第1話 出会い

 今日の任務はダンジョンの攻略だ。

側に控える金髪のエルフと共に古代遺跡へと足を踏み入れると

そこは細い道の左右に数本の松明が等間隔に並べられていた。


「薫。怖い?」

「ま、まぁね....」


「ふふっ..。じゃあそんな怖がりの薫に特別に教えてあげるわ。

このダンジョンはかつてそれはもう立派なお城があったのよ..」


 しかし今やもう見る影もない、壁や柱はその大半が抉り取られ、

地面に落ちた残骸は風化され、チリとなって消えた。


「そんなお城にはかつて、アステリーナというお姫様がいた。

その容貌は天下一と謳われるにも関わらず決して奢るような事はなく、

優雅な立ち居振る舞いと、得意としていた舞は数多くの男性を魅了した」


 ただ、悲劇は起こる。

アステリーナの実父の死、婚約者の死が立て続けに起き、

やがて敵軍に攻め入られたこの遺跡の中で、最後は蛮族に強姦された後、

あまりにも凄惨な最後を迎えたようだ。


「そんな死んでも死に切れない彼女の霊がこのダンジョンに住み着いていて、

今まで数多くの冒険者は総じて、最深部で帰らぬ人となっているわ」

「へ、へぇ..。生き残った人とかはいなかったの..」


「一人いるわ。ルーカス・ヴァン・レヨン

彼の手記によるとアステリーナの攻撃は冷気の放出ーー

喰らったらまず最後で、全身は凍結し即死。だから最深部には

これまで犠牲になった人たちが氷漬けになっているらしいわ。

それに幽霊だから、勿論物理的な攻撃は効かず、、」

「生前の未練に何かしらの干渉をするしかない.......」


「正解よ。レヨンは得意の舞を披露する事で、彼女の沈静化に

成功し撤退する事が出来たみたいだけど、、薫、あんた踊れる?」

「む、無理だね..。ダンスなんてソーラン節がかろうじてって感じ..」


「ソーラン? まぁ、良いわ....。それより、、」


 吐息は白く、凍てついた空気の部屋に辿り着くと、

そこには広々とした暗闇の中で尚も眩い光を放つ異世界の特殊鉱石によって

作られたシャンデリアと、恐らくアステリーナ姫の生前の姿と思しき美しい

女性の絵が一枚壁に立てかけられていた。


「も、もしかして..」


「そうよ。ここがダンジョン最深部、王妃の間ーー

薫、あそこにあるベッドにいこ」

「了解....」


 二次元の創作で見るような、カーテンで仕切られた円形の大きなベッドは、

部屋の真ん中に不自然に配置されている。丁度シャンデリアの真下、絵は真正面ー


 凍結し滑りやすい床で転倒しないよう、

エルフさんと同じペースで横並びになりながら

恐る恐るベッドの方へ歩を進めていく。 


「見て、ここ、血が付いてる」

「本当だ..。でもどうして?」


「アステリーナの殺害現場だからよ。そしてこれを視界に収めた今この瞬間、

彼女の霊は現れる、とそう手記には書かれいたわ」


 すると、目の前の絵画は物理的干渉を受けてないにも関わらず、

一人でに微振動を始め、振れ幅が45度をこえた辺りで床に落下ーー


「来るよ」


 とエルフさんが叫ぶと同時に、目の前から人を一瞬で凍らす冷気が、、



 来る事は無かった。


『 tri- di- dimension 』


 エルフさんの呪文の詠唱と、

それと同時に正面に出来る謎の壁は、こちらに向かってくる冷気を

まるで映画のスクリーンの中に閉じ込めるかのように静止させた。


「なるほど、これが即死トラップの正体..。

見た感じ死体もないし、アステリーナの霊も現れず、、

レヨンの情報は眉唾ね..」

「いやちょっと待って..。さっき渡してくれた手記、

ページが飛んで最後の方に追記? みたいなのが書かれてるんだけど..」


「へ..。な、何よそれ!? 私そんなの知らないわ!!」


 と騒ぐエルフを尻目に、俺は話を続ける。


「えっと、、『アステリーナの霊は俺が成仏させたった(笑)

得意の舞を披露したら、一緒に踊りませんかって聞かれたから、

言われる通りそれを実行した(笑)そしたらビックリ! 彼女は

噂に聞くほどの悪霊でもなくて、この夥しい数の死体は全員、

ベッドの近くに行く事で反応する即死トラップによるものとの事(笑)

そんで、結局30分踊ったせいで足はヘットヘト。アステリーナも

満足したって言ってるし、もう仕事は終えたって感じかな(笑)


>>追追記 即死トラップのベッドの下に隠し扉があるらしいよ。

結局トラップの解除方法を聞き忘れて足を踏み入れる事は出来なかったけど..


>>>追追追記 トラップに引っかかってた死体は俺が回収しといた(笑)

重くて持ち運ぶのマジだりー。数回に分けて潜らないとなー..』


                  以上ですーー」


「......」


「つまり、アステリーナの霊はもう成仏していて。

問題だったのはこのベッド付近の即死トラップだけだったみたいですよ」

「そ、そう..」


 エルフは露骨にガッカリしていた。

久々の大型ダンジョン攻略クエストの本命は既に攻略済み。

未開の地を開拓してこそが本望の、彼女のような専業冒険者にとって、

人の二番煎じというのは大変不服のようだった。


「でも、まだベッドの下にある隠し扉のその先は、

どうなってるか定かじゃないから..」

「えぇ勿論よ薫!! 即死トラップの無力化は出来たし、ここで

前に進んでこそ冒険者ってもんよ!!」


 と威勢よく背筋を伸ばしフンと鼻息を漏らして胸を張るが、

彼女も他のエルフ達の御多分に洩れず貧乳体系であるため、

慎ましい胸部が軽く衣服を持ち上げるに過ぎなかった。



 ベットをずらし露になった黒い扉を持ち上げ、

更に下へと続く階段をずっとおりて行く。


 ルンルンと鼻唄混じりに歩くエルフの声が反響する完全な

密室空間のその先に待ち受けるものは果たして何なのか?


