僕のそばに君がいたから。

@haruharu10

本編

  四月八日 

 “ジリリリリン”目覚まし時計の音で起きる。グーッと伸びをし、リビングに行く。

「おはよう爽功さく、ご飯もうできるから顔洗っておいで」お母さんに言われて顔を洗う。鏡に写る自分を見て、「今日もいい日になるといいな」といつものように呟いた。

「じゃあ行ってくるね」「爽功なら大丈夫。楽しんでおいで」と太陽のような笑顔で僕を送る。


 僕の教室は四階、各階の踊り場には巨大な絵画が一枚ずつ飾られており、真新しく袖のブカブカな一年生を迎えているかのようだった。

“ガシャガシャガシャーン”階段を登っていると前の子が新天地での挨拶がわりに派手に荷物をぶちまける。

 周りからは “え〜何やってんの?” “めっちゃ迷惑なんですけどー笑” などの声が飛び交う。

 だれも彼を助けず、だれも擁護しようとしなかった。

 自分たちとは違うものを見るような、冷たく棘のある視線を浴びながら彼は一人、落としたものを拾う。僕は自分の爪が食い込むくらい強く拳を握り、高まっていた感情をなんとか抑えた。

「はい、これ」落ちていた丸々と使い古した消しゴムを拾って渡す。

「ありがとう」と今にも消えてしまいそうな声で言う。「全然大丈夫。気にしなくていいよ」これに彼は弱々しくうなずいた。

 教室に着くともう半数以上が席に着いていて、新生活あるあるの緊張感があった。僕の席は後ろからニ番目の席で廊下側。

すると、教室にスーツ姿のスラッとした若い男性が入ってきて注目が集まる。

彼は口を開き「入学式まで少し時間があるので、クラスの人と話したりして待っててください」と言って教室を出ていった。

 数秒後、周りの子たちは話し始め一気に緊張が解ける。僕は友達らしき人も周りにおらずじっとしてると…「爽功だよね?」と後ろから声をかけられ振り向くと、髪が肩ぐらいまであり丸みを帯びた髪型の幼馴染の愛七あいなと前髪全体を上げ、明るい笑顔の親友の健也けんやがいた。「やっぱり爽功だ」と愛七、「また同じクラスだな」と健也が言う。

「よかった〜知ってる人がいて」と正していた姿勢が崩れる。

すると、先程来たスーツ姿の若い男性がまた来る。

「これから一年このクラスの担任になる平岡ひらおかといいます。これから入学式が始まるので、廊下に出席番号順で並んでください」

体育館で入学式を長々とやった後、クラスでの自己紹介が始まった。

清羅きよら 愛七です。得意なことは料理です。好きなことは本を読むことです。一年間よろしくお願いします」

次々と進み、ある子の番になると僕は気づく。さっき階段でものを拾った子であることに。

よく見ると鮮やかな茶色の髪で、寝癖があちこちにありどこかゆるい感じ。

神董しんとう 翠翔すいとです。絵を描くことが好きです。よろしくお願いします」眠そうな声で言う。

中原なかはら 健也です。スポーツをするのが好きです。サッカーをするのが一番好きです。よろしくお願いします。」健也の番も終わり、

そして僕の番が近づく。近づくにつれて緊張してくる。人前で喋るのは得意ではない僕にとってはこの新生活あるあるの初めの自己紹介のはいつも緊張で手に汗をかいている。

 ついに出番がくる。注目が一気に集まり、いつものように僕は手にどっと汗をかく。

藤垣ふじがき 爽功です。映画を観たり、読書をするのが好きです。一年間よろしくお願いします」声は震えていたがなんとかやりきった。

 席に着くと一気に疲れが溢れ出し、その後の紹介は頭に入らなかった。

なんやかんやで初日の学校も終わり、「ただいま」

と真っ先にリビングのソファにバックをポイッと投げ、自分もソファにダイブする。

信じられないくらいの疲れが出た。「爽功、早くお風呂に入ってきな」このままここで寝てしまいたかったが、

「は~い入るよ」と言って全身におもりがつけられてるんじゃないかと思うぐらいに重い体を動かし、風呂に入る。ご飯を食べ、“明日もいい日になるといいな”と思いながらベッドで眠りについた。

 

 入学式からニ週間が経ち、学校にも慣れていろんな授業が本格的に始まった。

この日は体育で50m走をした。昔の僕なら、走ることも好きだったのに……そして、僕の番になる。「いちについて…よーい パン」スターターの合図で走り出す。

僕の走り方は自分でもわかるくらいぎこちなく、隣の子からどんどん離される。本当なら思いっきり走りたい。

でも…あの日のことが頭に浮かび、走れない。今では思いっきり走ることは出来ないし、走ってるときには周りから笑い声が聞こえて、僕のことを笑ってるのかわからないけど、僕のことを嘲笑ってるかのように聞こえてきて、逃げ出したくなった。

こんな惨めな姿を見られたくなかった。そのまま走りきり、喉が渇いたから水道で水を飲もうとしたとき、

「ねぇ爽功くん〜」と後ろから呼ばれ振り返ると、いつもクラスの中心の湧人ゆうとくんといつも湧人くんと一緒にいる寛輝ひろきくんがいた。

 二人はいたずらっぽくニヤけながら近づき、

「爽功くん、さっきの走り方めっちゃおもろかったよ。マジでw」と湧人。「爽功くんって足痛めてる?さっき走りながら、足ちょっと引きずってたし、それともただただ運動できないだけ?」と寛輝。

関わりのなかったニ人からいきなり話しかけられ、しかも僕が気にしていたことだったので何て言ったらいいか分からず、ただ嫌われたくなくて「うん、まぁちょっとね」と言って愛想笑いをし、濁す。

「まぁ、なんでもいいけどその引きずってる膝を大事にしなよ」と湧人は明らかに僕をバカにしたような声で言う。僕はうちに秘めている爆発しそうな怒りを必死で抑えた。

「体育祭で足引っ張んなよ。お前はお荷物なんだからw」と湧人に笑われ、僕は拳を強く握りしめどうにか感情を抑えようとする。なにか言い返したかったけど、結局なにも言い返せなかった。すると……

