第6話 神よ、この少女に慈悲を
世界の3割ほどが邪神軍に征服され、今も尚侵略されつつあるこの大陸で、俺と相棒は二人であてもない旅をし続けていた。
これでも前はそれなりのモンスター狩りとして名が知れていたが、そんな程度では何の意味もないし、何の役にも立たない。
大国がモンスター達の集団に蹂躙され、窶れ人に変わっていく姿を直で見た事があるか? 子供が、大人が、少女が、老人が、蹂躙され尊厳を破壊され、壊れ窶れ人となっていく。
巨大な竜が国を焼き、逃げ惑う王を焼き殺した。
焼き殺された後はそのままスケルトンとなり苦しみながら他の人間を襲い始める。あそこには悪意しかなかった。人間の持つ小さな正義など何の役にも立たず、俺以上のモンスター狩りが体中からあらゆる体液を流して命乞いをし、無造作に食われ死んだ。
憧れていた女戦士は発狂して仲間を殺し、その首をモンスターに捧げ、そのまま窶れ人となって更に狂っていった。
殺され、壊され、使役され、ただただ地獄が続く。
正義もなく、あるのはただどこまでも蹂躙される人間達。
俺と相棒は後方にいたからこそ、無理だとはっきり理解したからこそ、恥も外聞も投げ捨て逃げた。今も彼等の怨嗟の声が聞こえる。
だが、俺と相棒が居た所で何の役にも立たないのだ。
滅んだ国は邪神軍の拠点として、今は世界中から禁域指定されている。
俺達は折れた。
少なからずいた英雄達も死んだのだ。人間なんてちっぽけな存在では邪神軍には勝てないのだと。今でこそ世界中の人間が協力し、共に邪神軍に抗っていると聞くが、内情を知れば脚の蹴落とし合い、しまいには邪神軍と共謀しているという国すらあるそうだ。
人間同士ですら手を取り合えないのに、勝てる訳がないだろう。
だから俺達は全てに諦めを付け、俺達が出来る事をやろうと決めた。逃げて逃げてここまで来て、死ぬまではやりたい事をやろうと決めた。
ある程度の人助けをしたり、簡単な仕事を請け負ったりして日々を刹那的に生きる。仕方ないだろう? 俺達では、何もできないんだ。
そうしてあっという間に4年が過ぎた。
俺達もそれなりに強くなり、だが全く実感も感じず、寧ろ年齢による衰えを感じそろそろ潮時だろうなと思い、暫く仕事を請け負っていた町を出て、最後の護衛の仕事をして少しばかり大きな国で引退しようと決めた。
最後の仕事は荷馬車の護衛だ。簡単な依頼ではあるが、この辺りは最近山賊も多いので気を抜く事は出来ない。それでなくても既に何回か山賊に商人が襲われているそうだ。村では討伐依頼を出すにも金がない、襲われるのは商人でしかないのなら、彼等は諦めるしかない。
だからこそ、荷馬車を引く商人から直接依頼を受けたのだ。
依頼所を通さないからこそ報酬も高くなるが、相手も織り込み済みだろう。
どちらにしてもこれで最後だ。出来れば山賊には会いたくないなと相棒や商人と笑っていた所に、その少女は現れた。
透き通るような白髪、まるで貴族様ではないかと思うほどの美しさだ。村の娘では流石にこうはいかない。一応この村には何回か手ほどきしてやった3人組の子供がいたが、あれらも村基準、いや町でもそれなり以上に見栄えのいい子供だったが、そういう次元ではない。
―人とは思えないほどの美しさ
但し、着ている服はぼろぼろの麻布1枚だけ、手に皮袋を握り、それがすべてだった。たどたどしく歩いてくる姿はそれだけで庇護欲を沸かせてしまう。
辺りをきょろきょろとしつつ、少女は此方にやってきた。
荷馬車を指差して、微かな声で少女は乗せてほしいと懇願する。
