ボクの呪いと五人の魔女

ボバンボ

第1話


 朝。


 エルクシア王国の東方、ブレナダン皇国との国境に位置する牧歌的な辺境伯領へんきょうはくりょう


 季節は、もうすぐ春を迎えようとする頃。

 峻嶺しゅんれいに囲まれた辺境伯領も、山のいただき付近を除けば雪はあらかた解け、緑が芽吹き始めていた。


 そんな地を代々おさめるカルディナ辺境伯家。

 その四男・エスター=カルディナの自室に、カーテン越しの柔らかな朝日が差し込む。


「……ん……」


 陽の光にかされるように目覚めたエスターは、寝惚けまなこのままベッドの上で上半身を起こし、そして伸びをした。


「んん~っ!」


 綺麗な弓なりに反った15歳の上半身が陽の光に照らされ、その影を壁に映す。

 襟足の長さで切りそろえられた金色の髪が陽光を反射してキラキラと輝いていた。


「……ん?」


 そこで初めて自分の身体からだの異変に気づいたエスターは、視線をゆっくりと下げた。


「……えっ?」


 その目に映ったのは、自分の胸部から突き出すようにそびえる双丘そうきゅう、いや、双峰そうほうとも言うべきモノだった。


「なっ! 何これっ!? なんでボクの体にこんなモノがっ!?」


 エスターはに見覚えはあった。

 ありはしたが、は自分に付いているべきモノではなかったのだ。


「…………」


 エスターは伸びをしていた腕をゆっくりと下ろし、そして自分の胸に生えていたを寝間着の上からてのひらで包むようにそっと触る。


「やわらかぁ……」


 エスターが意図してを触ったのは実はこれが初めてだったので、その意外な柔らかさに思わずそう言葉が漏れた。


 エスターはそのままをたぷたぷと上下に軽く揺すってから、むにゅうっと軽く揉み上げる。


「うわっ……すっごっ……重っ……」


 自分の身に起こった変異を少しずつ検証していたエスターは、不意に気づいた。


「まさかっ!?」


 エスターは慌てて寝間着のズボンの中に手を突っ込んだ。


「っ!」


 勢いよくに手を滑り込ませてしまい体がビクッと反応してしまったが、すぐにゆっくりと撫でるように確認する。


「えっ、そんな……、うそっ!?」


 徐々に余裕は失せ、何かにすがるように手さぐるが、に男としての最後の砦たるは無かったのだ。

 その残酷な事実がエスターの顔を絶望の色を染め上げ、そして──


いぃぃぃぃっっっっ!!!!」


 その声の叫びが朝の城内に響き渡ったのだった。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 朝食前にも関わらず辺境伯の執務室は重々しい空気に包まれていた。