「おい!待てよ」と後ろを振り返ると、健也がいた。健也の眉は力んでいて今にも怒りが爆発しそうだった。

「なんだよ」となに事もなかったかのように湧人は振る舞う。「お前ら爽功に謝れよ。さっき、爽功にひどいことしたろ?」

「は?なんのこと?おれらが何したっていうんだよ」

「とぼけんなよ。爽功の走り方を笑って、"体育祭で足引っ張んなよ。お前はお荷物なんだから”とか爽功をバカにしたよな?聞いてたよ」といつもの優しい健也からはなかなか出ない鋭く相手を睨みつけるような口調でせまる。

「確かにこいつのことを笑ったよ。でもバカにはしてない。それにこいつ足遅いし、体育祭で足引っ張るに決まってんじゃん」と湧人も負けじと強い口調、そして棘のある目で睨んだ。

「健也くんには関係ないよね?」と毒のあるような声と冷ややかな目で寛輝。

 僕はなにもできず、惨めな現実を見たくなくて、目をそらす。

「たしかに爽功はお前らよりも遅かった。でも爽功は一生懸命やってた。お前らは確かに爽功のことをバカにしてたよ。それに俺には関係ないって言ってたけど、爽功は俺の親友だよ。爽功のことをまだ何も知らないやつが爽功のことバカにすんなよ!」

健也の手元を見ると、爪が手に食い込み、血が出そうなほどにギュッと握りしめている。

「それにこれいじめだよ?」

「は?わけわかんねぇし、笑っただけじゃん」と湧人。

もはやどっちとも手が出そうな雰囲気だった。

「ねぇ、湧人もうこれ以上こいつらにかまってもいいことないよ」と寛輝。

「わかった。どうもすいませんでした」とわざとらしく両手を顔の位置まで上げヒラヒラとさせ湧人は

 謝る。

「行こ」と最後に僕にとどめを刺すような棘のある目で睨みつけ去っていく。

「おい、待…」健也が湧人たちを引き留めようとしたとき、僕は健也の腕をつかみ、止めた。

「爽功…なんで?あんなのないだろ。悔しくないのか?」と言われ、僕は手を強く握りしめながら

「悔しいよ。あんなにバカにされて、自分でも何も言い返せなかったのが悔しいよ。でも僕には言い返す勇気がなかった。もうこれ以上、健也に僕のことで迷惑かけたくないし、言い返してくれたことだけで嬉しいよ」体が熱くなり、涙がこぼれないように手で拭う。

「迷惑なんて思ってないよ。それにもっと言わなきゃ、またいじめられるぞ?」

「僕が怪我を恐れて、しっかり走んなかったのが悪いし…それにもう揉めたくない」

健也はそれにやれやれというように首を振り

「爽功はさ、お人好しすぎなんだよ。どんなやつにも…でも自分のことをバカにするやつに優しくなんかしなくていいんだよ。 このことを先生に言おう。だってあきらかにいじめだし…」

「でも、先生に言ったらまた何か言われるかもしれないから…」僕は言いたいけどそれよりも言ったことであいつらがまたなんかしてくるほうが怖かった。

「でも…」と健也は抗議する。「いいんだ」僕は言った。

「そうか…でももしまたいじめられたらすぐ言えよ」健也は頼りある笑顔で言う。

「うん。健也、助けてくれてありがとう」

「親友なんだから当たり前だろ」

 自然と気持ちが軽くなり、暖かい気持ちになる。

でも、彼らの僕に対するいやがらせはなくならなかった


 あの日から僕に対する湧人たちのいやがらせがエスカレートしていく。机の中に“お荷物は調子乗るな!”と書かれた紙が入れられたり、だれも見てないところではゴミを投げつけられたりもした。

僕は逆らうことができず、親や友達、先生に助けを求められずにいた。しつこく悪口を言われもした。

僕に対するいじめに気づいているクラスメイトもいたかもしれないけど湧人はクラスの中心で誰も彼に逆らおうという者はいない。

つらいのに"つらい”と言えなかった。

 

 四月も終わりになり、湧人たちは僕とも一緒に帰るようになった。ときには帰り途中にある公園につれて行かれ、やりたい放題されひどい時は乱暴なことをされたりもした。

さすがにしつこくて「もうやめてください」と抵抗するが、まったく聞く耳を持ってくれず状況は変わらなかった。

五月になってもいじめはなくならず、今日もいつものように帰りには湧人と寛輝がついてきてこの日は公園でいじめられていた。そんなとき「何してるの?」と声が聞こえた。

声のした方には愛七がいた。「爽功に何してるの?」と湧人、寛輝に近づき僕の前に立つ。愛七の手は強く握りしめられていて、手は震えていた。

多少自分に危険が及んでも、怖くても友達や周りの人が困っていたら助ける。そんなところは幼稚園のときから変わらない。いつも誰にでも優しくて、正義感が強くみんなから好かれていた。

「いやー今日も楽しかったねー爽功」「また明日ねー」と言い、二人は足早にその場を去っていった。

「爽功、ちょっと座って話さない?」

 日も沈みかけ、古く青い塗料の剥げて、ボロボロのベンチは今の僕のこころを表しているかのようだった。

「もしかしてずっといじめられていたの?」と聞かれ、なんと言おうか迷ったが素直に「うん…ずっと」とここで初めていじめられていることを誰かに言えた。誰かに言うと、こころは軽くなり少し救われた気がした。

「なんで話してくれなかったの?」愛七はどこか寂しそうでどこかやるせない悔しさが言葉に滲んでいた。

「愛七に僕のことで迷惑をかけたくなかったんだ」

「迷惑なんて思ってないよ。爽功がいじめられてるのにそのことに関わることが迷惑なんて思わないよ」愛七は僕の目を見て言った。その目は真っすぐで、凛としていた。

「先生に言おう」と言われ、一瞬迷ったが愛七が「爽功は一人じゃないから。わたしもそばにいるから」その言葉で「うん」僕は言うことを決める。

もう一人じゃないし、愛七がいる。そう思うと前向きになれた。

「ねぇ爽功、初めて会ったときのこと覚えてる?」

「えっ?」と素っ頓狂な声が出てしまう。

「幼稚園のころのこと。もしかして忘れたの?」と愛七に軽く詰め寄られ、慌てて「いやいや、忘れてないよ。僕が…いやがらせをうけてて…助けてくれた…よね?」かすかに頭の片隅にあった記憶を思い出す。

「そう。あのときにも言ったけど、爽功のそばには私がいる。それに健也くんもいるでしょ?