 3分ほど下り続けた先に見える、人が数人入れる程度の小さな小部屋ー


 それがその正体だった。

無論がらんとした空室なわけではない。かといって、

ダンジョンと聞いて即座に俺たちがイメージするような金品財宝の山があるわけでもないが、とにかくそこにあったのは一つのテーブルで、上には手紙が一枚、

青さびがかかっている事から恐らく銅製の小物入れがたった一つだけ置かれている。


「薫ーーこれ多分、アステリーナのだよ..」

「え..」


「このダンジョンにはね。死んだ彼女の霊以外にもう一つの噂があって、

それがこの、彼女の書いたであろう手紙の存在..。中身を読んだら、、呪われるってね..」


 戦禍がいよいよ城の喉元にまで差し掛かった時、

半狂乱になったアステリーナが書いたとされる呪いの手紙ーー

中には敵国への憎悪の念、そして悲劇的な自身の半生が記されており、

見たものは衝動的に、自殺へかられるというもの。


「でも、、ここに辿り着いた奴は俺とお前しかいない..。

だったらその情報は嘘に決まってるよ..。それに、レヨンの手記を見た感じ、

彼女は未練こそあれど、敵を恨んで死んでったってわけではなさそうじゃん..」

「薫ーーそれは....」


「だから俺はこの手紙を読むよ。それに小物入れは持ち帰ろう。

後々貴重な資料として役立つかもしれないしね..」

「あぁ..。ただ、、、、」


 エルフは何かを言いあぐねたが、結局後に続く言葉を紡ぎ出す事は無かった。




「......」



「薫ーー小物入れの中身は薬物と青酸カリだったよ。

恐らく極限の精神状態の中、彼女はこれを常用していたんだと思う..。

それに青酸カリの方は、、きっと自らの生を絶とうとして、それでも

死に切れなかったのだろう....。だからその手紙はもう、、

アステリーナの物ではない....。まともじゃないんだ....。もう、、」



 遺跡を出て、近くの階段を上ると、見晴らしのいい高台に出る。

ススキのような草花が一面に咲き誇り、断崖絶壁と海面を直に見下ろせ、

浜辺には海鳥が群れをなし、太陽は沈みゆく真っ最中だった。


「読めない..」

「うん..」


「感動的なエピソードも、悲劇的なエピソードも、彼女が死に際に思った事を

書き連ねた手紙には、きっと深い意味があるんだと思ってた..。でもさ、、

文字の形を成してないんだよな..。異世界転移のご都合主義で日本語が公用語の

くせして....、古文でもない..。あれは人間のかくもんかよ..」


「薫ーー私は人間じゃないけど、、アステリーナの、、

彼女の気持ちを汲み取る事くらいは出来たよ....」


 それが、俺には出来なかった。

死ぬ間際の人間は、感謝か恐怖か、どちらにせよ後世に残る形で文字に

記載されたものばかりが展示されるし、それを読んで初めて共感を得られる。

でも、、その中にはあったはずだ。


 恐怖と絶望のあまり、もはや文字も碌にかけず、、


「はは..。シリアスな展開は受けねーよ..」


 この異世界に転移して今日でもう3日目。このエルフの女性に拾われて

ダンジョン攻略に繰り出したのはこれが初めて。過酷なのは覚悟していたが、

まさかこれほどまでに精神を抉ってくるとは、、少し舐めていた。


 しかし、波打ち際で海風にあたり前髪を靡かせながら、エルフは俺の方を向いた。


「私の名前は、エルフェン・ラス・マリヤーー」

「どうしたんですか..。急に自分の名前なんて俺に教えて..。マリヤさん....」



「....薫、帰る場所ないんでしょ..。

だったらこれから先も、私と一緒に行動しない..」

「え......」


 ザザぁんと、白波の音が場の空気をロマンチックに変えるーーとその時だった。


 ポロピロン!


「あれ..。何、今の音!?」

「ま、まずい! えっとですね、、実は俺、、」


 かくかくしかじか、、端的に理由を説明する。


「写真、、つまりそれは、見ているものを保存出来るようなものなの?」

「ま、まぁ大体そんな感じです..」


「ふーん..。後で見返せたりはー?」

「しますね。ビ○リアルとそれに関連する機能は使え..ってもう時間がない!

基本自撮りなんで離れいてくださーーー」


 しかしその瞬間、強引に服の袖を引っ張られた俺の体は止まる事なく、

マリヤの顔に急接近。シャッターが押されたタイミングで指は離れスマホは宙を舞った。


 パシャリ


 カメラのフラッシューー

スマホから放たれる刹那の閃光のように、ほんの一瞬の出来事。


「い、、今のは..」


 何が起きたのか..。妙な湿気と温もりを帯びた唇周辺を俺は摩る。

対するマリヤは口元を手で覆い、反射で目を逸らした。


「た、たまたま事故っただけ..。だから改めて、、これからもよろしく薫!!」

「は、はい..」


 こうして、俺と謎のエルフ、マリヤとの旅は始まったーー




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スマホの通知音が鳴ってから2分以内に写真を投稿しないと死ぬ世界で、不眠能力持ちの俺は咽び泣く @kamokira

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