目が合った

音乙

第1話目が合った

目が合わない…。


神明小学校の6年生、大木直樹は退屈な授業を聞き流しながらクラスの1人の女子に目を向けていた。

目元を覆い隠す長い髪によって、その目は見ることはできない。

後ろ髪は膝下まで伸ばされ、一度見れば忘れられないほど印象的な黒髪をしている。


明神瞳


小柄な身長と黒い長い髪は本来なら可愛らしい印象を持ちそうだが、その子の印象は一言で言えば不気味だ。

周りの子と話している姿を見たこともなければ、授業中の発言もぼそぼそと小さな声でしか話さない。


「幽霊が見えるって聞いたことあるよ。」


「昔、いじめてた奴が大怪我したらしいぜ。」


「声を聞いた人は死んじゃうらしいわ。」


小学生はこういったありもしない噂が大好きな年頃だからか、変に目立つ瞳に関する噂は事欠かない。

幽霊が見える、人を呪える、声で人を殺せる、もしそんな能力があったら面白いかもしれないと直樹は思う。

…そもそも授業で発言をしている時点で、声を聞いたら死ぬはありえないだろう。

明らかに矛盾する噂を思い出して直樹はクスクス笑ってしまう。


「大木君、先生の話を聞いてるの!」


先生の大声で直樹は急に現実に引き戻された。





キーンコーンカーン


授業の終了の鐘が鳴るとざわざわと友達が直樹の周りに集まってくる。


「何をぼーっと瞳なんか見つめてたんだよ!」


「えっ!もしかして、直樹は瞳のこと好きなんじゃねぇのか!?」


こってりと授業中に叱られたことで、ただでさえ疲れたのに面倒な噂まで作られたら堪らない。

抗議の意味を込めて直樹は囃したてる連中に軽くパンチを放ってやる。


「ちげぇよ!ほら、瞳っていろんな噂があるだろ?実際ありえないよなって笑ってたんだよ。」


変に瞳の話題から逸らすと、逆にからかいが激しくなると思った直樹はあえて正直に考えていたことを教えてやる。

噂自体は学校内でも有名で、今話している連中とも何度か話した記憶がある。

…すると、いつもの友達の1人が急に声を潜める。


「…ありえなくないかもよ。」


普段と違うトーンの声にみんなの注目がその発言者に集まる。

みんなの注目が集まったことに緊張したのか、ごくりと唾をのみ込んでから話し始めた。


「…瞳の幼なじみってやつが隣のクラスにいるんだけど。昔、幽霊が見えるって教えられたらしくてさ。」


これ自体はよくある噂だ。

誰誰から聞いた話なんて本当だったことがあるのだろうか?

…ありきたりな話の展開に興味を失いかけた直樹だが、


「幽霊は綺麗だって言ってたらしい。」


不思議な言い回しに興味が引き戻される。

【幽霊】と【綺麗】という相反するような言葉が同居していることに違和感があった。

周りに集まっていた友人たちも同様だったようで、にわかに騒ぎ出す。


「幽霊が綺麗ってどういうことだよ。不気味とか怖いの間違いだろ!」


「美人な幽霊とかってことじゃね?それならそんなに怖くなさそう。」


思い思いに発言をする声はクラス中に響いていたが、誰も気に留めたりしない。

瞳の噂がクラスで話されることは珍しくなく、慣れきっていたこともあるだろう。

だから、誰も気づかなかった。


「…幽霊は綺麗だよ?」


瞳が直樹のすぐ後ろに立っていることに。

今まで噂をされていても瞳が抗議をしたり、ましてや話しかけてくることもなかった。

驚いて直樹が振り返ると、やはりその目を窺い知ることはできない。

ただ、口だけは歪んだような笑みを浮かべていることが、余計に不気味に感じた。






遠くでサイレンの音が鳴り響いている。

…事故でもあったのだろうか。

塾で夜遅くなった帰り道を直樹は小走りで急いでいた。

昼間の瞳の笑った口元の不気味さが忘れられずに、夜道がいつもよりもずっと怖く感じられた。


「…からかわれただけだろ。」


きっと噂話を面白く思わなかった瞳が仕返しに不気味そうに演じただけだろう。

自分自身を納得させる理由を見つければ、怖さがひいていくように感じる。

落ち着いてみれば、遅い時間とはいえ大人が多く行きかう道は普段と変わらない日常でしかない。

…明日にでも真意を聞いてみようかな、と思っていると直樹の足が止まる。


「こんばんは。」


頭の中に描いていた人物が急に目の前に現れたことにうろたえてしまう。

暗がりで見るせいか、教室で見るときとは印象が大きく違う気がする。

暗い夜道の真ん中に瞳は静かに佇んでいた。

道行く大人達はそんな瞳を邪魔に思うのか一瞥をくれながら過ぎ去っていく。


「こんな夜に何をしてるんだよ?」


まるで直樹を待っていたように、当たり前に目の前に現れたことに心がざわつく。

…それだけじゃない、何か違和感がある。


「あなたに会いに来たの。」


まるで恋人に言うような甘い言葉も、直樹には恐ろしく感じられる。

大人達は横をどんどんとすれ違っていく。

みんな、道の真ん中の瞳を邪魔そうに睨みつけながら…。


それなのに、誰も直樹に目を向けない。

ただ1人を除いて…。


「あなた、とても【綺麗】よ。」


黒い髪の間から覗く赤い目が楽しげにこちらを見つめる。

その瞬間、サイレンの音が近付いた気がした。

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目が合った 音乙 @aquablue311

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