第13話 《ティラミスの作り方》


「そんなに思い出深いものだったのですね」


「ええ、今では笑い話みたいだけれど……」


「その後、ご主人は?……」


「肺ガンにかかってしまって、55歳でなくなってね」


「そうでしたか」


「あの人……亡くなる直前にね、面白いことを言ってたわね」


 先生は、独り言のように呟いた。



「………………」


「…………」


「何ですか?……」


「……面白いのよ。《俺は金平糖職人として一筋でやってきたけど、最近、何だか、ティラミスという奴を作ってみたくなった》なんて言うのよ」


 真由美は、思わず、息を飲む。ティラミスを作るのは、大得意だ。



「それで、どうされたんですか? 」


「それっきりよ。翌日亡くなったの。それから金平糖のお店をたたんで、わたしは趣味でやっていたお琴を、ある先生について、本気で習い始めたの。そして、先生になった。……それから、もう20年が経つわね」


 そう言うと、先生は窓の外をしばらく眺め出した。



 真由美は、言おうか、言うまいか、ためらった。


 人には、時として、決定的瞬間というものがやってくるようだ。


 そして、その時の選択がきっと重要なのだ。


 私にはできるだろうか? 先生のご主人のように、愛する人のためにをお店にあふれるほど、金平糖を作ったりすることが。


 私にも、そんな風に人を愛せるだろうか?



 何だか不意に、胸騒ぎがした。


 真由美のココロが、ざわめき出し、突然、あるビジョンが浮かび上がる。


――雪の降る夜、明かりの灯ったお屋敷の中で、イルミネーションに照らされて、眩しいほど白々と浮かび上がる金平糖のお家。その中に入り、無邪気に遊ぶ子供たち。それを外から眺めている先生とご主人。肩を組んで、幸せそうに眺めている。


 気がつくと、真由美は、先生の前に歩みより、先生の両手を握っていた。


 そして、自分の口からあふれ出る言葉を、自分のものではないかのように、聞いていた。


 先生は、始めは驚いた様子で、目を丸くしていたけれど、空気が変わったかのように、真由美をまっすぐに見た。


 その拍子に、真由美は思わず、両手を放した。


 なんて強く握っていたんだろう。真由美は、やっと我に返る。


 対座した先生が、背筋を伸ばして、手を膝の上に載せる。そして、静かに畳の上に三つ指を立てて、深くお辞儀をした。



「どうぞ、わたくしに、ティラミスの作り方を教えて下さい」

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教えます 夢ノ命 @yumenoto

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