初めての喫煙
きっとあれが青春だった。
そういう確信があるものは輪郭しか覚えていないもので、だからこそ、その破片を目にするたびに眩しく感じるものなのだと思う。角膜を貫いて目玉の中のゼリーでうやむやに撹拌され、視神経でまとめられて脳で思い出補正される。写真アプリみたいなものだ、勝手にきれいになる。
夏がまだ涼しかった頃、初めて煙草を吸った日は空が青かったけど日差しは優しかった。銘柄は無謀にも赤いマルボロ。タール量ニコチン多すぎてどうかしてる、今ならピアニッシモかデュオを勧める。でも格好良いと思ったから選んだ。F1のスポンサーやってて、古いたばこ屋にはカウボーイが紫煙をくゆらせてる縦長のポスターがあったから。
防波堤に座り込んでビリビリとパッケージを破いて、一本口に咥える。何度も風に邪魔されながらやっとの思いで慣れない安いライターで火をつけた。吸いながら火を点けることを知らなかったから、すごく時間がかかったのを覚えている。
たばこの先端から煙が出てから、思いっきり吸い込んで、お約束の通り咳き込んだ。肋骨が折れるんじゃないかと思うくらい長い時間ゲホゲホと。
しばらくして、なんでこんなもんをカウボーイがうまそうに吸ってるんだと冷静になってきたので、甘い缶コーヒーを啜って目尻の涙を拭った。最低に格好悪い自分を潮風が撫でて、いつの間にか灰になった指先のたばこもさらって行った。
懲りずに二本目に挑戦すると、すんなりと肺まで届いた。少し目眩がしたので両手を後方について体を支えながら、真上を向き青空に煙を吐いた。
何をしているんだろう自分は、ニコチンでクリアになった思考が嗤う。
こういう格好悪いし格好いい、無様で可愛らしい、そういう両面があるものが青春だったんだと思う。
「青い春」、可能性という花が膨らんだ蕾のままで、開いた瞬間、何かが起きる予感だけがする、ほんの一瞬のコンマ何秒のことを、大人は何度も咀嚼しながら酔っ払っては反芻する。そのうち原型を留めなくなっても、人生の最初の分岐点の眩しさはしっかりと記憶に焼き付いている。
青すぎる空、透明すぎる海風、濃厚な潮の香り、手のひらを温めるコンクリート、全てが可能性の欠片だった、そんなあの日の思い出。写真アプリより補正強めな幻覚と現実の間の出来事。
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