第19話 欲望は果てなく、泥の様に溢れよ


 その日、私がいつもの様に仕事をしていると、スラムの臭くて汚らしい餓鬼共が商品を売りに来た等と騒いでいた。


 何を馬鹿なと、どうせ貴様たちの様に汚らしく役に立たない奴隷でも見つけてきたのだろう。ここには高貴な方も訪れる事がある場所だ、餓鬼に構っている暇などないと、店番を任せていた男に命じると、そやつが慌てたように私に進言するのだ。


 ―あれは手に入れておくべきものです。


 何を馬鹿な、まさか魔術でも使える奴隷でも拾ってきたとでもいうのか? それならば魔術を使える奴隷を欲しがる奴は多い、二束三文でも払って追い払うのもいいだろう等と考えていたが・・・


 実物を見た瞬間、私の心は奪われてしまった。


 この世界に貴族の令嬢すら芋の様に見えてしまう存在がそこにあった。


 女神トリーティアが現実に存在していたとすればまさにこのような姿なのではないだろうか。言葉で表す事も憚られるような存在がそこにいたのだ。


 大捕り物をしたかのように偉そうにしている数匹の餓鬼ががんじがらめにして。


 【私の女神に何を】と一瞬で自分が激昂したのが分かる。


 彼女に汚らしい手で触れるな、私は部下に命令して女は最低奴隷として売りさばき、男は痛めつけて捨てる事に決定した。生かして返したのは曲がりなりにも私の前に女神を連れてきたからだ。


 本来ならば私の部屋に案内し、その全てを味わいたい。


 だが奴隷商人の長たる私が欲望のままに動く訳にはいかない、憤懣やるかたない思いを抱えながらも一応は奴隷として扱い、後で回収する事を考えた。


 女神はとてもおとなしく、ただ私を見ている。


 あぁ、女神よ安心するといい、私が貴方を助け、私が地上に落ちた貴方に愛を与えよう。





 ※





 たった一日、その一日がこれほど待ち遠しい事はなかった。


 部下に命じ、彼女を我が商会で最高級の檻に収監してもらう。周りには最高級奴隷として扱い、貴族等に卸すと伝えてあるが、そのつもりはない。


 そんな事せずとも自分の物にすればいいと思うかもしれないが、奴隷証がない人間は奴隷として扱われないのだ。そんな存在を好き勝手にしていると知られれば私の地位が地に堕ちる。それでなくてもこのような仕事をしている以上敵は多く、部下にも信用置けるものはほとんど存在しない。


 なにせ下に行けば行くほどただのチンピラばかり、信用する事すら馬鹿らしい。金さえ与えて最低限仕事するならそれでいい奴ばかりだ。上に居る奴は逆に私の地位を狙う物ばかり、私が奴隷でもない人間を飼っているなど知られてしまえば、特に貴族や同業者に流されれば私は終わる。


 故に、彼女はこのまま一度奴隷に落とし、伝手を使って売らせ、後で私が回収するという迂遠な手段を取らなくてはならない。


 だがその前に・・・彼女を私に忠実になってもらわなくてはならないだろう。


 彼女には私が用意させた奴隷としては最高級の食事を与えた。


 勿論ただの食事ではない。中には【窶れ虫】や様々な淫毒、精神を酩酊させるものなどを多量に含ませた食事だ。これだけ与えれば精神的に私に隷属し、虫による寄生で私の命令以外は聞かなくなる。常に発情し、私に愛を求める様になる。


 同時に精神的は狂うかもしれないが、肉体的には回復剤や寄生虫の宿主を活かす効果により、長い間とても永い間その姿を維持させる事が出来るという副作用もある。これにより私の女神はいつまでも若々しく、そして美しく、だが堕落し私への愛に溺れるだけの存在になってくれるだろう。


 即効性はないが、全てが終わり彼女を私が裏で買い戻すころには彼女という存在は完成し、私の愛に応えてくれるだろう。


 今からそれがとても楽しみだ。


 そう思っていた、


 そう思っていたのだ。


 何が起きている?


 周りの部下が何もできずに死んでいく。


 私の店で一番腕の立つ男が、ほんの数回剣を交えただけで頭から両断された。


 ある程度信用のおける部下が、上半身だけになって死んでいる。


 女神を待つ間の暇つぶしにと、薬を与えて壊し弄んだスラムの娘が巻き添えで檻から弾き飛ばされているのが見えた。既に壊れている為、動く事もなくただ微かに震えているだけ。部下の一人がそれを盾にしようとしていたが、構わず殺された。


 ここは私の店だ。


 かなり違法な事をしているが、貴族とのパイプがある以上迂闊な事は出来ない筈なのに、ここから見える男達は意にも介さずに周りを蹂躙していく。


「き、貴様等! 俺達のバックには――ぎょえええええええええええええ!?」


 震えながらも気炎を吐いた部下が頭を叩き潰されて死んだ。


 人間の頭部位はあるメイスが血と脳漿で汚れている。それを握っているのは明らかに化け物と言わんばかりの人間の男。だが、何故か少しだけ焦っているような表情が見て取れた。


「ここに捕まえている少女を解放させてもらう、言っておくが・・・多少はお前達の為でもあったんだぞ? 俺に殺される程度で済むんだからな」


 何を気の狂った事を、殺される方がマシだという意味が理解・・・


  




 最後に考えられたのはそんなどうでもいい事だった――――















 そして、これから私達は永遠の苦しみを味わう事になる。


 女神を汚そうとした罪によって。





―我等・・・いや、どうでもよい


―貴様はやってはならぬことをした


―未来永劫・・・果てることなく、終わりを迎えることなく


―腐れ


―爛れ


―汚れ


―這いずりまわれ




──────────────────────────────────────

【汚泥の粘体】

凄まじい臭気と血の臭いを発するゲル状の肉塊。

それは絶えず毒気と臭気を放ちつづける。

触れただけで毒に侵されるそれは汚物の方がまだマシと言えるだろう。

例え破壊されても元に戻る、それは命の果て、あるのは絶望と終わらぬ激痛


お前達は禁忌に触れたのだ。

終わらぬ地獄へ堕ちるがいい。


 

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