 周りに助けてくれる人がいるんだから、これからは一人で抱え込まないで」愛七の声はやわらかて、優しい。まるで太陽のように暖かく、僕はそんな暖かさに包まれ肩に乗っていた重荷が落ちて解放されたような感覚と家に帰ってきたときの安堵感を感じた。

「じゃあね」「うん、ありがとう愛七」

「いつでも言って」と言って帰っていく愛七の背中がすごく頼もしくかった。

 少しの希望が生まれた……

 そんな矢先目の前の曲がり角を曲がった瞬間、驚きで体がかたまった。

 そこにはさっき帰ったはずの湧人、寛輝がいた。

「やぁ爽功くん、楽しかったかな?」と湧人。

「愛七ちゃんはほんとにいい子だな〜うらやましいよ」と寛輝。

「そうなるのも無理はないか。実はずっと隠れて聞いてたんだ〜」と片方の唇を上げ、ニヤリと湧人は笑う。悪い予感がし、僕はあわてて逃げ出す。しかし、「ダメだよ〜逃さない」と寛輝が噛みつくような目で僕を睨み腕を強く掴む。

 連れてこられたのは家の近くにある河川敷だった。水が流れてるところまで連れて行かれ「お前にはこんくらいがお似合いだよ!」と湧人に言われた瞬間……いきなりうしろから強く押され、バシャーンと音を立て倒れ、全身水浸し。二人は笑いながらその場を去っていく。

 去り際に湧人が「まじ死ね。消えろ。お前のことなんか誰も気にしてねぇし、見てねぇからw」と僕のこころにナイフを突き刺した。

そのとき僕のなかの何かが壊れた。そして僕は次の日から学校に行かなくなる。


 「爽功〜起きないと遅刻するよ」とお母さんの声で目を覚ます。いつもかける目覚まし時計はかけてなかった。昨日は全く眠れず…あのことが何度も頭をよぎり、こころをえぐった。

湧人たちに言われたことが頭に強く残っていた。なかなか起きなかったので、さすがにしびれを切らしたのか、トントンと階段を登ってくる音が聞こえる。

「爽功早く起きないと……調子わるいの?」

と聞かれ、考え抜いた後「うん。ちょっとおなか痛い」まったく痛くないが、どうしても学校には行きたくなかったから嘘をつく。

「そう。おとなしくしときなさい。落ち着いたら下でごはん食べればいいから」

本当は痛くないのに、お母さんのその優しさが僕に罪悪感を抱かせた。その日は部屋でゴロゴロしたり、本を読んで過ごした。

これからどうなるのかなと考えたが、考えれば考えるだけ憂鬱な気分になったので考えるのはやめた。

三,四時あたりに「爽功〜入るよ」とお母さんが部屋に入ってくる。お母さんが手紙のようなものを僕に渡した。

「これ愛七ちゃんから。爽功が今日来なかったから心配でわざわざ家まで来てくれたのよ。明日、しっかり感謝しときなさいよ。あんなに優しい子そうそういないんだから」「うん……」と応え、受け取る。

お母さんが去ってから手紙を開ける。手紙には、

“体調大丈夫?もしかして昨日、あのあとなんかあった?湧人たちにいじめられてない?すごく心配だよ。なにかできることあったら言って。私は爽功の味方だから”

手紙の上にポタポタとしずくが落ちて初めて自分が泣いていることに気づいた。言えばいいのかもしれないけど……いざ声に出そうとすると急に口が固く閉じて言えなくなる。そんな自分に腹がたつ。

 結局、次の日も行かなかった。その日の夕方、今度は健也から手紙をもらった。

手紙には “いじめられたんだろ?愛七からも聞いたよ。もしかしたらいじめが理由で来れてないって。なんで言わなかったの?って思うし、爽功に対して怒ってるよ…愛七も俺も。でも爽功はえらいよ。

 お前は悪くない、あいつら以外みんなそう思ってる。少し話そうよ。今週の土曜日、いつもの河川敷に四時に来て。待ってるから”

愛七と健也の優しさがいつも僕のこころに光を与えてくれる。しかしその後の二日間は結局学校には行けなかった。いじめのことも言えなかった。

学校に行かなくなって四日目にもなった朝には「また行かないの?そんな体調悪いなら病院行く?」とお母さんの口調も少しきつくなる。

僕がなにも言えずにいると「分かった。今日も休むのね。もういいわ」と言って部屋を出ていってしまう。僕のせいでお母さんにつらい思いをさせてることがつらかった。


 健也との約束の日、集合時間は午後四時。この日は運良く家には誰もいなかった。学校に行ってないなのに、どこかに行くなんてとてもじゃないけど言えない。久しぶりに外に出ると夕日の眩しさで目をチカチカさせる。湧人たちとばったり出会わないか心配だったが、無事出会わずにすんだ。

河川敷に行くともうすでに健也が一人で石を投げて待っていた。「健也」と声をかけると健也は振り向き「お、来た」と太陽のように明るい笑顔を見せる。それだけで僕は少し力をもらえた気がした。

「あそこに座って話そうぜ」芝生のところで座る。

「なぁ爽功……やっぱりなんかあったんだよな?」

予想はしていた。しっかり話すつもりでは来た。でもいざ聞かれると僕は応えられず黙り、うつむいてしまう。

今言えば、この状況から助かるかもしれない。

「まぁ爽功のことだし、爽功が今苦しければ苦しいと言ってほしいし…でもこれだけは覚えておいて、“爽功は一人じゃない" 味方は必ずいる。別に無理に俺に何があったか言わなくてもいい。爽功が心落ち着いた時に話してくれればいい。その時まで俺は待つし、その時になったら俺も一緒に戦う」

「ありがとう。健也」健也にそう言ってもらえるだけですごく勇気が出る。「あと、愛七にも気を遣えよ。愛七すごく爽功のこと心配してるから」

「うん」と応える。「それじゃあ帰るか」と健也。

「爽功と話せてよかったよ。爽功なら勝てるよ。早く戻ってこいよ」健也の目は力強く、でも包み込むような優しさもあった。

こんな僕にもしっかりと向き合ってくれる。それだけでうれしかった。

「ありがとう健也。がんばるよ」と僕も想いを伝える。それを聞いた健也は笑顔で手を振り、僕も振り返す。

最近、お母さんは外出することが多くなった。どこに行っているのかは気になっていたけど聞こうとまではしなかった。

そんなある夕方、いつも通り僕は部屋でゆっくりしてるとお母さんが一階から「爽功ちょっと来てー」と呼んだ。何かと思い下に降りると、いつもとは違う鮮やかなスカイブルーとホワイトの爽やかな正装姿だった。