この子の親はいないのか?と思ったが村にこんな子はいなかった、いたら直ぐに噂になっているだろう。両親や兄弟なども見当たらず、それなのに全てを諦めたような表情で、ただのせてほしいと小さく言うだけだった。
一応商人の荷馬車は乗合馬車としても機能する。
この商人も乗合馬車の経験はあるようで、そして居た堪れなくなったのだろう。彼女を乗せる事にした。
護衛ではなくただ乗っていくだけならば金がかかる。
食料や飲み物は自前だし俺達護衛が守るのは荷馬車と商人だけで、他の奴は守る対象外だ。金さえあれば別ではあるが。
少女は商人に袋を渡し、これで乗れるかと言う事を聞いてきた。
中には数枚の賤貨と石貨。馬車に乗るだけの金はあるが、護衛するだけの金はない。そしてこの子は一切の食料も持っていない。
ならば俺達は何もできない、それがルールだ。仕事外の事は出来ん・・・だがまぁ、子供一人ついでに守るくらいは良いだろうと考えていたら、商人が俺達に数枚の鉄貨を渡してきた。それは1人の護衛代、何も言わずに商人は小さな少女を荷馬車に載せていく。
世界は厳しく、どうしようもないのに、それでもこうした優しさはある。
邪神軍は・・・そんなやさしさすら容易く踏みにじっていく。
世界は本当にままならないものだ。
きっとこの子もどこかのお嬢様がたった一人生き残った、そういう所だろう。たどたどしく怯えたように話す姿は、余程の恐怖を味わったのだと思わせる。
なけなしの金を全部渡して、国に連れて行ってほしいという姿は哀れすら感じさせたが、恐らくそこに家族、もしくはこの子の家か何かがあるのだろう。もののついでで見てやるのもまぁ、悪くない。どうせ俺も相棒もこれが最後の仕事なんだ。
そう思い相棒を見やるとやれやれと言った表情をしていた。あぁ、お前は子供が好きだったからな。孤児院に寄付とかもよくしていた・・・あの国はとてもいい国だったのに。
馬車は走り出す。俺達の最後の仕事もそうして始まる。
走り出してから暫く経った頃だろうか、きゅるると音が鳴った。発信源は勿論あの少女だ。見た所栄養不足に見える痩せた姿、村の彼等は助けなかったのだろうかと思ったが、誰もが必死に生きている中、えも知らぬ厄介所にしか見えない子を助けるのは難しいだろう。
そして気づいたら相棒が少女に自分の非常食を渡していた。
お前と言う奴は本当に子供に甘いな。お陰で俺の用意した分が意味なくなってしまった。
きょとんとしていた少女が相棒に促されると、堰を切ったように非常食を食べ始めた。何の味もしない、とりあえず生きるために食べるだけの食い物だ。安いからこそ大量に買ってあるが、こういう仕事でもなければ食べたいとも思わない物。
必死に食べる姿は、可愛さを感じる前に憐れみを感じさせる。
ちいさく本当にか細く【おいしぃおいしぃ】と言いながら食べる姿に俺も相棒も少しだけ肩を震わせた。こんな子供が非常食を食べて美味しいと喜んで食べてしまう事に、どうしようもないやるせなさを感じてしまう。
俺が飲み物を用意してやると、おずおずと受け取り飲んでいく。
たった2枚の非常食、腹を満たすには少なすぎる量で彼女は満たされてしまったらしい。吸い込まれるような青い瞳をゆっくりと閉じ、やがて開いた後少女は俺達にこう言った。
―お礼 助ける 私・・・きっと
あぁ・・・この世界に神様なんてのが居るのなら、俺はあんたを憎みたい。
こんな少女にたったこれだけの事で、そこまで言わせてしまった事を。
だから、俺も相棒も、多分聞いていた商人も【子供がそんな事気にするな】と笑い飛ばしてやる事しか出来なかった。
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