 執務机にどっしりと構えるのはエスターの父であり現当主・ジェイムス=カルディナ辺境伯。

 その横に立つのは辺境伯家の長兄・マクセル=カルディナ。

 そして辺境伯たちと相対するように机の前に立つエスターだった。


「……女になる、呪い……?」


 時の服をとりあえず着てはいるが、胸とお尻がパッツパツなエスターが、震える声でそう聞き返した。


 ちなみに、女になってしまったのに周りがすぐエスターだと認識できたのは、エスター自身が元々『女の子みたいに可愛らしい』母親譲りの顔立ちをしていたからだ。

 普段から髪を長くしていたこともあり、女性化によって顔立ちがより可愛らしく変わりはしたものの、その雰囲気自体は今までのエスターとそれほど変わってはいなかった。


「うむ。私も完全に忘れていたのに、まさか今さら発動するとはな……」


 辺境伯がため息をつきながらそう答える。


「い、今さらって、ど、どういうことっ?」


「亡き父上、つまり、おまえたちのお爺さまが、昔、森に住む『深域の魔女』を怒らせてしまってな」


「う、うん……」


「『世継ぎの男子が生まれたら女にしてやる』と呪いをかけられた、とは聞いていたが……」


 そこで辺境伯は突然笑い出した。


「はははははっ! 私を飛び越してエスターおまえに呪いが降りかかるとは、魔女の腕もとんだへっぽこだったものだな!」


「父上、笑いごとじゃないよっ! ボク、女の子になっちゃったんだけどっ!?」


 そこでエスターは気づいてはいけないことに気づいてしまった。


「……あっ! もしかして、ボクは四男だし、どっちでもいいかって思ってない? むしろ一人くらいは女の子がいた方が良いとか思ってない?」


 その言葉に気不味きまずそうに目を逸らす父と長兄。


「とにかく! 早くその魔女に謝って、ボクを男に戻してよっ!」


「あー、それは無理だ」


「え? なんで?」


 そこで長兄のマクセルが口を開いた。


「くだんの魔女は悪事を重ねすぎて、お爺さまの代に処刑されている」


「えぇっ!? じゃ、じゃあ、この呪いは解けないってこと!? 今さら発動したのにっ!?」


「まぁ、そうくでない。呪いを解くとなると容易にはいかぬものだ」


 辺境伯はエスターを落ち着かせようとするが、しかし──


「そんなのん気なこと言ってる場合じゃないよ! ボク、もうすぐ王立学院に入学するんだよっ!?」


 そう、エスターはこの春、王都にある貴族の子息子女が集まる学院への入学が決まっていたのだ。


「ふむ……今の学院長は私と旧知のサルディス卿だ。事情を伝えておけば入学取り消しにはならんだろう」


 その辺境伯の言葉に長兄が続ける。


「ええ。それに人を異形に変える呪いはかなり高度で、おそらく地元ここに居てもどうにもならないですし、むしろこの機会に王都で見て貰った方が良いかも知れません」


「では、そういうことで、頑張れエスター」


「ボクの扱い、軽すぎないっ!?」


「ところで父上、入学自体はなんとか都合してもらえるとして、どちらの性別で入学させますか?」


「それはエスターの好きにさせればよいだろう」


「やっぱり他人ごとだよっ!」


「おまえ自身のことなのだから仕方ないじゃないか」


 長兄は苦笑しながらそう言い、そして続ける。


「それで、どうしたい? 学院は全寮制だから私としては女として入学することをすすめるが」


「いやいやいや! 女の子たちに囲まれて過ごすとか無理だってば!」


 女子に囲まれることに対して嬉しさよりも恥ずかしさが上回ってしまう年頃だった。


「だが、その容姿で果たして男をいつわれるのか?」


 的確な指摘をした辺境伯と長兄の視線が、ムチィムチィッと服の上げる悲鳴が聞こえるようなエスターの身体に注がれる。


「たとえ大きめの服を着たとしても女だと露呈するのは時間の問題でしょうね」


「うぅっ……」


「うむ、それも含めて、なんとか頑張れ」


「やっぱりボクの扱い、軽すぎるよねっ!?」


「やめないかエスター。父上も私も重々真剣に受け止めてはいる。いるが、どうしようもないことに必要以上に悲壮感を抱いても仕方のないことだろう」


「それはそうだけど……」


「ところで、その姿、マリーにはもう見せたのか?」


「え? まだだけど……?」


 マリーとは辺境伯の妻。つまりエスターたちの母親だ。


「ならばすぐ見せに行くといい。きっとマリーも『娘』ができたと喜ぶだろう」


「……あの、やっぱりボクの扱い、軽いよね?」


「気のせいだ」


 そう返した辺境伯の横で長兄のマクセルは苦笑しつつ「早く行きなさい」と仕種で退室を促し、エスターは渋々と従ったのだった。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 エスターが女性化してしまったことはあくまでも内密にと言うことになり、エスターは一日城から出ずに過ごした。