気になり「どうしたの?」と聞く。するとお母さんは「明日、学校に行かない?」と言われた瞬間

ギュッと胸を締め付けられるような感覚に襲われた。「最近、お母さん外出することが多かったでしょ?実は学校に行ってたの。そこでスクールカウンセラーの人と話してたの………その人が爽功と直接話したいって、"爽功が学校にいけなくなった理由をしっかり聞きたいって。爽功は悪くない”その人がそう言うから、お母さんもその言葉を信じようと思って。爽功のことを信じようと思ったの」

それを聞いて胸が熱くなった。そのスクールカウンセラーの言葉がうれしかった。

「どう?行かない?」僕は悩んだ。これは僕にとって大きな機会だし、ここで言わなかったら一生言えないかもしれない………「うん。わかった行くよ」

僕はいまの僕を変えたかった。もう負けたくない。

強張っていたお母さんの表情はやわらかくなり

「爽功、頑張ろう。一緒に頑張ろう」お母さんがそう言って抱きしめる。すごく暖かくて、僕を大きな優しさで包んでくれた。


 放課後の応接室で待っていると……"コンコン”とドアを叩く音が聞こえ、「失礼します」と声が聞こえ、ドアが開いた。

入ってきたのは若く綺麗な女の人だった。うしろで髪を束ね、すごく優しそうな感じで話しやすい雰囲気の人だった。僕の向かいの席に座り「はじめまして。スクールカウンセラーの新井あらいです。よろしくね、爽功くん」ときれいな笑顔で言う。僕は小さく会釈をする。

 新井さんが「急なんだけど、じゃあ今日は爽功くんが学校にいけなくなった理由を聞きたいんだけど話せそう?」膝の上においている手は震え、緊張で固まってしまう。

それに気づいたのか「全部は話さなくてもいいし、嫌なら話さなくてもいい。でもね私もお母さんもなんで行けなくなったか知りたい。実はお母さんとは結構お話しをしてて、爽功くんが今、一番辛いと思う。だから、いま言うのがつらかったら言わなくていいし、また別の日に爽功くんのタイミングで言ってくれたらいい。その時は私もお母さんも全力でサポートするから」

隣に座るお母さんも「ひとりじゃないよ。

「実は…………」僕は決意し、口を開く。

僕はすべてのことを話した。体育の授業で一生懸命走ってるのに悪口を言われたり、バカにされたこと。その次の日からいじめられたこと。

そして河川敷であったこと、死ねや消えろ、など暴言を言われたり、ときには殴られたりもしたこと。

いじめ以上にこころをすごく傷けられて辛いこと。そのことを言いたかったけど言えなくて悔しかったこと。すべてを話した。

やっと話せた………話したくても話せなかったこと。話し終えたときには体中に汗をかいていた。

すると、「よく頑張ったよ。ごめんね気づけなくて。ごめん」横から母が抱きしめる。

お母さんの腕の中で気づくと「……うっ…う」と涙を流していた。新井さんも「よく頑張った。えらいよ。一緒に戦おう」と優しく力強い声で言う。

僕は変われた………ようやく…言えた。


 いじめられていたことを話した日から僕は自分でも少しずつ変わっていくのがわかった。

以前よりも物事に対して前向きになれてる気がした。いじめのことに関しては、六月の最初に担任の平岡先生と家で話すことになった。

平岡先生と話す日は新井さんは用件で来れず、お母さんと僕、平岡先生の三人で話すことになった。

「久しぶりだな、爽功。元気か?」と聞かれ、少し無神経じゃないかと思いながらも「はい。」と小さな声で応える。

「では、本題に入りましょうか?先生」とお母さんが普段にはないほど語気を強めて言った。

先生はお母さんの覇気に少し居竦んだように見えた。

「うちの爽功が相原さんと瑠河さんにいじめられたと言ってます。しかも、何度も……先生はどうご対処するおつもりですか?」

お母さんの言葉にははかりしれない程の怒りがこもっていた。

「私としては当事者同士が話し合って、解決したいと考えていて………」先生の声は驚くほどに震えていた。「僕は嫌です。」僕は絶対にいやだった。もうあの二人とは会いたくもなかったし、話したくもなかった。その気持ちを正直に伝えた。

その一言で先生もお母さんも僕に視線を向ける。「僕はあの二人にいじめ以上のことをされて、心を傷つけられました。そんな二人とはもう話したくないです」前の僕なら言えなかっただろう……でも今の僕は違う。ひとりじゃないとわかった、僕は変わったんだ。

「本人が嫌と言ってる以上この話は進まないでしょう。先生、しっかり対処してくださらないのであれば、こちらも学校に対して、何らかの訴えはしますから」「しかし………」「もう結構です」


 梅雨が明け、外ではセミが盛んに鳴くようになってきた。そんな小暑のある日「お母さん。僕、小説家を目指したい」お母さんが元小説家で、僕はサッカーをやめてから小説を読むことに夢中になり、

いつかは自分で小説を書いてみたいと思っていた。

これまでは自分に自信が持てず言えなかった。

「えぇーー急にどうしたの?そんなこと言って」

お母さんは少し恥ずかしそうな笑みを見せた。

「お母さんになんかアドバイスを聞こうと思って」「う〜ん……お母さんが書いてたときはとにかく楽しむことを一番大切にしてたかな。あんまりいいアドバイスはないけど、とにかくいっぱい書いてプロの人の作品をいっぱい読むことかな……まぁがんばれ。できたら見せてね」はにかむようにお母さんは笑って言う。

小説家を目指したいとは言ったが、数日はどんな小説を書こうかを考えていた。お母さんからは「爽功は空想することが好きでしょ?ならファンタジーものを書けばいいんじゃない?自分が想像した世界をそのまま作ってみたら?」とは言われた。

たしかに空想したりするのは好きだけど、どんなものを書けばいいかがよくわからなかった。

部屋の天井まで届きそうなほどに大きい本棚にあるのはお母さんの小説で埋め尽くされている。

お母さんのはファンタジーものや現代ドラマのジャンルの小説が多かった。

一つ思いついたのは、いじめを題材にした現代ドラマものだ。僕が経験したことを入れて、いじめられても仲間はいるし、決して一人では抱えこまないでほしい。そんなことを伝えたい。どうせ書くならみんなに届くような小説を書きたい。

