ティックとワーブ Ⅵ

『何!?』


 砂埃が晴れて、アンゼリセと鎧姿の目に飛び込んできたのは……盾の内側、、で鎖を掴んでいるイツキの姿だった。


 どうやら迫りくる盾に対して、後ろや横に飛び退いて回避するのではなく、前進することで敢えて盾の内側に入り込む事を選択し……目論見通り攻撃を避け、なおかつ。


「触らなかったら怖くない――だったよなぁ!」


 接触、という攻撃機会を作り出した。

 イツキの体表に、バチ、と雷光が散る。


「触ってやったぜこの野郎! 喰らいやがれ!」


 溜め込んだ電気をすべて使い切らんばかりの、全力放電。

 【雷槌】ほどの破壊力はないが、鎖を通じて雷が伝われば同じこと。


「テメェがぶっ倒れるまで続けて…………………………あれ?」


 一〇秒、二〇秒、三〇秒……やがて、バチン、と一度大きく弾ける音がして、電撃が止んだ。イツキの頬に、冷や汗が伝う。


『フッ』


 その様を眺め、溜飲が下がったのだろう。鼻で笑った鎧姿は、そのままギチ、と鎖に力を込めた。


「な、なんだとォ…………!?」


 必然、綱引きの形となって、動揺したイツキの足がじり、と引きずられる。


『――残念だったな、この鎖は我が一族に伝わる至宝。電気を通さず、壊れず、ちぎれず、緩まない』

「装備の充実度が違いすぎる!」


 専用装備で固めた重戦士と、武器を持てず防具もろくに着ておらず、戦闘スタイルすら確立されていないイツキの差だ、さもありなん。

 鎧姿は左手の盾を前面に出し、その上で再度、鎖を軽く引いた。


『こういう事もできるぞ? ――――絡め魔鎖グレイプニル!』

「うげっ!?」


 発声と同時に、イツキが掴んでいた鎖が一人でに動き、手首にぐるりと巻き付いた。どうやら伸縮だけではなく、ある程度の操作も可能らしい。


(これは驚いた、A級の魔法具マジックアイテムじゃな)


 《不壊アンブレイカブル》の特性に、伸縮自在、命令による独立操作、電気耐性のある金属性の鎖……アンゼリセが考えていたより、ずっと高位の品らしい。


『この状態で鎖を勢いよく縮めたらどうなると思う?』

「そーっすねぇー」


 イツキは現在、投げられた盾を背にした状態で鎖を掴んでいて、前方には鎧姿が構えた盾がある。つまり……。


「ぺっちゃんこサンドイッチ……!」

『そうなる前にもう一度チャンスをやろう』


 ミシリ、とさらに力が込められて、イツキの足が更に引きずられた。鎧姿は片腕なのに対し、イツキは両腕で引っ張っているから、ギリギリ堪えられている……そういう状態の最中。


『降参しろ』


 鎧姿が告げた、それが最終警告であることは間違いなかった。

 その上で――――。


「いや、まだ手はあるぜ」

『何?』


 ギチ、と自身に絡まった鎖を自ら掴んで、イツキはにやりと笑った。


「俺の手に鎖を絡めたのは失敗だったなァ……余裕こいてお話してるからだぜ!」

『何を………………なっ!?』


 イツキが鎖を掴んでいるその部位が……赤熱、、している。

 《業炎剣カルマイド》がもたらしたアビリティ【炎熱攻撃付与】は手にした武器に炎属性を付与する……その効果が強力すぎて、生半可な武器では耐えきれず燃え尽きてしまうほどの。


