ササクレホラー短編集

ササクレレモン

蛇が呼んでいる

 これは私が大学生3年生の夏休みのときの話です。今ほど夏の暑さが狂っていなかった頃です。


 所属していた文化系インカレサークルのメンバー20名弱でキャンプに行くことになりました。


 レンタカー4車に分かれて出発し、1時間半くらいで昼過ぎには目的のキャンプ場に到着しました。キャンプ場は混んでおらず、家族グループや同じような学生グループがまばらに数グループいるだけでした。


 到着早々にバーベキューを開始し、焼き肉や焼きそばやビールで皆で楽しい時間を過ごしました。


 一段落した後、キャンプ場に面している近くの川に遊びに行くメンバーとバンガロー(宿泊小屋)付近で休むメンバーに分かれました。


 私は軽く酔っていたし泳げないこともあって、おしゃれなロッキングチェアやハンモックが設置してあるバンガローの屋外デッキで一休みしながらカタンの開拓者をプレイしていました。


 屋外デッキからは下の方にある川を見渡せて川に行ったメンバーのこともよく見えました。

 川の方からは楽しそうな声が聞こえてきます。川は流れも緩く静かで、水もかなり澄んでおり、水深も深いところで男性のみぞおち辺りみたいでした。危なくなさそうな川だな、と直感的に思いました。


 女子たちのキャッキャした声


 可愛くて歌が上手でちょっとぶりっ子のT橋さんの


「いやっ、ちょっと顔に水かけないでよー」


 野郎連中の


「人間魚雷Y崎発射。着水確認!」


 川に投げ込まれたY崎くんの


「耳に水入ったぞ、ふざけんなお前ら!」


 大学生のわちゃわちゃした雰囲気が嫌でも伝わってきました。


 川に行ったメンバーも1時間程経ったら粗方バンガローに帰って来ていたと思います。


 そのときは特に気にかけるような問題はありませんでした……


 夜になり、バーベーキュー第2弾の後、全員ではないですが残ったメンバーでバンガローから少し離れた焚き火OKな場所で、炙りマシュマロとビールと共に順番に怖い話を話していこうという流れになりました。


 サークル内でマルチビジネスの勧誘をして出禁になったのに懲りずに別のサークルに侵入しているヤバ女の人怖話


 どこかで聞いたようなキャンプ場に現れる◯人鬼の話(脱線してホラー映画ならウチで誰が先に4ぬかで盛り上がったことだけ覚えています)


 そして、このキャンプ場では昔、人が川で溺れて4んでその霊が今も彷徨っているとか何とか……


 そんなとりとめのない話が2~3周続く中でふと気づくとT橋さんとY崎くんが立ち上がってぼんやりしています。何やってるのかなと思い始めたとき突然2人ともふらふらと歩き出しました。


 トイレやバンガローのある方向ではなく、川の方向に進んでいるようです。


 歩きながら無表情のT橋さんとY崎くんがつぶやきます。


 「蛇が呼んでいる……」


 周りは2人の悪ノリにニヤける感じで


「怖い話してるから乗っ取られたのか笑」


「アドリブで怖い話を起こしてるの?」


 お調子者のY崎くんは分かります。でもT橋さんはそんな茶番をするタイプではないと思っていたので驚きがありました。


 心配半分義務半分、全員ではないですが川に歩いて行く2人の後を見物しに行きます。若干モヤモヤしている私もついて行きました。


 ふらふらと歩く2人はこちらを一瞥することなく、また躊躇することなく川に入り込んで沈んで……


 行くことはありませんでしたが、川辺で止まった2人は手で川の水を汲み、それをごくごくと飲み始めました。白魚のようなT橋さんの手と彼女とは別の生き物のように動く彼女の喉がとても印象に残っています。


「え、何やってるの笑」


「水澄んでるだけどやめなって笑」


「T橋さんノリ良すぎでしょ笑」


 周囲が2人の行動に引き笑う一幕がありましたが、件の2人は特に周囲のリアクションにコメントすることなく憑き物がとれたようなケロリとした顔で焚き火の方へ戻って行きます。


 その後、怖い話はあまり長く続かずグダり始めてお開きになりました。ちなみにバンガローは男女で各2棟借りました。


 次の日、大体のメンバーが昼前に起きて片付けが始まりました。シャワールームも空いていかなかったので、無意識に昨日のT橋さんの影響もあったのでしょうか、私もうとうとしながらすっきりするために川へ顔を洗いに行きました。夏なのに川の水は結構冷たくてさっぱりしました。


 昼の12時前にはキャンプ場を出発することになりました。帰りの車ではT橋さんと一緒の車でした。


 「楽しかったねー」


 など皆で話をしながら帰路。


 T橋さんが嬉しそうに呟く。


 「また一緒にここに来たいなぁ」


 T橋さんとY崎くんの奇行を目撃していた同乗の女子が


 「それにしてもT橋さんのアドリブの怖い話?すごかった。意外って言っちゃアレかもだけどT橋さんってあんなことするんだ笑」


 T橋さんは瞬きした後


 「え、何のこと?」


 同乗の女子


 「え、覚えてないの?」


 T橋さん


 「本当に覚えてないよ笑」


 私は気遣うつもりで


 「でも、掘り返すのは野暮じゃん……笑」


 同乗の女子


 「確かに笑」


 T橋さん


 「えー、めっちゃ気になるんですけどー」


 そんな感じで車内にいたメンバーで彼らの奇行を目撃していたのが私と彼女だけだったのもあって、そのときはあえて話を掘り下げないのが面白いとおもってしまい、あの奇行は彼女たちの作品だったのだと自分を説得してしまいました。


 夏休みが終わって1ヶ月も経っていなかったと思います。

 Y崎くんが4にました。

 聞いたところによると、道を歩いていたら突然興奮し始めて走り出し、自ら車道に突っ込み車に撥ねられたみたいです。司法解剖の結果、彼の脳には、そこを蛇が通ったような不自然に空洞ができていたそうです。


 それからT橋さんはサークルに顔を見せなくなりました。実はT橋さんはY崎くんと付き合っていたみたいでした。彼女は通っていた大学も辞めたそうです。


 そんなこんなで単位を取り終えて暇だった私もサークルからは足が遠のいてしまいました。家でネットに入り浸っていたらいつの間にか大学を卒業していました。


 就活でパチンコ屋とウォーターサーバーの会社しか内定が出なかった私は、後者を選びました。無気力だった私も社会人になると自覚が出たのしょうか、仕事に対する熱意にあふれ、やる気が止まりません。初めは営業担当でしたが、営業成績もかなり良かったため、すぐに昇進し、現在は水源調査担当として働いています。天然水を売りにしている会社です。そして、なんとなんとT橋さんに再会することができました。詳しくは私と彼女の物語のためここでは話しませんが、今とても幸せです。


 

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