僕のことなら書きやすいと思った。

 最近では蒸し暑くなり、家にいても汗がどっと出ることがあるようになった。

夏休み前日、夏休みの宿題を愛七と健也が持ってきてくれた。そのついでに家で遊ぶことにした。お母さんは「これから出かけるから三人で楽しんで」と言って出ていった。

「はい。これ、夏休みの宿題。しっかりやれよ?」少しいたずらっぽい表情と声で健也は僕に言う。

「はいはい。やりますよ」と僕は煩わしさを露わにして言う。そんな二人を見て、愛七はクスクスと笑う。「爽功なんか変わったね」と愛七が言う。

「そんなことないよ」と答えたが、内心ではうれしかった。変わったことを認めてくれた。

「よく言ったよ。いじめのこと」と健也ほっとしたように微笑んで言う。

「なんで知ってるの?」僕は目を丸くした。

まだこのことは愛七や健也には言ってなかった。「そりゃわかるよ。なぁ?」と愛七に確かめる。「うん。五月の終わりらへんから先生たちが慌ただしくなって、湧人と寛輝が毎日のように平岡先生やいろんな先生に呼ばれてたから、もしかしたら爽功がいじめられていたことを言えたんじゃないかって」「そっか」

「でもさ、ほんとは俺達にもっと早く言ってほしかったよ」と健也はどこか寂しそうな表情をした。

「そうだよ。爽功はいつも一人で抱え込むし。でも………よかった、すごく心配だったから」

愛七の表情には胸をなでおろしたような安心感がにじみ出ていた。

「ごめん。言えなくて」僕は二人の気持ちを知って、申し訳なくて謝る。近くで支えてくれた二人には申し訳なかった。「ううん。とにかく爽功が大丈夫ならそれでいい」と愛七。

「おれも。まぁ俺は爽功は絶対に負けないって信じてたからな」やったなという表情でニカッと笑い、ウインクをした。

このほっこりとした雰囲気のなかで幸せを僕は噛みしめた。

 夏休みが始まった。とはいえ毎日、宿題と小説を書く日々。宿題の方はまったく進まず、日々目の前にある巨大な壁を見ては絶望する毎日。

小説の方も壁に当たることもあり、"自分が楽しむ”このことを忘れずに書いていった。

書いてみてみると、すごく難しい。自分の考えている物語を文章に著して書くのがこれほどまでに難しいとは思っていなかった。

そんな感じで夏休みを過ごしていた。

「爽功ーご飯だよー」と言われ、小説に集中していた僕は現実に戻される。部屋の時計はちょうど7時を指していた。もうそんな時間かーと思いながら、

「はーい今行く」と応え下に降りる。

「小説は順調?」と聞かれ口に入っているものを飲み込んでから「うん、今のところは順調」と応える。「今日も3時くらいからずっとやってたの?」

と聞かれ、「そうなんだ」と応える。僕自身、あまり自覚がなかった。「そうなの?まぁ、爽功もお母さんに似て集中すると周りが見えなくなるタイプだしね」

「そうだね」と言い、ご飯を口にはこぶ。

「まぁ、頑張って」とお母さん。「うん」と僕はできる小説を想像しながら、応えた。

ある日、スクールカウンセラーの新井さんが家を訪ねてきた。新井さんは僕に最近何かあったかとか、夏休み明けからの学校をどうするかなどを訊きに来た。たしかに前よりも前向きになって、自分でも変わった感じはあった、けど学校に行くのはまだ抵抗があった。もしかしたらまたいじめられてしまうかもしれないという恐怖があった。

新井さんも「無理して学校に行かなくてもいいと思うから、少しずつ前に進んでいこう」と言ってくれた。学校に行けるなら行きたい。でもいじめられたらと思うとそんな不安が何度も頭をよぎり、行くのが怖くなる。

僕は「少し考えます」と言って考えることにした。

新井さんも「ゆっくりで構わないから、また話したくなったらいつでも教えて」と言ってくれたし、

お母さんも「まだゆっくり考えればいいよ」と言ってくれたので、少し気持ちが楽になった。

 

 そんな夏休みも足早に過ぎ去っていき、新秋が訪れていた。

「あ〜〜わけわかんない」頭をワシャワシャとかきむしる。“わかりやすく中一数学ワーク”を引き出しの奥にしまう。小腹が空きお菓子が欲しくなった。

「ちょっとコンビニ行ってくる」あまり財政的に豊かとは言えないが、腹が空いては何もできない。その後ならさっきのワークもできるだろう、そう自分に言い聞かせて出ていく。「いってらっしゃい。気をつけなね」とお母さん。

家から五分ほどの近くにあり小さいときから、お世話になっているコンビニだ。そんなコンビニで買い物を済ませて家に帰る途中、一人の人物が目に留まった。どこかでみたことある明るい茶色が目立つ髪色、寝癖がいつもつきまくってる髪型、明らかに翠翔くんだと思った。顔を見たくてじっと見てしまった。すると、向こうも僕がずっと見ていたことに気付いたらしく、こっちに歩いてくる。

変なふうにオドオドして、僕はとっさに目をそらし、気づかれないように下を向き、家に帰ろうとする。気づかれたらどうしようそんなことが頭をよぎる。反射的に拳を強くギュッと握りしめ、全身から汗が滝のように流れる。すれ違って声をかけられずホッと安堵したとき……「ねぇ爽功くんだよね?」声をかけられた。

気づかれてしまっては逃げるわけにはいかなくなり、顔を上げる。やはり翠翔くんだった。

「覚えてる?」と彼に訊かれ、食い気味に「うん。覚えてるよ」正直、僕は早めに話を切り上げて帰りたかった、もし嫌われていたらと考えるとたまらなくなった。しかし「ちょっと話したいことがあるから家に来ない?」と翠翔は言う。

断ったら嫌なイメージを持たれるかもしれない。そう思い、「うっ……うん」と味気悪い返事で応える。「俺の家はあそこ」彼が指さした方向を見た瞬間「えっ!」と驚きのあまり声が出る。

急に大きな声をあげたので、これには彼も「どうしたの?」と目を丸くしている。

彼の家は僕の家の真ん前だった。「おじゃましまーす」家に誰かいる気配もなく、少し変な雰囲気の家だった。壁にはいろんな絵画が飾られていて、何一つとして分かるものはなかった。

「翠翔くんはお母さんやお父さんは仕事?」気になり、訊く。「両親はフランスにいるんだ。画家としてね」「へーすごい。彼の両親は画家なんだ。両親がいないのはさびしいよね?」自分だったら多分両親がいない生活は耐えれないだろう。

