ティックとワーブ Ⅶ
声の主は、酒場で鎧姿と一緒に居た、
鎧姿はその声を聞いた瞬間、びくっと体を震わせて、先程の覇気はどこへ言ったのやら、と思うほど縮こまってしまった。
小さな体躯ながら大股で近寄ってくる男、それに伴っていたのは……。
「オルレアではないか」
「はい。こんにちは、アンゼリセ様、イツキ様」
なぜ彼とオルレアが一緒に? という疑問は、本人の口から語られた。
「……ギルドの本部で偶然お会いしまして、アンゼリセ様の神殿をお探しとのことでしたので」
「案内をしてもらったんだ。僕らはこの都市に来て間もなかったから」
「失礼した。僕はティック・サンド。こっちはワーブ。共に探索者をしている」
「サンド……そなた、【
一瞬、アンゼリセの目に険が見え、ティックはその様子に肩をすくめた。慣れている、という調子だった。
「ええ。ほとんどはぐれモノだけどね」
イツキはそそくさとオルレアに近寄って、ひそひそと小声で尋ねた。
「【
「この迷宮都市の外のクランだったかと……私も詳しいことまでは」
「守銭奴が作ったクソみたいなクランだよ、知らないのなら幸運だ」
「僕の相方が無礼な真似をしてすまなかった。ワーブ、お前のやったことは取り越し苦労だ、二重にな」
『アニキ……』
(アニキって呼んでるんだ……)
(アニキって呼んでるんだ……)
奇跡的にアンゼリセとイツキの思考が一致した。それはさておき。
「一度決まった勝負に、異議を唱えるような情けない真似をしろと言った覚えはない」
『だ、だが……』
「だがも何もない、何よりこれだ」
ティックが懐から取り出したのは、まさしく例のルビーだった。
大粒で、精緻なカット。こうして見ているだけでも見事な輝きがよくわかる。
『そ、それは……!』
「酒場のマスターに預けていたそうだね」
ティックの問いかけに、
「おう、そうすりゃ渡せるかなーって思ってさ。いやあ、よかったよかった」
なぜか不自然なほどニコニコしながら、イツキは軽く手を上げて返事をした。ちょっと気持ち悪い。
「なるほどね……」
すると、ティックは手にしたルビーを、指でぱちんと弾いた。
「うわっと」
弧を描いたそれは狙いすましたようにイツキの手元に飛んでいき、うわ、と軽い悲鳴とともにキャッチ。
「おいおい、何すん――――」
だよ、という言葉を続けることはできなかった。
「――――どういうつもりだ?」
そう問いかけるティックの声が、あまりにも底冷えしていたからだ。
立ち振舞いが様になっている分、怒気をありありとはらんでいるのがわかる。明確に向けられる敵意を前にして――――
「あァん!? どういうつもりはどういうつもりだ!」
イツキはノータイムでメンチを切り返した。
「そのルビーは勝負の結果、お前が得ることになったものだ。相違ないな?」
「相違ないがァ!? だから何だってんだァ!」
「それを事もあろうに、返しておいてくれだと? ……馬鹿にしているのか?」
つまり、イツキの気遣いは、どうもティックにとってはプライドに障る腹立たしいことだった、ということらしい。
「それはそうだがよォ! なんかこう…………アレがあるだろうがよォ!」
「言い返し方がふわふわしてますね……」
「とりあえずキレ返してみたが続きを考えてなかったんじゃろうな……」
アンゼリセとオルレアは、とりあえず一歩引いた所から見守ることにした。
「そういうんじゃなくてさぁ! ……なんっつーかなぁ」
手元のルビーを所在なく弄びながら、イツキは大きくため息を吐いた。
「こう、俺がヴェルミーの姐さんにルビーを渡すじゃん?」
「ああ」
「お前たちがまた酒場に行った時に受け取ることになるじゃん?」
「ああ、そうなったな」
「そして再会したらこう……お礼を言われる流れになると思ってたのになんで喧嘩売られてるワケェ!?」
「……お前は僕らに礼を言われたくて、わざわざルビーを手放したのか?」
いまいち要領を得ないらしく、首を傾げるティック。
「だーかーらー! そしたらさあ! ……いいってことよ! ……でももし感謝の気持があるなら俺の頼みを聞いてくんない? みたいな感じと思ってさあ!」
「…………つまり、僕らに恩を着せるためにこんなことをしたと?」
「…………まあ言い方を変えるとそういうことになる……のかなぁ? どう思う? アンさん」
話が飛んできたので、アンゼリセは一言こう告げた。
「ダッサ……」
「ぐほぁ!」
「ズルした感じがして嫌だとかなんとか、色々理由をほざいとったのに、そんな浅い事考えとったのか……」
「がばっ! ぐばっ!」
言葉の暴力で致命傷を受けたイツキはその場に蹲り、救いを求めるように震えながらオルレアに手を伸ばした。
「イツキ様……」
「オ、オルレア……」
「……私もちょっと、今のはどうかと……」
「ぐふっ」
その言葉が致命傷となり、イツキはその場に倒れ伏した。別に肉体的にダメージを受けた訳では無いが、心は深く傷ついた。ヒビの入った硝子のように。
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