第13話 世界が終わりに近づいている中、小さな少女が居た



 酒場に子供が現れる様になった。


 スラムに居る希望も何もかも失った子供とは決定的に何かが違う、そんな少女だ。笑顔を見せる事もなく、ただ淡々として、それでいて触れれば儚く散っていきそうな存在だった。


 どこぞの貴族の娘かとも思ったがどうやら違うらしい。


 高級品ではないが、スラムの人間では手に入れる事も出来ないような白い衣服を纏いちょこちょこと歩く姿は酒場にはあまりにもアンバランスだ。


 初めは護衛の依頼か何かでもしにきたのだろうと考えていた。金さえあるのならここの馬鹿野郎どもはちゃんと仕事を受けるだろう。流石に凄んで追い返す事は出来ずに居たがな。スラムの良識もなくしちまったようなガキならともかく、この可憐な少女を怒鳴りつけて追い返す事は誰も出来なかった。まぁ、店主である俺もなんだが。


 物珍しそうにきょろきょろと周りを見回した後、その子供は驚くべき行動をとり始めた。掲示板に張り付けられてる依頼書を剥がしてもってきたのだ。


 まさかと思ったが、そのまさかでたどたどしく、それでいて鈴のなる様な声で「これ・・・やる」と依頼を受けようとしてきたのだ。


 確かに依頼に年齢制限なんてものはねぇ、成功も失敗も受けた奴がどうにかする事で、俺・・・店は預かった依頼書をいくらかの報酬を受け取って張り出すだけ。


 内容が違ったとしても、上手くいったとしても俺には何の関係もない。それで成功するも失敗して死ぬもそいつらの自由だ。


 自由ではあるが・・・あまりにも幼いこの少女が持ってきたのは【窶れ人】の討伐の依頼書だ。国から定期的に出されている依頼で受ける奴はあまりいない。基本的に報酬は安い上に。この辺りの窶れ人が何なのかは嫌でも理解しているからだ。


 文字が読めないという事はないだろう、この少女は自らの意志でこの依頼を受けようとしているのだ。ありえない、ありえてはならない。それならばまだスラムで生きていた方がまだマシだ。あそこは最低限のセーフティはある。そこから這い上がれるなら生き延びれられるし、ダメならばそれまでだが・・・


 見た目10歳程度の少女、魔術を使えるようにも見えないし、持っているのは誰かが括り付けてくれたのかナイフをしまうホルダーが腰についているだけ。


 ただの自殺でしかない。勿論・・・ただの討伐依頼、護衛などのあからさまに失敗したらうちの名声が下がる仕事ならばこっちで無理だと言う事も出来るが、討伐なら俺も誰も文句は言えん。


 大人になれば貴族・・・王族すら射止めるかもしれない相貌、ただしあまりにも無表情ではあるが・・ここに来るまでにどれだけの目にあったのか。こんな自殺まがいの事までして金を稼ぐ必要があるというのか。


 俺は、久しぶりに・・・本当に久しぶりに俺の意志で少女が受けようとした依頼を断った。お前じゃ無理だ、子供が遊びで出来るものじゃあない。飲み物をくれてやるから諦めて帰れ、と。


 家の店で受けられる依頼でこの少女が受けられるようなものはない。大体が討伐や護衛、探索などの危険が伴う物ばかりなのだ、死にに行くのを見送るのは流石に俺の良心が咎めた。みれば周りの奴等もほっとしているのが見える。


 スラムのガキどもなら怒鳴り散らして終わり、周りの奴等もいくらクソガキばかりだからとて自殺しに行くのは気分が悪いだろう、殴ってでも追い返すのだが、目の前の少女にそれをできる奴は俺を含めていない。


 しかし少女はどうしてもやりたいと何度も訴えてくる。


 しまいには掃除もしていない地面に両手をついて頭まで下げたのだ。こんな小さな子供がそこまでして土下座迄して頼み込むなんて初めての経験だ。スラムの子供でも、いやスラムだからこそプライドがそれを邪魔をしてそんな事は出来ない。それはつまり自分は食い物だと周りに知らしめる行為だからだ。


 オイシミと名乗る少女が何度もか細い声で頼み込む姿に周りの奴等も俺を見て言う。


「なぁ・・・皿洗いでもさせてやれば」


「・・・・ちっ、わ、分かった! 俺の所で――」


 俺が根気負けして、家で働かせてやろうと思い声を上げたタイミングで新たに客が入ってきた。今は忙しいんだと思ったが、その二人は最近帰ってきたそれなりにベテランのモンスター狩りの二人組だった。


 受ける依頼は簡単な討伐等が多いが、その全てを完璧にこなし怪我もせずに確実に戻ってくる。この辺りには結構強いモンスターも多い中、それ等も撃破して帰ってくるのだからその腕は間違いないだろう。


 そんな二人が笑顔で入ってきて、目の前で頭を下げている少女を見た瞬間笑顔が消えた。首筋にピシリと殺気が走るのが分かる。俺も引退するまではモンスター狩りをしていたからこそそれが理解できる。


 あの二人がゆっくりと剣に手を伸ばしているのがみえ、慌てて状況を説明した。確かに知らないやつが見ればいたいけな子供に酒場で土下座させているというあんまりな図だ。


 流れる冷や汗に寒気を感じながらいきさつを説明すると、二人とも得心したと同時に頭を抱えていた。


 そしてそこからも引かない少女オイシミと紆余曲折あり・・・






 今彼女は討伐をしない時は家でウェイトレスをやっている。


 売れ行きが40%位上がったぞ。


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