「さびしくないと言ったら嘘になるけどでももう慣れたから」と少し表情がものさびしそうになる。「それにおばあちゃんもいるから大丈夫かな」と少し笑みもこぼれる。二階にある彼の部屋は絵の具や筆が床には散らばっていて、キャンバスも数え切れないほどたくさんあり、壁には埋め尽くされるほどたくさんの絵が飾られていた。

さすが画家の子だなと思いつつ、散らばってる絵の具や筆を踏まないようにする。

彼はソファに座り「爽功くんにはどうしても話したかったことがあって」彼が姿勢は正した。同時に僕も座り、背筋をのばし、空気が少し張り付く。

すると「ごめんなさい」急に彼に謝られ僕は困惑した。「え?なんのこと?なんで謝るの?」

翠翔くんとはほぼ接点はなかったのでなぜ謝るのか疑問に思った。

彼は険しい表情になり「……あんまり掘り返されたくはないと思うけど、四,五月のとき、君は相原くんたちにいじめられてたよね?」

なぜ知ってるの?と思いつつ、驚きを心の内に閉じ込める。僕にとっては思い出したくもない記憶。「……うん」自然と顔も下がってしまう。

「実は俺気付いていたんだ、君がいじめられていることに……でも俺はそのことを誰かに言わなかった。面倒事に首をつっこみたくなかったから。でも助けるべきだった、助けなきゃいけなかった。でも見て見ぬふりをした。ごめん爽功くん、謝って許されることじゃないことは分かってる……本当にごめん」深々と頭を下げ、彼は謝った。

僕はそんなに彼に背負わないでほしかった。

僕のことでつらいことを背負わせてたと思うと申し訳なかった。「顔を上げて」

今にも泣き崩れそうな彼に言う。「僕はそのとき変わらなかった。自分のことなのにいじめられてることを言えなかった、だから翠翔くんは悪くないよ。悪いのは湧人たちだけだよ」

前の僕ならこんなふうに言えなかっただろう。

「そういえば今日は学校あるよね?行ってないのはなんか理由あるの?」訊くべきじゃないと思いながらも、訊かずにはいられなかった。

「実は……君が学校に来なくなってから、いじめの標的は俺になったんだ。俺がいじめられてることに気付いている人もいたかもしれない、けど多分俺と同じように言えなかったんだ。まぁ自分のしたことがそのままかえってきただけだよ。それでもう学校に行くのが面倒くさくなって行かなくなった」それを聞いて僕は胸がグッと締め付けられたように痛くなったと同時にあいつらに対する怒りで、体が熱くなる。

「ああいうやつらってどこにでもいるし、あいつらにとっては人をバカにしたりするのが楽しいんだよ。でもあんなやつら将来真っ当な人間にはなれない。最近思うけどあんなやつらなんか気にしなくていいと思うし、無理に学校なんか行かなくてもいい気がする。だってたかが中学校のことなんだから」

いじめられたのにもかかわらず、割とすずしい表情なのはたかが学校という考えがあったからかもしれないと思った。もちろん彼は傷ついただろうし、苦しかっただろう、でも明らかに彼は強い。

周りの人の評価や言動に振り回される僕とは違い単純に“すごいな〜こういう人”になりたいと思った。

「じゃあね」「うん。今日は話せてよかった。また来てね爽功」

「うん、またね翠翔」呼び捨てで呼んでもらえた。友達になれた気がしてうれしかった。

 翠翔の家に行ってから僕は暇なときは翠翔の家に行って遊ぶことが多くなった。普段、翠翔は絵を描いていて、ずっと部屋に閉じこもることが多いらしい。彼はいつも「画家になるためにフランスに行きたい。絵を学びたい」と言って、ときどき僕に彼の両親が描いた絵をみせてくれた。

十月に入り、秋も深まり小説作りも佳境を迎え完成が近づいていた。そんななかで新井さんとも話す回数が増えてきた。二年生からどうするのかなどを話した。またその際のクラス分けについても話した。もちろん僕は湧人、寛輝とは違うクラスを求めた。新井さんもそれは最優先事項とするとともに、僕はそれに加え、愛七や健也、翠翔を同じクラスにしてほしいことも伝えた。

新井さんは「爽功くんが学校に行くのが楽しくなるように最善をつくすわ」と言ってくれた。


 十一月にもなると、晩秋が近づき夜の寒さが強まってきた。そして僕の小説も完成する。

“中学一年生の真奈美まなみは、明るく友達も多い普通の女の子だった。しかし、ある日を境にクラスの中心である美咲みさきに目をつけられ、いじめの標的になってしまう。毎日が恐怖と孤独に包まれ、学校に行くのが苦痛になっていく。

そんな中、真奈美は図書館で偶然出会った転校生の翔太しょうたと友達になる。翔太もまた、前の学校でいじめをうけていた過去を持っていた。

二人はお互いの傷を癒し合いながら、少し心を開いていく。二人はいじめに立ち向かうことを決意する……そのことがいじめの連鎖を断ち切り、二人の友情が困難を乗り越えていく”

この物語で作品名は“影の中の光”

「遠慮しなくていいからそのままの感想を教えて」「わかったわ」母に僕の初めての作品の評価を頼んだ。「う〜ん微妙かな」「微妙?」お母さんひ微妙と言われ、自分から遠慮なく評価してほしいと頼んだのだから仕方ないがズキンと胸にお母さんの評価が突き刺さった。

「物語のネタはいいと思うし、感情移入できる部分もあったからあとはキャラクター設定をもっと凝ったほうがいいかも。キャラクターにもっと魅力をもたせたり」

「そっか」明らかに落ち込んでいる僕を見て「まぁでも最初はみんなそんなもんよ。私もそうだったから、落ち込まなくていいわ」

「うん」

部屋に戻って自分の小説を読み直してみる。たしかにしっかり読んでみると、まだまだキャラクターの魅力がもの足りない感じだった。言われた通り、もっとキャラクター設定を充実させることにした。

 十二月になり、小説のキャラ設定も苦戦しながら進めていった。月迫になり、寒さが厳しいさを増していた。冬休みは愛七たちと遊ぼうと思っていたが

「わたしは無理かも家族で旅行に行くから……ごめん」「おれも無理かないろいろと忙しくて、わるいな」と愛七も健也も予定が合わず、翠翔も「ちょっとおばあちゃんと旅行に行ったりして、忙しいんだ。ごめん」予定があり、冬休みはいつもどおり家でぬくぬくと過ごした。

