月は一つ

「出会っちゃいましたね」

「は?」

咄嗟に出た低音に我ながらちょっと引いたけど、駅前の喫煙所なんかで女をナンパするようなやつ相手なら仕方ないでしょ。咥えタバコのまま声の主を睨むと、彼は慌てた様子で言葉を重ねる。

「二丁目のコンビニの人でしょ、朝、俺、タバコ!」

最低賃金割ってるとは言え、一応接客業に従事してる身として煙を吐き出しながらキーワードを頭にはめ込んで考える。

「あー、いつもJPS買うひとか」

「そうそう!」

彼は表情をふにゃりと緩ませて、カバンからパッケージを右手に握り顔の横で振ってみせる。

「それ、赤マルだけど」

あ、いけねと零しながらカバンをごそごそと漁る猫背の彼を見つめながら、正直なんだこいつと思いつつ昔聞いた話を思い出した。

「タバコの銘柄ころころ変える男は浮気性って言うよね」

からかい半分で彼に言うと、たまたまですよぉとますます猫背になった。反応は犬っぽいけど。

「あれなかなか売ってないんで、見つけたら絶対に買うって決めてるんだよね」

やっと見つかったお目当てのパッケージを両手で大事そうに抱えてどうだと胸を張って見せつけてきた。やっぱり犬っぽい。

「じゃあなんで毎回一箱だけ買うの?」

よくいるんだよなぁ、毎日毎日決まった時間にいつものやつって言ってくるお客様。番号を言え、言えないならカートンで買えばいいのにってずっと思ってる。

「答えづらい質問するねぇ」

彼は少し困ったような顔をして、黒いパッケージから一本そろりと出して咥えながら傷だらけのオイルライターを先端に灯す。口をすぼめてゆっくりと味わったあとで、にやりと笑いながら楽しそうに言った。

「店員さん目当てに決まってるじゃん」

なんだこいつ。私、やっぱり男を見る目あるわ。

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タバコにまつわるエトセトラ あめのちあめ @ame_mtr

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