セミが鳴く
@u171313a
第1話
目を覚ますと、不機嫌そうな顔の先生と一瞬目が合った。しかしすぐに先生は黒板を見て話しだしたので、もう一度目を閉じた。次に目を開いたのは休み時間だった。ケイタは生物の授業ではほとんど寝ている。起きていたとしてもなにか別のことを考えていたりしていて先生の話は特に聞いていなかった。これは生物の授業に限ったことで、数学や英語など、別の教科のときには他の生徒と変わらないように授業を受けている。
「すごい堂々と寝てたな、ケイタ、先生何回もお前のこと見てたぞ。」
シュンがこっちに寄ってきて言った。シュンはケイタの一番の友人で、休み時間はよくふたりで話していた。
「今日の授業は何をやってたの?」
「生物の多様性がどうとか言ってたよ。虫の写真いっぱい見せられてちょっと気持ち悪かった。」
ケイタは寝ていて良かったと思った。ケイタは昆虫は好きではない。
その日の帰り道、二人はいつものように一緒に帰っていた。ジリジリと太陽が二人を照りつけていた。
「成績やばいかな。今度のノート提出のときには写させてくれよ。」ケイタが言った。
それを聞いてシュンは苦い顔をしたが、なんとか承諾してくれた。
「なんでオレって生物の授業だけ寝ちゃうのかな。あの先生のせいか?」
「先生のせいにするなよ。ただ興味がないだけだと思うけど。」
興味がないから、好きじゃないから寝てしまうのだろうか。謎は解決しないまま二人は駅で別れた。二人は学校の最寄り駅から別の方向の電車に乗って帰る。
電車の椅子に座りながら、ケイタは昆虫が好きだった昔のことを思い出していた。
小学6年生までは、ケイタは現在とは違い自然豊かな田舎で暮らしていた。放課後には毎日友達と森や公園に行き、カブトムシやクワガタ、バッタ、チョウ、セミ…などなど目につく昆虫を追いかけ、網を振り回して遊んでいた。そこで捕まえた様々な虫たちを家の大きな虫かごで育て、家で眺めるのがケイタの好きな時間だった。しかし、中学生になると同時に都会に引っ越すと、前まで追いかけていた虫を目にする機会が減り、遊ぶ時間が減ったということも重なり、昆虫についてなにか考えることは殆どなくなっていた。そしていつしか、それを見ると気持ち悪いと思うようになった。
ケイタは10分ほどで電車を降り、徒歩で家へ向かった。その道中、小さな公園があり、ケイタは日陰で休憩しようと大きなケヤキの木の下に入った。
「ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリ」
「ミーンミンミンミーンミンミンミーンミンミンミンミー」
少し耳を澄ますと何種類かの声が聞こえてきた。セミは引っ越したあともよく見かける。騒音の中で水分を取り、少し休めたのでケイタはまた家へ歩いた。
家の目の前に来て、門を開けようとすると、その門の手前でセミが仰向けになっていた。ケイタは小さくない不快感を感じ、この死体を遠くに蹴り飛ばしたいと思った。しかし自分の靴にセミの破片が付くのを考えると、それもさらに不快に感じるものだったので木の棒を持ってきてこれを動かすことにした。あたりを見渡しても太く強そうな枝はなく、頼りない細い枝で戦うことにした。覚悟を決めてセミを払おうとした瞬間、
「ジジジジジッ゙ッ゙」と音を立てて暴れ出した。
ケイタは予想外の出来事に一瞬心臓が飛び出そうになった。セミは不安定に飛び、隣の家の木の中に入った。ケイタは激しい嫌悪感を感じながら家へ入っていった。
その日の夜、ケイタはまだ少しセミに対する不快感を感じたまま眠りについた。
ケイタがゆっくりと目を覚ますと何故か木登りをしている光景だった。しかもかなり高い所にいて、降りるのが怖い。ケイタはパニックになりながらもすぐに木から降りようと思い、覚悟を決めて飛び降りようとした。すると、自分の背中がバタバタと動き出し、少し空を飛んだ。そして一瞬飛んで、地面に落ちた。ケイタは何が起こったのか分からなかった。血が出ていないか確かめようと自分の腕を見ると、焦げ茶色の爪楊枝のようだった。混乱して自分の体をよく見ると、ケイタは自分がセミになっていることに気がついた。混乱と焦りで理由がわからなくなったが、しばらくして、これは夢なんだろうと思った。今日の家の前の出来事から、セミが頭の片隅にずっといたので、悪い夢として出てきたのだろう、と思った。