 そんなこんなで新年を迎え、冬休みも明けて大寒になり寒さが厳しくなっていた。そんなある日

「学校側と協議した結果、来年からのクラス編成について爽功くんの要求がすべて最優先事項として認められました」新井さんが二年生からのクラス編成の件で報告に来た。「それって?」と僕は信じられずに本当なのかと確かめる。

新井さんは柔和な笑顔で「そう。相原くんと瑠河くんとは別のクラスであること、清羅さんと中原くんと同じクラスにしてもらえるってことです」言う。

僕は安堵で目から涙が溢れ出る。ようやくという思いだった。お母さんも「爽功、やったね。よく頑張ったよ」と言って、僕を優しく抱きしめる。

落ち着いたところで、僕は一つ疑問に思い新井さんに訊く。「新井さん、そういえば翠翔くんとは同じクラスにはなれないんですか?」同じクラスになるのは愛七と健也だと言っていた。

少し嫌な予感はした。そしてその不安は的中する。「実は……神董くんは二年生からはフランスに行くことになったそうなの。」

それを聞いて、頭を強く殴られたような強い衝撃が走った。僕は一瞬なにを言ってるのかわからなかった。「フランスに行くってなんで?」と口にした瞬間、“画家になるためにフランスに行きたい。絵を学びたい”と言っていたことを思い出した。

「神董くんが絵の勉強に行きたいらしくて、両親もそれに同意したんだって」 

「そう…なんですか……」信じられずに気持ちの整理がつかなかった。新井さんが帰ってから僕は翠翔の家を訪ねた。“ピンポーン”インターホンを鳴らす。すると少しして翠翔が出てきた。「爽功じゃん、どしたの?」と翠翔はいつものようにでてきた。「二年生からフランスに行くって本当?」僕は食い気味になって訊いた。

目を丸くし、"なぜ知ってるの?”という顔をした。

「スクールカウンセラーの人が言ってたんだよ。僕のいじめの件で来てくれてる人に」

彼はうつむき口を閉じたまましゃべらない。

数秒の沈黙があった後「言ってなくてごめん……いつか言おうと思ってたんだけど、つらくて言えなかった」「僕は早く言ってほしかったよ」棘のある口調になってしまう。こんなこと言うべきじゃないと思ったけど、もちろん翠翔がつらいのはわかってた、でも僕は言ってほしかった。もっと早く知りたかった。

「ごめん……家で話さない?」と言われ迷わず「うん」と応える。

家の中は以前よりも物が減っていて、リビングにはサイドテーブルと木製の椅子が二個あるだけで、寂しい感じになっていた。同時に、もうそろそろ翠翔が行ってしまうことも分かった。

「入学式の日覚えてる?」急にそんなことを言われ、「えっ?」と声が出る。

「階段で俺の落としたもの拾ってくれただろう?」そこまで言われてようやく気づくあの日のことが想起された。「うん」「その時俺は君の優しさに救われたんだ。新しい環境の中で緊張してて、小学校では友達ができなかったから……なおさら不安で」

「そうだったんだ」「でも君の優しさが俺を前に進ませてくれた。今もこうして一緒に遊べてることがうれしいよ………だから君とのお別れが辛くて言えなかった、ごめん」

「謝らないで。僕も君と友達になれてよかったよ。画家になるために行くんでしょ?フランスに。がんばって」本当は別れたくなかったけど、でも素直に翠翔を応援したい気持ちが強かった。

「ありがとう爽功」「こちらこそありがとう翠翔」

「ねぇ、ちょっとコンビニ行かない?」お菓子が食べたくなり、翠翔を誘う。「いや、いいかな。実はさっき行ったばかりだから。家で待ってるよ」

しかし、怪しい影が爽功に近づいていた………

「僕は買い物を済ませて店を出た瞬間、まるで石像のように僕は固まった。

「やぁ爽功くん。久しぶりだね」と湧人片方の唇を上げ不気味にニヤリと笑う。となりには寛輝もいた。なんで?なんでいるの?恐怖で震える。

「偶然さちょうど二人で遊んでて帰ろうとしたら、お前を見つけたんだよ」次の瞬間、「うぐっ」湧人に胸ぐらを掴まれる。「お前のせいで俺らは面倒な目にあったんだよ。」力が強まり、「うっ……うう……離せ!!」勢いよく体を振り、僕は湧人の腕に強く噛みつき。「痛って、何すんだよ!」

湧人は僕を離す。「もう君らのいいなりにはならない!」「誰が誰のいいなりにならないって?」湧人が顔を真っ赤にして詰め寄る。「もう僕は負けない!」今まで怖くて、湧人たちに何をされても何も言い返したりしなかった。怖いから、嫌われたくないからという理由で逃げてただけだった。

違うことを「違う」と嫌なことを「嫌だ」と言いたい。もう湧人たちを怖がって、いいなりになりたくない。「生意気なんだよ!」寛輝が言う。

「何も生意気じゃないよ。僕のことをさんざんバカにして、いじめ以上のことをして……

僕がどれだけ辛かったかわかる?僕は絶対に君たちを許さない」気づくと、僕は泣いていた。今度はしっかり寛輝の目を見て、自分の想いを訴えた。

「やっぱり、おまえはうざい。すごく癪に障るし、

すごく邪魔。おまえが一番嫌い……」

次の瞬間、“ボグッ”気づくと地面に倒れていた。

口元に強い痛みがはしる。それで初めて殴られたことに気づいた。痛みで立ち上がれない。

「ちょうど、誰も見てない。誰もおまえが殴られたことに気づかない。じゃあね爽功……」そのとき

「何してるの?」素早く僕をかばうように湧人の前に立った。声を聞いた瞬間に愛七だと気づいた。

「また爽功のことをいじめてるの?」愛七は語気を強める。「は?おまえには関係ないだろ!どっか行けよ!」

湧人の表情は今にも噴火しそうな火山のように赤くなっていた。「関係あるよ。だって爽功はわたしの……大切な人だもん」愛七の強く握りしめられた手は震えていた。僕が守らなきゃいけなかったが、痛みで立ち上がろうともがくのが精一杯だった。