『熱…………!?』


 まだ肌を焼かれるほどではないにせよ、それは明確な変化だった。鎖自体は《不壊》によって壊れはしない、が。


 壊れないから――――無尽蔵に熱を溜め込み続けてしまう。


「上等な鎖が裏目にでたな! 壊れなくても熱は伝わる、、、、、だろ!」


 軽合金を焼き尽くしてしまうほどの熱が、鎖に繋がる盾と、鎧姿の手甲を焼いているのだ。なまじ一度絡めてしまった鎖は、もう外すに外せない。


「さぁどうする!? その手甲を外さないと肘から先が丸焼けだぜぇー!」

『だったらその前に貴様を倒すのみだ!』

「上等!」


 会話の間に〝溜め〟ていたのだろう、イツキが盛大に片手を振り上げ叫ぶ。


「一発分だけ残しといたんだ!」

『縮め魔鎖グレイプニル!』


 拳を振り下ろす、その一瞬前。

 雷雲が生じたタイミングで、勢いよく鎖が縮み、イツキの体を引き寄せる。


「ぬっ、ぐっ、がっ…………落ちろ【雷槌】!」


 ほんの数秒、イツキは確かに鎧姿の怪力に抗った。

 地面に踏ん張って引き寄せられるまでの時間を稼ぎ――拳を振り下ろす。


『ちぃっ!』


 この時点で、大盾に挟み込んで押し潰す、というプランを、鎧姿は放棄した。

雷耐性を持つ盾を頭上に掲げ、代わりに鎖が繋がる手甲の拳を硬く握りしめる。

 雷が落ち、盾がその光を散らすのとほぼ同時のタイミングで――――。


「うおらああああああああ!」


 イツキは、自ら地面を蹴って。鎧姿に向かって突撃した。


『っ!』


 引き寄せる力に、向かってくる力が重なって、盾を構え直す時間を奪われた鎧姿は、拳を引いて身構えた。


 それはほとんど、反射的な行動だったのだろう。それでも、金属製の手甲に包まれた剛腕を、単純な腕力で叩きつけるだけでも、威力は充分。

イツキと鎧姿が、交錯した。


 ほんの一瞬触れ合い――――次の瞬間。


『が――――――はっ!』


 大地全体がぐらりと揺れたかと錯覚するほどの衝撃と同時に、重量物が叩きつけられる、ずどんっ、という鈍い音が響いた。


 空気を全て吐き出し、その衝撃と痛みに身動きを封じられ、立ち上がれなくなったのは……。


「――――――へっ、どーよ」


 イツキ・アカツキではなく、鎧姿の方だった。

 鎧姿からすれば、何が起きたかわかるまい。

 離れたところで観察していたアンゼリセだから、かろうじて理解ができた。


 交錯の瞬間、イツキは鎧姿の腕をのだ。


 体をわずかに横にずらし、拳の直撃を避けながら、半身で鎧姿の内側に入り込むと、引き寄せられた勢いを利用して、伸びた腕を抱きかかえ、自重を乗せてぐるりと縦に一回転させて、地面に叩きつける。


 言葉にすればこういうことだが、イツキの《技能樹スキルツリー》を全て知るアンゼリセにとって、それは信じられない事だった。彼に体術関連のスキルが存在しないことを、誰よりもよく知っているのだから。


『がはっ……ぐ、っふ……っ!』


 装備の重量を含めた全ての自重が、そのままダメージとなったのだ、流石に呼吸もままなるまい。誰がどう見ても文句のつけようのない、完全な決着だった。


「それまで。イツキ、そなたの勝ちじゃ」

「よっしゃあ逆転勝利ィ! ……なんだアンさん、そんな俺を胡乱な目でみて」


 腕に絡みついた鎖をえっちら解きつつ、イツキは首を傾げた。


「そなた、人をぶん投げるスキルなんぞもっとらんじゃろうが、今度は何をしたんじゃ」

「俺がいつも変なことするみたいに言うじゃん」


 してないとでも言うつもりなのか、という抗議の視線をむけると、イツキはうーん、と少し考え込み。


「あー、ほら、ウチの学校、柔道は必須科目でさあ、一本背負いと受け身だけは得意なんだよね」

「ジュードー?」

「あ、わかんねえか、えーっと……人を投げたりこかしたりする武術……!」

「……ふむ」


 創造神が定義した加護としての《技能スキル》ではなく、純粋にその体が身につけた『技術スキル』、ということらしい。

 雷槌を囮に炎熱を利用し、『投げ』が使える所まで無理やり持ち込んだ。

身につけたもの全てを総動員し、掴んだ勝利だった。


「あー疲れた、体いてぇ、よく考えたら勝っても俺に何の得もない……!」

「というか、ルビーの件を説明してやればよかったじゃろうが」

「わかってねえなあアンさん、男にはあるんだぜ、プライドって奴がな……!」

「ふーむ」


 よくわからんが、そういうことらしい。何も考えず売られた喧嘩を買っただけかと思ったが、どうやら相手の意向を汲んでやった、ということなのだろうか?


 迷宮神であるアンゼリセには、時折人間の考えがわからぬことがある。いや、イツキは輪にかけて何を考えているかわからないのだが。


『ぐ……ぐ』


 そうこうしている間に、鎧姿はギギギ、と体を震わせながら体を起こそうとしていた。アンゼリセはしばらく動けないだろうと見ていたのだが……大したタフネスだった。


「お。大丈夫か? 立てそう?」


 ぶん投げた張本人であるイツキがそう尋ねると、鎧姿はぐ、と力を込めて立ち上がろうとして……途中で力が抜けて、がくんと膝をついた。


『……負けたのか……俺は……』

「あー、まあね? キミもね? 頑張ったけどね? 俺のほうがね? 一枚上手だったっていうかね?」

『き、貴様……』


 自分を倒した相手が真横でこれやってきたら相当鬱陶しいだろうなあ、とアンゼリセは思った。案の定、怒りで手がブルブルと震えている、この場で第二ラウンドが開始されてもおかしくない。

 流石に仲裁してやるか、と思った矢先。




「ワーブ! そこまでだ!」




 怒声が、その空間に割り込んだ。

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