」


「すまんのぅ、エスターや。普段のハルカは滅多に喋らぬ子なのに、どうやらおぬしに会えて浮かれているようじゃ」


「そうなんですか……?」


「エスターさま好き好きー」


 再びハルカは感情が皆無な言葉を口に出した。


「またそれを…………あっ! そうだ! それより聞きたいことがあります!」


「なんじゃ?」


「どうするかはともかく、ボクの呪いが解けたら魔女たちはどうなっちゃうんですか? ……まさか死んじゃうとかないですよね?」


「……死ぬ、と言ったら?」


 そこでエスターは目を閉じ、暫く考えた後に言った。


「だったらボクはこのままでいいです。魔女たちの命を奪ってまで呪いを解きたいとは思いません」


 それは曇りのない真っ直ぐな目だった。


「カカカッ! おぬし、見た目の割には気骨のある男よのぅ」


「ええ、惚れ直してしまいますね」


「見た目の割にって……」


「安心せい。命まで奪うことは無いじゃろう。ただし……」


「た、ただし?」


「責任は取ることになるかも知れんがのぅ」


 そう言ってラミアはカカカッと大声で笑い、つられて辺境伯と長兄も思わず笑みをこぼし、エスターだけが頭を抱えていたのだった。


「そんなぁ……ボク、どうしたらいいんだよぉ……」


 その時、無表情なハルカの口元に小さく笑みが浮かんでいたことには誰も気づかなかったのだ。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 そして場面は再び、現在の男子寮に戻る。


「と言うことがあり、私とエスターさまは、めでたく結ばれたのです」


「これっぽっちも結ばれてはいないよっ!?」


 事実、まだエスターの呪いは一つも解けてはいない。


「な、なるほど、とりあえず、エスターが呪いを解くのが如何いかに大変かはわかった……」


 エスターが女であることを隠すために寮の同室になった従兄のグランツが頭を抱えつつそう言った。


「しかし、そんな事情となると、はたして俺に協力できることがあるのだろうか?」


「あるある。グランツが女の子にモテモテになってくれたらボクもついでに仲良くなって手を繋ぐくらいはしやすくなるよ」


「いや待て。俺がモテるわけがないだろう。俺は男爵家の次男だぞ?」


「それはそれで婿としての需要はありますよね」


「貴族の長男以外はそう言う運命さだめだよねー。それ言ったらボクなんて四男だよ?」


 貴族の中には息女しかいない家もあり、そう言う家では婿や養子を取って家を存続させるのだ。


「エスターさまは私が一生面倒見ますのでご心配無く」


「逆に心配になったよ!」


「それはさておき、日が沈みかけてますね。エスターさまは次兄ジャイルさまとお約束があったはずですが」


 今日寮に来たのはあくまでも荷入れであって、寝泊まりできるのは正式に学生となった明日からになる。

 普通は使用人だけで済ませるので、わざわざ寮まで来たエスターたちが例外と言えよう。


「あっ、そっか。今夜はジャイル兄さんの家に泊まるんだった」


 次兄のジャイルは王国騎士団に所属しているエリートで、この王都に小さいながらも家を持っていた。

 ちなみに三兄のエリクも魔術士ギルドに所属していてこの王都に住んではいる。


「そうだ。グランツも来る?」


「いや、俺は宿を取っているから大丈夫だ。ジャイルさまに挨拶はしたいが今日ではないだろう」


「さすがグランツさま。私たちの甘い夜を邪魔しないと言うお心遣い、感謝します」


「何も起きないからねっ!?」


 こうしてエスターたちは夕暮れの下、寮を後にした。

 そして、いよいよ明日は入学式だ。


『……やっと、会えるね』


 エスターは心の中で誰かとの記憶を思い出しながら、そっと、そうつぶやいたのだった。

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ボクの呪いと五人の魔女 ボバンボ @akitakasi

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