 とは言ってもその大半は母親の若い頃の服を次から次へと着させられては「似合う」「可愛い」と不本意に褒め立てられることに費やされてしまった。


 こうしてもう日は落ちて夜になり、エスターは、こんなことなら傷心のふりをして自室に引き籠もっていればよかったと後悔しているところだった。


「明日には父上が学院長宛に手紙を出してしまうから、それまでに男女どっちにするか決めなきゃならないんだけど、そんなのいきなり言われたって悩ましいよ!」


 エスターはベッドの縁に腰掛けてて、そう漏らし、そして自分の身体を見下ろす。

 身体とは言ってもエスターの視界の大半を占めるのは、その大きな胸部、はっきり言ってしまえば、巨大な乳房おっぱいだ。

 せめて普通のサイズなら、とエスターは思う。

 よりによってこんなに大きくては男装をするのも一苦労だ。

 寝間着も普段エスターが着ているものでは前が締められず、今は一つ上の三番目の兄の物を借りている。

 それでも胸部はパッツパツなのに手足の丈は余りまくってしまっていて、なんとも滑稽こっけいな姿だ。

 ちなみに、朝、強引に着ていた服は辺境伯との面談後早々に複数のボタンが弾け飛んだ。


「はぁ……これじゃ男装して隠しても、絶対すぐバレるよね……お風呂だって入るんだし」


 王立学院は全寮制だ。

 ただし王都に別邸がある貴族は免除される場合があるし、そもそも王族が寮に入るわけにはいかないので、あくまでも『基本は』全寮制となっている。

 ちなみに全寮制とは言っても勿論、男子寮と女子寮とは別々だが、二人一部屋で暮らす仕組みは変わらない。

 長兄が指摘した通り、そんな状況でルームメイトに隠し通すのは至難の業であり、そこで騒ぎになろうものなら学院長の贔屓があろうと退学させられてしまう可能性が高い。


「わぁ~ん! やっぱり無理だよぉ~っ!」


 ベッドに仰向けに倒れ込むエスター。

 自重でつぶれた乳房おっぱいが皿に落とした生卵の黄身のように広がり揺れている。


「女の子として入学するのは……イヤだなぁ……」


 女子に囲まれる恥ずかしさなど我慢して女として入学してしまえばいい話なのだが、実はエスターにはそれだけはしたくない理由があったのだ。

 それは傍から見れば小さく、そしてエスターにとってはとても大きな理由だった。


「……あれ? 待てよ? 確か…………そうだよ! 『彼』がいるじゃないか!」


 エスターはその思いついた案を持って一刻も早く辺境伯の元に駆けつけたいのを必至に我慢しつつ、その日は眠りにいたのだった。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 翌日。


 エスターが魔女の呪いで女になってしまってから二日目の朝。

 昨日と同じように執務室でエスターは辺境伯と向かい合っていたが、今日のエスターの表情は明るかった。


「だからグランツがいるでしょ!」


「確かにグランツくんも今年入学すると聞いているよ」


「グランツ? はて? どこかで聞いた名だが……」


「ボイズ男爵家の次男ですよ。エスターとは同い年の従兄です」


「おお! あの無愛想で堅物な甥っ子か」


 現・ボイズ男爵はカルディナ辺境伯の実弟で、ボイズ男爵家に婿入りした関係だが、ボイズ男爵の子息子女は男子二人・女子四人なので、どうしても辺境伯からグランツの印象は薄くなってしまっていたのだ。


「確かに身近な協力者がいれば周りに発覚してしまう確率は下げられるかも知れないね」


「でしょ? グランツをボクの同室にしてもらえば大丈夫だよ!」


 つまり、同室の相手に女バレしてしまうリスクが高いのであれば、最初からバレても問題無い相手と同室になればいいと言う考えだ。


「ふむ、ではそうはからって貰うよう学院長への手紙に一筆付け加えておこう」


「ボイズ男爵家には私から伝えておきます」


「やったー! これで男装問題は解決したーっ!」


 大きな乳房おっぱいがぶるんぶるんと揺れるのも気にせず跳びはねて喜ぶエスター。

 だが、そんなエスターの姿を見ながら辺境伯と長兄は「はたしてそんなに上手くいくだろうか」と内心思っていたのだった。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 それから数日が経ち、いよいよエスターが辺境伯領から王都へと旅立つ日が間近に迫っていたある日。


 国境沿いの深い森から二人の女性が辺境伯の城を訪れていた。


 応接の間で待つ二人。

 ソファーに座る上品な老女と、そのソファーの後ろに立つ褐色肌の少女だった。


 そこに扉が開き、辺境伯と長兄、そしてエスターが入って来た。


「ラミアさま、待たせしてしまって申し訳無い」


「この度はご足労いただきまして、誠にありがとうございます」


「構わないよ。あんたたちが忙しいのは民のために働いている証拠だ」


 辺境伯と長兄の挨拶に、ラミアと呼ばれた老女が返した。


「それで早速なのですが、このエスターが──」


 この場でのラミアとの交渉を一手に引き受けていた長兄が切り出した。


「ああ、一目でわかるよ。の呪いに間違いないね」


 そう、この老女、いや、老魔女ラミアは、現・『深域の魔女』にして、辺境伯家に呪いをかけた魔女の弟子だった。

 深域の魔女が処刑された当時も、弟子であったラミアの罪は不問とされていたのだ。


「やはりそうでしたか。しかし今になってどうして……」


「なに、単純な話さ。師匠は今も生きておる」


「!?」


「正確には、師匠の魂は生きておる、と言うことじゃがな」


「それは、一体……」


「人を処する方法で魔女を完全に滅せられるわけがなかろう。あの日、師匠の魂は五つに別れて何処いずこかへ飛び去ったのをわしは見た。それを黙っていたのは申し訳なかったが、師匠もさすがにもう悪さはせんだろうと思ったからじゃ」


