親友

ゆきさん

1章

 酷い話。

 親友を見捨てた話。

 愚かな私の――昔話。


 高校三年生。夏。私は親友を失った。

 忘れない、忘れられない。あの顔。

 絶望失望幻滅、そして悲嘆の表情。


 二十歳を越えた今でも、私の記憶にこびりついて離れない。


 あの時ああしていたら。


 もしも私がそうしていたら。


 そんなタラレバ、山ほどしてる。


 私――柊佳奈は親友――梔子沙織を失った。



 彼女は私とは正反対に位置する人だった。

 明るく外交的、でも少し友達の輪を大切にする子で、所謂陽キャと言われる人種。

 対する私は人見知りで、いつも学校では読書に明け暮れているような、所謂陰キャ。


 光と影。陰と陽。柊佳奈と梔子沙織はアントニムとも言える程に離れていた。


 そんな光は、突如として影を照らした。

 あろう事か彼女は、私に声を掛けてきたのだ。


 三年の初め。変わらぬ日常が続くと思っていた私に、彼女は現れた。


 曰く、彼女は友人達が別のクラスになってしまい、話せる人がいないそう。


 別にクラスが違かろうが会いに行くものだと思っていたが、どうやら既にグループが出来上がっていたらしい。

 そこに割り入るのも気まずく、諦めて戻ってきたそうだ。


 最初こそ私は疑り深く、からかっているんじゃないかと怪しんだものの、それは杞憂に終わった。


 優しかった。

 私の読んでいる小説を翌日、自分も読んで感想を言ってくれたり。騒がしいのを好まない私に気を使ってくれたり。


 楽しかった。

 私にオシャレを教えてくれたり。眼鏡からコンタクトに変えたり。お陰で少しだけ垢抜けることができた。


 表裏一体とでも言うのだろうか。遠くて近い、そんな彼女のお陰で、毎日が明るかった。


 私にとって無二の親友


 それを壊したのは私だ。


 私が弱かったから、臆病者だから。

 たった一人の親友さえも、救うことができなかった。



 ある日を境に、彼女はよそよそしくなっていった。

 あの時の私はそれの原因に気づくことができず、悶々としていた。

 今思えば、多分陰口でも言われてたんだと思う。


 元々異色組み合わせだったこともあり、少しクラスで浮いていたのは自覚していた。

 だがそれがどうしたなんだというのか、私は彼女と居られればそれで良かった。


 それだけで良かったのだ。


 何時しかクラスの視線は、いじめっ子といじめられっ子を見る目で私達を見てきた。


 いじめられっ子は私。

 そしていじめっ子は沙織ちゃん。


 私には同情を。

 彼女には嫌悪を。


 勿論私達は抗議した。

 私達はそんな関係じゃないと、私達は親友だと。

 しかしどう言おうと、彼等彼女等は都合の良い様にしか受け取らなかった。


 気付けば私達の間にはクラスメイトという厚い壁が出来てしまっていた。


 日を追う事に私達の距離は離され、遂にそれは訪れた。


 九月二十九日。文化祭。二日目。

 前日と一日目、私は風邪を引いてしまい彼女と共に居られなかった。

 二日目こそはと、彼女に連絡を入れたけれど、反応は無い。

 募る違和感嫌な予感。杞憂に終わると自分を騙しながら、学校へ向かった。



 教室は文化祭とは思えない程に重苦しい空気が漂ってきた。

 クラスメイトの皆の悪意が一点に集中している。

 言わずもがな、沙織ちゃんに。


 気持ち悪かった。

 梔子沙織という共通の敵に向ける視線。


 でも、一番気持ち悪かったのは。


 そんな状況で何も言えない自分自身が何より、気持ちが悪かった。


 この時、彼女の中の親友という境界線から多分、私は――外れた。


 愚かにも私はその時、彼女の心配より‪自身の保身ばかり考えていた。


 こんな空気じゃ仕方ない。

 しょうがないんだと。


 私と彼女に貼られたレッテルは、いつの間にか入れ替わっていた。


 無情にも文化祭は始まり、皆それぞれ行動する中、一人席から動けない彼女を見て私は、逃げた。

 一緒に回ろうと、一緒に文化祭を楽しもうと、そんなことを考えていた私はとっくに死んでいたと思う。

 だって、怖かったから、彼女の顔をみたら終わってしまう気がしたから。


 その日、彼女の顔を初めて見たのは、文化祭が終わった時だった。

 一人のクラスメイトが、彼女を、沙織ちゃんを責め立て始めたのだ。

 それに雪崩を打つように、他のクラスメイトも彼女を責め始めた。


 あくまでも私を守るという大義名分は、過剰防衛とも言える程に激化していった。


 罵詈雑言の嵐。ありもしない誹謗中傷。

 耳を塞ぎたかった。本当に塞ぎたいのは彼女の方なのに。


 その時、彼女が私を見た。

 何も言わずとも解った。


 ‪”‬‪助けて”‬


 そう訴えてるのは火を見るより明らかだった。

 彼女の綺麗な瞳は濁り、限界を迎えようとしていた。


 思えばこれが最後のチャンスだったと思う。

 私が止めていれば。

 いや、私にしか止められなかった。

 ‪”‬止めてよ‪”‬と、この一言で何か変わったかもしれないのに。


 怖かった。


 恐ろしかった。


 クラスメイトにじゃない。

 沙織ちゃんに何を言われるか分からなかったから。


 だから


 ‪”‬‪あはは……”‬


 引き攣った笑顔を浮かべるしか、できなかった。


 瞬間、クラスメイトの声は聞こえなくなった。

 彼女と私だけが世界に残り、他は消えたように。

 選択を間違えたと悟った。最初から間違えていたかもしれないけれど。

 彼女の濁った瞳は光を失い、失意の瞳は深く、深く私の胸を刺した。


 心が割れる音が響いた。


 それが私の心か、それとも彼女の心か。


 少なくとも、私と彼女の関係は粉々に砕けていたと思う。



 だから。


 ――だから。


 今度は間違えない。


 九月一日。‪”‬二度目‪”‬の高校三年生。


 眼前でクレープを頬張る彼女――梔子沙織を見て、そう誓った。

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親友 ゆきさん @azuazu1101

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