ティックとワーブ Ⅷ

「違うんだってぇ……事情があるんだってぇ……聞いてから判断してくれてもいいじゃんかぁ……」


 言い訳を始めた挙句、そのまま膝を抱えてメソメソし始めやがった。

 どうしよう、もう見なかったことにして帰ろうかな、と一瞬考えたアンゼリセだったが、ここ神殿の前なんじゃよなぁ……。


『それで、頼みというのは……?』


 空気の冷え方が流石に可哀想に感じたのか、ワーブが尋ねると、イツキはガバっと体を起こし、これ以上ないほど爽やかな笑顔で言った。





「俺とパーティを組もうぜ!」





「嫌だ」

「どォしてよォオオオオオオオ! ねェェェェ!」

「情緒不安定にもほどがあるじゃろ」


 流石に口を挟んだアンゼリセは、うーむ、と首を傾げ。


「そもそもそなた、迷宮に潜る度に臨時パーティは組んでるのじゃろ? そこで仲間を探せばよいではないか」


 ルーキーの探索者向けに体験会チュートリアルを開く理由の一つに、顔合わせの機会を設けてパーティを積極的に組ませよう、という意図がある。

 相性が良い者、性格が合う者、欠点を補い合える者。何度か参加していれば……それこそイツキとオルレアのように顔見知りが増えていき、自然とパーティが結成できるように設計されているのである。


 が。


「探したよ! 体験会チュートリアルにだってたくさん顔出したし色んな奴と組んだよ! でもさぁ!」


 再び地に手をついたイツキは吼えた。心からの慟哭だった。


「皆がさあ! これからもこのメンバーでやっていかない? みたいな流れになってもさあ! 俺だけ声かけてもらえなくてさあ!」


 あー……。

 という空気が、おおよそ全員に蔓延した。

 だってこいつ、わけわかんねえもんなあ……。

 武器燃やすし、雷出すし……。


「俺も含まれてるよね? 気のせいだよね? ってしれっとくっついていったら全員から『こいつマジかよ』って目で見られて……うう…………」

「なんでそこまでの図々しさが発揮できるのに絶妙に打たれ弱いんじゃ」

「毎回……毎回俺だけハブられて……ハブられ続けて……ついには受付のお姉さんにやんわり『ごめんね、今回はその……メンバーが、埋まっちゃっててね?』って断られた後、ブラブラしてたら他の奴が体験会チュートリアルの受付してるのを見ちゃったんだよぉ……」


 もう、どうやらイツキが参加することそのものに苦情が入ったらしかった。

 流石にそこまで来ると、ちょっと可哀想な気もしてきたような……。


「俺が何したっていうんだ! ただ、ただちょっと気合い入れすぎて第一階層を全焼させかけただけなのに!」

「そなたは一生迷宮に潜るな」


 ひとの本体に何してんだこいつ。


「あれは……その、確かにものすごかったですが……」


 オルレアも、多分その受付嬢がしていたのもこんな感じなんだろうな、というやんわりとした苦笑を浮かべていた。


「知っておるのか?」

「同じ体験会チュートリアルに参加しておりましたので。イツキ様のおかげで、巣を作っていた鋼鉄蟻メタルアントの群れから身を守れたのは確かです」

鋼鉄蟻メタルアント? 二〇層以降の魔物じゃなかったか?」


 ティックの呟きに、オルレアはええ、と頷いた。


「上層に行った誰かの荷物に、卵がくっついていたのではないか? とのことで。そこで孵った個体が繁殖していたのかも知れない、とのことでした」

「結構な事件じゃなぁ」


 迷宮にはセオリーはあれど絶対はない、とはよく言われるものだ。低階層だからといって弱い魔物しか居ないとは限らない。


「あいつら硬いし数多いし前衛の武器とか普通に噛み砕いてたからマジで怖かった……炎と雷が効いてよかった……」

「そなた、役には立つんじゃがなあ……」


 というか、イツキが探索者を始めて一ヶ月少々。

 この短期間でこれほどの戦闘力を有している事例は、アンゼリセですら初めてのことだった。ワーブは装備の充実度や戦い方を鑑みても、もう中堅層一歩手前ぐらいの実力がある重戦士だったが、これを真っ向から撃退してはいるのだ。


 普通、強力なスキルと、それに伴う攻撃手段を手に入れたら、経験の浅いものほどそれ一辺倒になるものだが……イツキが優れているのは、むしろ飛んでくる盾の挙動をしっかり見切って回避できる動体視力や反射神経、とっさの体の動かし方や、能力の使い方や応用力といったスキルに拠(よ)らない本人の資質の方だ。


(……まあそれでもやっぱ関わりたくない気持ちのほうが強いんじゃろな)


 迷宮探索で一番避けるべきは異常事態イレギュラーなのに、コイツ自身が異常事態イレギュラーみたいなものだから……。


「もう一人は嫌なんだよォォォォ! 俺だって仲間に背中を預けたりさァ! 頼られたりさァ! 時には助けてもらったりしたいよォ! 今日の成果を語り合いながら宿に帰る連中の背中を見送りながら、一人で飯食って宿屋で雑魚寝するのはもう寂しいんだよォ…………!」


 もう単なる愚痴というか泣き言になってきた。哀れすぎる。


「お前の悩みなんぞ知るか、他を当たれ」


 しかし、多少なりともイツキのことを知っているが故に若干、少しだけ、わずかに、感情移入……しなくもない、かな? ぐらいのアンゼリセと違って、ティックの反応は実に冷めたものだった。関わり合いになりたくなけりゃ、まあこんなもんだろうと言われればそれまでだが。


『う、うう……』


 だが、そこで思いもよらぬ反応を見せた者がいた。

 だれであろう、先程イツキとドンパチやりあったワーブである。

 よろよろ立ち上がると、ずしんずしんと足音を立てて、イツキの側に近寄って、肩に優しく手をおいた。


『わがりまず……わがりまずぅ……!』


 兜の隙間からぼろぼろと涙があふれさせながら、こくこくと大きく頭をふる始末だった。ティックが額に手を当てて、あちゃー、という表情をした。


『ひとりぼっぢはぁ……さみじいですよねぇ…………っ!』

「わかってくれるか……わかってくれるか……!」

『はい……はい……! わがりまずぅ! もアニキに会えてなかったらぁ……!』


 何故かひし、と抱き合ってしまった。何かしら思うところがあったらしい。


「ワーブ、あのな……」


 相方を引き剥がそうとするティック、しかしぐるりと振り向いた鎧姿の兜の向こう側で、言葉なき声を、確かに聞いた。



 話だけでも聞いてあげませんか、と。



 しばらく黙り込んでいたが……やがて、根負けしたように、ティックは呟いた。


「……女神アンゼリセ、少し、部屋を借りても?」


 アンゼリセは、苦笑して応じた。


「外と大差なくてよければの」


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《急成長》スキルから始まる異世界人の《技能樹(スキルツリー)》が何かおかしいんじゃが!? 天都ダム @amatoxd

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