「……五つ、ですか?」


「うむ、それが何処いずこへと飛び、そしてどうなったかまでわしはわからぬ。ただ、今現在、その魂を受け継いだ五人の魔女が居ると言うことじゃな」


「つまり、この呪いを解いてもらうには、その五人の魔女にお願いすればいいってことですね?」


 エスターが我慢できずに思わずラミアに聞いたが、長兄はそれを制止しようとはしなかった。


「ほう、さとい子じゃな。その通りじゃ」


 エスターが「倒す」と言わずに「お願いする」と言ったことにラミアは思わず笑みをこぼしたが、エスターは気づかなかった。


「じゃあ、その五人はどこにいるんですか?」


「呪いは必ずかけた側とかけられた側が因果で結ばれておる。つまり、おぬしが王都に行くのであれば──」


「魔女たちも王都に集まるってこと?」


「もしくは、既に王都に集まっておるからこそ、おぬしが呼ばれたのやも知れん」


「わかりました! ボク、頑張って五人の魔女を探します!」


「しかしエスター、探してからどうするつもりだ?」


「え? 事情を説明してお願いすればいいんじゃないの?」


 長兄の問いに、さも当たり前のように答えるエスター。


「生憎じゃが、その者らが魔女であった記憶を持っているとは限らん」


「えぇーっ!?」


「なので儂が、魔女の見分け方と、呪いの解除方法を伝授しよう」


「は、はいっ!!」


「おっと、その前に……ハルカ」


「はい」


 ラミアに声をかけられて初めて、それまで微動だにしていなかった少女が答えた。

 おそらく歳はエスターより二、三歳は上に見える。

 黒髪に褐色肌が特徴のジャノア人で、この王国ではあまり見かけない人種だった。


「学院に入るとなれば従僕を付けるであろう? この子を連れて行くがいい。まだ見習いではあるが儂の弟子じゃ」


 全寮制とは言っても貴族の子息子女が集まる学院なので、身の回りの世話をさせる従者を同伴させる子が殆どだった。

 むしろそうしないと部屋の掃除や洗濯も自分ですることになってしまうからだ。


「ラミアさまにそこまでしていただけるとは……」


「なに、ついでに弟子の修行も兼ねさせようという老獪ろうかいな欲に過ぎんよ」


「エスターさま、よろしくお願いします」


 無表情のままハルカが言った。


「うん! よろしくね、ハルカ!」


 対して満面の笑みでエスターは応えたのだった。



 ◇   ◇   ◇   ◇



 そうしてまたたく間に時は過ぎ、王都ミルヴァーナにある王立ミルヴァーナ高等学院・入学式の前日。


 その男子寮の一室の扉がコンコンとノックされた。


「どうぞー」


 部屋の中からの軽やかな声に応えるように扉を開けて入室して来たのは、背が高くゴツい体躯の男子だった。


「や、やぁ、エスター……」


「グランツ! 久しぶりっ!」


 緊張した面持ちのグランツにハグしようと飛びついたエスターだったが、あっさり身をかわされてしまった。

 グランツはその大きな体躯からは想像できないほど俊敏なようだ。

 もっともエスターにしてもそれほど本気で抱きつこうとしたわけではない。

 仮にエスターが本気を出していたらグランツはあっさり捕まっていただろう。


「そ、その……、女になった、と聞いたが、ほ、本当なのか……?」


 今目の前にいるエスターの姿は、グランツの記憶にある二年前のエスターとあまり変わっていなかったからだ。


「うん、今は男装してるんだけど、男に見えるよね?」


 そう言って両手を広げて見せるエスター。

 今は私服なので、上は丸首のYシャツとベスト、下は乗馬ズボン風の太もも周りがふくらんだパンツとブーツ姿だ。

 その胸はなぜか真っ平らだったが、グランツは素の女状態のエスターを見たことが無いので、それがどれほど凄いことかわかってはおらず、「女になったとは言っても胸は小さいんだな」くらいにしか思っていなかった。


「ま、まぁ……、女だと知らなければ……」


 それでもやはり全体的に隠し切れない女性としての柔らかさが僅かに漏れ出てはいたので、グランツはそう答えた。


 するとエスターはベストを脱ぎ、続いてシャツのボタンを外し始めながら言った。


「これでも苦労したんだよー」


「なっ? ま、待て、何をするつもりだ?」


 そんな制止など聞かずボタンを全て外し終えて、シャツを開いてみせるエスター。

 そこにはノースリーブのアンダーウェアが露わになった。


「ほら。これ下着に見えるけどコルセットなんだ」


「そ、そうなのか?」


 その特殊なコルセットは厳密には二分割されていて、胸部はその大きな乳房おっぱいを圧迫して潰す役目。そして胴回りは逆にくびれを隠すために厚みを盛る役目をしていた。

 勿論、この入学のために特注であつらえてもらった物だ。


 そこでエスターはくるりと振り返って見せて言う。


「ほら、お尻はギュウギュウなパンツで押さえてても大きく見えちゃうから、腰回りを太くしてバレないようにしてるんだ」


「な、なるほど……」


 確かに遠目にはわかりづらいかも知れないが、そのプリッとした桃のようなお尻は明らかに女性のそれだとグランツは思ったが、制服の上着に隠されれば大丈夫かも知れないとも思った。