「帰って!!爽功に関わらないで!」

「は?ふざけんなよ、おまえらが……」「湧人、帰ろう」寛輝が湧人の言葉を遮る。

「だめだ帰ろう。このままじゃ……」「何?もしかしてビビってんの?」必死に腕を掴み、説得する寛輝の腕を湧人は強く振り払った。

「違う!もし他のだれかに見つかったら、また面倒くさくなる。だから…」「ビビってんじゃん。おまえ何?なんなんだよ!おまえなんか」

「もういい。今までずっと一緒にお前といた俺がバカだった。殴るとかやりすぎ」寛輝は去っていく。

今まで、見せたことない二人の姿だった。

「おい!待てよ!」湧人は寛輝を追いかけて行った。

「助かった」一気に力が抜け、座り込む。

「爽功、血が出てる」「えっ!」愛七はハンカチで僕の口元を優しく拭く。あまりの近さに、顔が赤くなったのがわかるくらいに照れて、慌てる。

「あっ…もう大丈夫」「だめよ、手当してあげるから家に来て」断ろうとしたが、無理矢理連れていかれた。

「はい。これで大丈夫」「ありがとう。愛七に助けてもらってばかりだな」愛七には本当に感謝しきれないほど、お世話になった。

「いいからそんなこと。爽功のそばにはわたしがいるから」そういえば、さっきの“爽功はわたしの……大切な人だもん”この言葉を思い出す。

これって僕の好きってこと?聞いてみたいが流石にそれを聞けるほどの勇気はなかった。でもそれなら嬉しい。

「また来てね」「うん」さっきの言葉のせいか愛七の笑顔が、いつもよりも魅力的に見えた。


 あれから一ヶ月ほどが経ち、湧人達には重い処分が下ったらしい。そんなことは正直、気にしてなかった。あの一件で僕は本当の意味で変われた。そのことが一番うれしかった。

春寒を迎え少し肌寒ざむさが残っていた。

翠翔が家に遊びに来た。「ヤッホー」

「てか爽功の部屋きれいだな〜」「え、そう?それほどでもないんじゃない?」

そう自分で言いながらもまぁ確かに翠翔の部屋よりはきれいだなと思った。

「てか前から気になってたんだけど、膝怪我したことあるの?」まだ愛七や健也以外の友達には話してないことを聞かれ、少し虚をつかれた格好にはなった。「実は……小学校の時、サッカーをやってたんだ。それである試合でボールを追いかけて思いっきり走ろうとしたら、急に右の膝が痛くて立ち上がれなくなった。病院に行ったら右膝前十字靭帯断裂って言われて、サッカー選手にとって大きな怪我だったんだ。もちろんリハビリとか頑張れば、復帰したかもしれない。でも、僕はそれがトラウマで運動自体が怖くなったんだ」

あの日のことがフラッシュバックされる。痛みで立ち上がれず、痛い、痛いとただひたすらに訴えていた。「もうその怪我は治ったの?」「まぁ一応治ったは治った。」

「そっか」

少しの静寂の後「また、サッカーしてみたら?」

そんなことを言われるとは思ってなくて僕は不意をつかれたように驚きで固まった。

「でも、もうできないよ。全然やってないし……」「少しやってみたらいいじゃん」

「なんで?僕が抱えてきた痛みや辛さも知らないのに・・・僕だってやりたかったよ!翠翔にはわかんないだろ?」何も知らない翠翔に無責任なことを言われ、少し頭にきて強くあたってしまう。

「ごめん……でも爽功ならできると思ったんだ。俺は爽功と出会って変われた。すごいとずっと思っていた爽功だからできると思ったんだ。でもさっきの発言は無神経だった、ごめん」と彼に謝られ、僕も我に返る。「ごめん、僕も言い過ぎたよ。ありがとう。挑戦してみるよ」満面の笑みで応える。

「そういえば、翠翔はいつフランスに行くの?」

翠翔の顔が曇る。「それが……明日なんだ」「そう……なんだ」無慈悲にも一気に夢のような楽しい時間から現実に戻された。

「最後に君に会いたくて来たんだ。爽功と出会えて本当によかった」

「うん、僕も翠翔に出会えてよかった。フランスでもがんばって。応援してる」翠翔の目には光るものが浮かんでた。

「頑張ってね翠翔」「爽功もね」翠翔と熱い抱擁を交わす。本当に行ってしまうんだ。まるで夢かと思うがそんなことはない。

悲しさで顔がクシャッと崩れる。「そんな顔しないでよ。画家になって戻って来るから……必ず」

翠翔の目はキラキラしていて、希望にあふれていた。僕は涙をこらえ笑顔で送り出す。「じゃあね」「翠翔くんいろいろありがとね。爽功といっぱい遊んでくれてありがとう」いつの間にかお母さんも隣で見送りに来ていた。

「はい。」お母さんに一礼し、僕の方を向いて「じゃあね爽功」と言い、家を出る。

僕も笑顔で「じゃあね翠翔」

翠翔は爽功の笑顔をみて安心したホッとした表情を浮かべ、帰っていった。


 四月七日

「おはようー」「おはようー爽功。ご飯できるから顔洗ってきなさい」

「はーい」顔を洗い、鏡に映る自分を見て、「今日もいい日だ」とつぶやく。

「いただきます」「そういえばさ、小説どうなったの?」お母さんに聞かれ、「完成したよ。部屋の机の上にあるから学校に行っている間に読んでみて、きっとおもしろいから」と応える。

「わかった。読んどくわ」「あとさ、僕サッカーもまたちょっとやってみたいと思うんだ」それを聞いたお母さんは最初ビックリした表情をしていたが、優しく包み込むような笑顔を浮かべ「うん、なんでもやってみなさい。爽功ならうまくいくよ」

「うん」笑顔で応える。

「じゃあ行ってくるね」と笑顔で言う。「行ってらっしゃい。何かあったら帰ってきていいから」

「うん」

学校に行く………不安や緊張はないわけじゃない。でももう一人じゃないと分かって僕は変われた。

「おはよう〜爽功」「おはよう愛七」愛七を見た瞬間に違和感に気づいた。「愛七、髪…」

「そうなの……ポニーテールにしてみたんだ。似合ってるかな?」と頬を赤らめる。

「うん、すごく似合ってるよ。すごく」

「ありがとう。嬉しい」柔らかく、きれいな笑顔につい見とれてしまう。「どうしたの?」愛七がそれに気づく。僕はあわてて「なんでもないよ。行こっか」と何もないように振る舞う。桜舞う道を歩いていく。

新しい夢も見つかった。僕はひとりじゃない。

仲間も……好きな人もいる。

すごく幸せだ。前を向いて歩き出していく。

この日の太陽のように明るく希望であふれる

僕の信じる僕の未来へ歩き出していく。
























































 


 





















































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