番外編 罪な姫君たち
七夕伝説は、織姫と彦星が一年に一度天の川を超えて出会うことのできるの日で、願い事を短冊に書いて笹にくくり付ける、というものだから、忘れやすいけれども、天の川はいつでも流れている。今日は地上でいう夏の盛り。織姫は川の畔に立って、天女から贈られた羽衣をストールのように上半身に羽織って髪を耳にかけた。何とも切なく憂いを帯びた表情である。
愛しのあの人の顔を思い出すと、また1年待たねばならぬのか...。そのもどかしさも混じって切なげである。ほう...と溜息を付いて、天の川を見つめると、なんとも哀しげな姫の瞳を写していた。だめだ。今日は年に一度の乙姫との貿易の日である。星屑と虹の反物、贈るものだ。また、頼まれた朝焼けを映し閉じ込めた真珠もお繰り返す予定である。
姫は天空の一姫として、天の顔として水平線にむかわねばならない。そんな顔がこんな涙を堪えたようなものではいけない。目尻を人差し指で撫でて涙を弾き、粒は空を舞った。それを包むように雲は優しくふかふかの座布団を用意したのだ。人間のように、織姫だって涙を堪えて、涙を弾いて雲はそれを受け止める優しさをもち、海と空がぶつかる水平線への道を作るのである
その頃の地上。人間たちは慌てて洗濯物を家に取り込んでいた。夕立である。あれよあれよと空が曇る。けたたましい蝉は気付かず叫んでいる。入道雲はもこもことしているが、その分地上を隠す闇は深い。ざあざあと急な雨が草木を叩き叩き花を散らしかけ、海を波打たせる。
ちなみに、梅雨の時期は雨が波を叩くことが多い、という歴史から、竜宮城では梅雨どきはなく、波打時といらしい。
まあそれは置いといて。乙姫はこの海面を揺らす夕立は織姫が涙ぐんだ果てに指で弾き飛ばした涙の数滴であることを察していた。乙姫だって地上を恋うて草木に寄り添い、海まで流れてくるぼろぼろになった鮮烈な蒼を持つ朝顔の花開く姿が見たい。人間みたいな感情だって持っているのである。親近感だ。前の貿易で織姫の真珠のようなな瞳を見て感じたもの。
全く、彼女は知らず知らずのうちに人間たちを大騒ぎさせる。罪な方...。彼女を思って、それでも叶わない辛さを想って零れた涙をさらりと指で撫でた粒は海面に浮かび上がっていった。
その頃、少し波が荒れて漁船は大慌て。小さなボートは沖に流されないよう必死にロープを結んだ。ちなみにサーファーたちは大喜びだった。
しかし織姫はそれが乙姫の涙ゆえだと知っていた。私が人間みたいに涙を流すように、乙姫だって泣きたい時ぐらいあるもの。彼女は海の顔。泣いてちゃいけないと涙を拭ったのね。親近感だ。
とかいいながら、姫たちは全く人間じみていなかった。しかしながら、この勝手な親近感によって、ここ百年の海と空の平和は保たれたのである。全く人間のことなど眼中にないように。
このあと、人間みたいにかわいらしくからかいあって笑った微笑みは海上で小さな竜巻を起こした。
それを知っているのは、月から見ていた月の姫、かぐや姫であった。彼女は決めた。涙を流しちゃいけないと。それでもばたばたと慌てる地上が恋しくて、ついつい郷愁に苛まれ涙を流したのは秘密である。
華やか美し姫君たち それで終わらない方々 汐 @usiosioai
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