「て言うか、キツくてしんどいし、これもう外してもいいよね」


 と言って、エスターはコルセットの背中の拘束紐を引っ張って外す。


「えっ!? まっ! 待てっ!!」


 しかし、そんなグランツの制止など聞くつもりも無さげにエスターは拘束紐を解いた。


「よっと」


 すると、勢いよくボンッ! と前に飛び出すようにコルセットは外れ、そのまま床に落ちた。

 コルセットを吹き飛ばしたのは言うまでも無く圧迫され続けていた乳房おっぱいの反発弾力だ。


「あーっ、キツかったぁ…………ん? グランツ、そんなに強く目をつむってどうしたの?」


 その呑気な問いかけにグランツは目を瞑ったまま絞り出すように返す。


「どうしたのじゃないっ! 隠してくれっ! 色々と! 全部っ!」


「えー、いいでしょ? 従兄弟いとこ同士だし男同士だし」


 エスターはシャツを着たままとは言え、前面は完全にはだけているので、その大きな乳房おっぱいが完全にこぼれ出てしまっている。

 可愛らしい系な顔立ちの女性化エスターには不似合いどころか凶悪なほどの円錐型ロケット乳房おっぱいは、やっと解放された自由を謳歌するようにドーンと突き出て、たぷたぷと揺れていた。


「今は精神的な話ではなく、客観的な話をしているんだっ!」


「もー、グランツは真面目だなー」


 エスターも精神的には男なのでグランツの言わんとすることは理解していたから、そう言いつつも、いそいそとシャツのボタンを締め始めた。


「真面目とかじゃなく、常識としてっ!」


 ただ、この時エスターは敢えて口には出さなかったが、べつにお風呂だって一緒に入るんだしいいでしょ、と思ってもいたのだ。


「はい、着たよ」


 ボタンを締め終えてそう言ったエスター。

 その言葉に瞑っていた目を開くグランツ。


「ほら、これで問題無いでしょ?」


 しかし、そう言って見せたエスターは、単にシャツのボタンを締めただけなので、下着無しノーブラ乳房おっぱいが「ここから出してくれ」と言わんばかりにシャツをパンパンに押し出して主張しまくっていたのだ。


「それもダメだぁーっ!!」


「あー……うん、ごめん。確かにコレはダメだったかな」


 目を瞑るどころか掌で覆い隠して背中を向けたグランツの姿を見て、エスターは苦笑したのだった。


「はぁ、仕方ない……。またコルセットを着けるしかないか」


「はい、少なくとも夕食を終えるまでは外さないでいてください」


「!?」


 不意に部屋の隅からかけられた凜とした声にグランツは驚いた。

 ちょうど日陰になっていたとは言え、そこにはメイド服に身を包んだ少女、ハルカが立っていたのだ。

 おそらく部屋に入った時からずっとそこにいたであろうにグランツはその気配すら気づかなかった。


「だったらさっき外そうとした時に止めてよー」


「あそこで止めるより一度ご自身で痛い目に遭われた方が反省になるかと」


「ハルカは厳しいなー」


「グランツさま、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私はエスターさまの侍女、ハルカです。よろしくお願いします」


「あ、ああ、よろしく……」


 ちなみにグランツに従者はいないが、これは事前に必要無いと辺境伯家側から言われていたからで、ボイズ男爵家にそんな負担までさせられないと言う辺境伯の配慮でもあるが、それよりも秘密保持の面が大きい。

 エスターの呪いのことを知る者は極力少なくしておく必要があったのだ。


「ではエスターさま、早速ですが、コルセットを着け直しましょう」


「はーい……」


 面倒臭そうに渋々エスターが答えた。


「そう言うわけで、グランツさま。今からエスターさまの凶悪で無駄に大きくて大変邪魔な乳が無秩序かつ暴力的にまろび出ますので、背中を向けられていた方がよろしいかと」


「ハルカ! 言い方!」


 エスターからハルカへの抗議を耳に入れるまでもなくグランツは即座にエスターたちに背を向けたのだった。


【第1話 終わり】

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