ケイタは自由に飛び回ることができた。セミの気分で探検してみようと、木の枝が入り組んだ大きな木の上へと登っていった。たくさんのセミが鳴いていた。
「ジリジリジリジリジリジリ」
いつもより近くで聞くセミの声はたくましく、迫力満点だった。そういえば、なんで鳴いているんだろう、ケイタは気になって鳴いているセミに聞いてみることにした。話せるのかどうかは分からないがとりあえず話してみる。
「なんでそんなに大きな声で鳴いているの?」
「なんでって…大きな声でアピールしないと女子に気づいてもらえないし、卵も産んでもらえないだろ?」と大きなセミが答えた。普通に会話できたことにケイタは驚いた。
「女子にアピールするためなの?」
「当たり前だろ、ようやく地上に出られたんだから。俺はここにいるんだ、って大きな声で叫ぶんだ。」
「そうなんだ…」ケイタは少し驚いた。
そしてメスのセミは鳴かないということを知り、すこし学んだ気持ちになった。いつもならセミは見るだけで嫌になるが、今は自分がなっているということもあり、気持ち悪くは感じなかった。むしろちょっとだけ楽しく感じた。もし小学校の頃の自分だったらどれほど嬉しかっただろうか。
ケイタはまた空を飛び、他の木へと移った。そこでは、メスのセミが産卵していた。メスのセミは枯れ木に管のようなものを刺して卵を産み付け、1年後そこで孵化した幼虫は自分で土を掘って潜っていくらしい。もし人間のケイタがこの瞬間を見たら、おそらく気絶するほど気持ち悪くなって木を蹴っていたかもしれない。しかし、セミのケイタは生き物が命をつないでいっていることはすごいことだ、ということを感じた。そしてケイタはなんだか誇らしい気持ちになって元いた木に戻っていった。
さっき話したあの大きなセミともっと話したいと思い、彼を探した。しかし、木のどこを探しても立派に鳴いている彼の姿は見つからなかった。他のセミに聞いてみようと思い、ケイタは声をかけた。
「さっきまでここにいた大きなセミがどこに言ったか知らない?」
「えーと…下…」葉っぱにつかまっているセミが答えた。
ケイタが下を向くと、あの大きなセミが仰向けになっているのが見えた。慌てて近づくと、そのセミは仰向けになって、足を閉じて倒れていた。ケイタが声をかけても、そのセミが応えることはなかった。ケイタはとても悲しい気持ちになった。
「さっきまであんなに元気そうに鳴いていたのに…」
セミが地中から出てきて地上で生活するのは2,3週間程らしい。その間に必死に声を出してなんとか命をつなげようとしていると思うと、自分も鳴かずにはいられなくなってきた。
ケイタは、今自分が夢の中にいるということは忘れて
「ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリ」と大声で鳴き出した。
無我夢中で、必死に鳴き続けた。
「ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリ」
「ジリリリリリリリリリリリリリリリリリ」大きな目覚まし時計の音でケイタは目を覚ました。
夢で見た出来事はケイタの頭によく残っていた。落ち着かない感じだったが、いつも通り朝ご飯を食べ準備をして学校に向かった。昨日木の下で休んだ公園では相変わらずセミは元気に鳴いていた。みんなが「オレはここにいるぞ!」と叫んでいると考えると、その声はうるさく感じず、もっと聞きたい気持ちになっていた。
電車に乗り、駅で降りるとシュンが待っていた。
「おはよう」
「おはよう!!!」ケイタは元気に挨拶をした。
「何だ今日は元気がいいな。」
シュンは少し笑って二人は歩き出した。学校までの道のりでケイタはシュンと会話をしていてもその内容が頭に入ってこなかった。
学校にはたくさんの大きな木があってセミは大合唱をしていた。そこに加わるようにケイタは
「ジリジリジリ」と言った。
「え?どうしたんだ?」
シュンに困惑されたが、ケイタは木に掴まるセミたちから目が話せなかった。ケイタは、彼らのように自分らしく、一生懸命生きていこうと思った。
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