12

 吉原。

 遊女たちが支度をしながら話している。


甘木 如雨露の話、聞きました?

夕霧 百尋のことだろう?それから五助。

藤城 あの二人がどうかしたのかい?

甘木 身請けされたみたいですよ。

藤城 二人とも?

夕霧 百尋だけ。五助は故郷に帰ったって。

藤城 へえ?随分急な話だね。

甘木 私も、最近知って驚いたんです。

藤城 で?身請け先は?

夕霧 九十さんだよ、藤城姉様。

藤城 あぁ、やっぱり。道理で見ないわけだ。

甘木 かなりご執心でしたからね。

夕霧 本当に。可哀想。

甘木 どうしてですか?

藤城 身請けされたからって自由になったわけじゃないんだよ。特に、百尋の相手はあの人だからね。囲われる場所が茶屋かあの人の家かの違いだよ。

夕霧 離れられない分、余計に辛いかもね。

甘木 なら、どうして百尋さんは身請けされたんですか?そうなることはわかってた

はずなのに。

夕霧 それがさ、九十さん、いつも十両ツケで百尋を買ってただろう?でも、その十

両分はとっくに身請け金として旦那に払ってたんだって。

甘木 え?それって…。

藤城 あの子は結局、二匹の蜘蛛に囚われた蝶だったんだね。しかも最初から。

夕霧 たちが悪いのは、逃げようともがけばもがくほど絡みついてくる糸だったってことだよ。私らにとっても他人事じゃないから。

甘木 そう聞くと、小日向さんみたいな人って、稀なんですね。

藤城 あの子は運が良いよ。自分も好いた相手に身請けされたんだから。

甘木 例えここから出られても、その先でも永遠に夢を見せ続けなきゃいけないなんて、私には出来ないな…。

夕霧 誰だってそうだよ。夢は覚めるから見ていられるんだ。

藤城 まあ、だから何度も見に来るんだろうけどね。

甘木 だったら、私たちの夢は誰が見せてくれるんですか?

藤城 夢を見るもんじゃないよ。見たって悲しいだけ。

甘木 そんなこと言わないでくださいよ。私、ここから出たらやりたいことがあるんです。

夕霧 へえ?

甘木 聞きたいですか?

藤城 別に。

甘木 ちょっと!

夕霧 良いじゃない、姉様。私は聞きたいよ。

甘木 私、栗きんとんを食べるのが夢なんです。お腹いっぱい。

藤城 …。

夕霧 ふっ…くくっ…そう、それがあんたの夢?

甘木 何で笑ってるんですか!?

夕霧 ふふっ、いや、そんなに好きなのかい?栗きんとん。

甘木 私、あれ大好きなんです。前にお客さんが持ってきてくれて、もう舌がとろけるかと思いました。

藤城 …悪かったね、甘木。

甘木 え?

藤城 それだったら、わっちにも夢があるよ。

夕霧 姉様の夢?

甘木 何ですか?

藤城 落雁を飽きるくらい食べたい。

甘木 え、落雁?

夕霧 姉様、落雁好きなんだ…。

藤城 何だい?美味しいじゃないか。

甘木 うーん、私は、ちょっと…。

夕霧 大人の味、だからね。

藤城 それはわっちが年増だって言いたいのかい?

夕霧 いやいや、そんなこと…。

藤城 まあ、良いけど。夕霧、あんたも何かないのかい?

夕霧 私?私は、白米に豚の角煮かな。

甘木 ご飯じゃないですか!

夕霧 良いだろう?私は菓子より米が好きなんだよ。

藤城 わっちは米より蕎麦が好きだねえ。

甘木 姉様まで!

夕霧 蕎麦なら山菜がいいな。

藤城 良いねえ、山菜蕎麦。

夕霧 あ、でもざる蕎麦も捨てがたい。

藤城 随分渋い趣味だねえ、あんたは。

甘木 もう…何だかお腹が空きました。

藤城 お腹いっぱいご飯を食べるってのを夢にしたら解決だね。

甘木 夢じゃなくて今食べたいんですけど、そうですね。それを夢にすれば、いろんなものがたくさん食べられそうですもんね。

夕霧 結局、あんたも色気より食い気じゃないか。

甘木 背に腹はかえられません。でも、やっぱり落雁は一口で飽きると思います。

藤城 何とでもお言いよ。わっちはいくらでも食べられるから。

甘木 拗ねないでください、姉様。

夕霧 私に言わせりゃ、あんたの栗きんとんもすぐに飽きると思うけどね。

甘木 栗きんとんは飽きません。ずっと食べていられます。

藤城 ほら、夢は十分見ただろう?今度は夢を見せる番だよ。

甘木 はぁい。

夕霧 はいはい。さて、今日は誰が来るんだっけね。


三人、出て行く。

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日陰に幻 チヌ @sassa0726

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