亡き妻からのメッセージは甘くなかった

陽咲乃

亡き妻からのメッセージは甘くなかった

 見返した日記には、一ページだけ意味のわからない箇所がある。


 俺が見ているのは、ひと月前に亡くなった妻の日記だ。

 末期がんだと診断されてから、半年であの世へ逝ってしまった妻。

 俺はいまだに彼女の死を受け入れられずにいる。


 日記には、毎日の天気やその日食べた料理など、日常のたわいも無いことが書かれているのに――最後のページだけ、びっしりと謎の数字が書かれていた。

 羅列する三つの数字の組み合わせ。

 

「なんだ? 何かの暗号か?」


 そういえば、大学時代に入っていたクイズ研究会で、よく問題を出しあったっけ。

 もう何十年も前の話だ。

 もしかして、謎を解けってことか?


 まず、一番上に書いてある数字に注目した。


 1-3-5、1-6-2、2-5-4、2-3-8、3-2-5


 アルファベットを番号で表している?

 いや、ローマ字読みできない。

 スマホの入力か?

 数字と同じ位置の平仮名を……違うな。

 

「だったら……1ページの左から3行、上から5段目……あ」 


俺は日記帳のページをめくり、メモ用紙に“あ”と書いた。


「次は、1ページ6行目の上から2段目……い」


 そのまま解読を続けて、最初の3文字が判明した。


 あ い し 


「どうやら間違ってなかったみたいだな。はは、なんだよ、今さら」


 次の文字は、“てる”……いや、“ます”かな。

 

 謎は解けた。

 これはおそらく、妻からのラブレターだ。


 あ い し て る


 ほらな。俺は薄ら笑いを浮かべる。


 と で も い う と お も っ た か


「は? ……おかしいな」


 俺はもう一度数字と文字を見直した。


「合ってる。どういうことだ?」


 はやる気持ちを抑えつつ、続きを解読していく。


 う わ き

 ぎ や ん ぶ る

 し や っ き ん

 さ い て い

 

「浮気、ギャンブル、借金……最低って」


 訂正したいが、どれも身に覚えのあることばかりだ。


「何年前の話だよ。それに、おまえだって最後は許してくれたじゃないか」


 ゆ る し て な い 

 が ま ん し た だ け


 まるで俺の言うことがわかってるみたいだ。


「だったら生きてるうちに言えよ。なんでこんなやり方で……死んでからじゃ、謝ることもできないだろ」


 は ん せ い し て な い く せ に


「そんなこと――」


 妻の泣き顔、俺を責める声、傷ついた表情。

 忘れていた記憶が蘇る。


「……悪かったよ。ちゃんと反省するから」


 こ ど も た ち に は 

 め い わ く か け る な


「うっ……わかってる。競馬もパチンコも控えるから」


 最近はあんまりやってなかっただろ、と呟きながら暗号を解く。


 れ し ぴ み て

 り よ う り し ろ


「ああ、日記帳に書いてあったな」


 パラパラとページをめくると、日々の出来事の合間にいくつかのレシピが書かれていた。


「親子丼、生姜焼き、八宝菜……俺の好きなものばっかりだな」


 思わず笑みがこぼれる。


「ありがとう。助かるよ」


 な が い き し ろ


「はは。ひとりで長く生きてもなあ。おまえがいないと、つまらないよ……」


 急に涙が溢れてきた。

 

 涙と鼻水を垂れ流しながら、最後のメッセージを解読する。


 き な が に ま っ て る 


 天国でペロリと舌を出している妻の顔が浮かんだ。




 ――――――――――

 読了ありがとうございました。

 紹介文にもあるように一行目はコンテストの共通文章です。

 




 




 


 

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