第3話 それは儚き少女だった


 生きるために戦う。


 俺達みたいな学も技術もない人間であっても、戦う力さえあれば生きていられる。


 モンスターを倒し、それを処理し、糧を得る。


 両親も死んだ俺達が生きていく為には強くなるしかなかった。


 幸い俺にも姉さん達にも両親から引き継いだ才能があった。


 それは大都市で戦っているような戦士たちとは比較にすらならない程の物だとしても。


 モンスターを倒せば金を貰える、慎ましやかにでも生きていられる。


 依頼所からモンスター退治を請け負ってモンスターを倒し、証拠をもって金を貰って生きる。


 別に英雄になりたいなんて思わないし、3人で飢えることなく生きていけるならそれでいい。


 ただ、俺も英雄になれたら姉さん達をもっとマシな生活をさせてやれるのだろうか。


 そんな事を言ったらカティナ姉さんには困った顔をされて、マルティ姉さんには怒られて頭を殴られた。


 そんな普通の日々が続くと俺は思っていた。


 こんな田舎の町に邪神軍なんてくる訳がないと。


 



 その日俺達はいつもの様にモンスター退治を請け負った。周辺に【窶れ人】が複数体現れたと言う。


 窶れ人は人間が堕落か絶望し邪神軍に心奪われ人であることをやめた化け物だ。その見た目はすでに人のそれではなく、ただ奪い、殺し、犯すだけの存在に成り果てる。


 ただ、窶れ人はちょっと鍛えた人間なら簡単に倒せるほど脆く弱い。


 元々がただの人間だし絶望した果てた者が化け物に変わったとしても実力が跳ねあがる事なんてない。


 知能も衰え、5歳児の子供以下になりまともに思考する事も出来なくなるというし、下手に強いモンスターを倒すより楽ではある。


 生理的嫌悪と元は人間だったという事に対する忌避感さえ耐えれば悪くない依頼だ。


 そう思っていた。



 


 そこにいたのは窶れ人ではあった。


 ただし、目はぎらつき、赤く染まり人間大の大きさになり巨大なこん棒を振り回し下卑た笑いを上げる。


 マルティ姉さんが震えた声で言った【過ぎた窶れ人】と。


 俺も聞いた事がある。


 窶れ人はなり立ては子供並みに弱い、知能も衰え、それは大の大人なら余裕で追い払える程に。だが生き延びた窶れ人は成長する。


 生物型のモンスターと同じように窶れ人も死ななければ成長するのだ。


 それは【過ぎ】と呼ばれ力を増し凶暴性を増した存在になるという。


 過ぎた窶れ人は街の衛兵でも一人では勝てないと言われるほど強い。邪神狩りの様な強い人たちでもない限り一人で立ち向かっていい相手ではない。


 それが複数体。


 俺もある程度剣には自信があるし、姉さん達も炎の魔術と癒しの魔術を使えたが、その程度でどうにかなるものではなかった。


 腰が抜けて動けなくなった二人を守るように俺は我武者羅に武器を振り回す。


 過ぎた窶れ人はそんな俺をみてただただ笑っていた。


 滑稽な姿だと思っているのだろう、俺の渾身の一撃は持っていたこん棒で容易く弾かれ、返す刃と言わんばかりにこん棒で殴られた。


 頭じゃなかったから意識は保てたがたった一撃でもう戦えるような状態ではなくなっていた。


 だがそれでも俺は立ち上がらないとならない。このままでは姉さん達が捕まりこいつらの苗床にされるだろう。窶れ人に孕まされた場合、生まれるのは人間ではなく窶れ人になるのだ。


 そうなれば窶れ人達が増え、邪神軍はますます勢いを増すのだろう。


 しかしそんな事よりも、俺は優しく厳しい姉さん達がこいつらに奪われるのが我慢できなかった。


 モンスターを倒している仕事をして自分達がそうなるのは許せないとか言われるかもしれないが、それでも・・・俺には。


 剣を振り回し姉さん達に逃げるように促すがもう絶望して動く事も出来ずに居る。


 俺達は多分ここで終わるんだろう。俺は殺されこいつらに食われ、姉さん達は・・・その証拠に奴等は飽きたのだろう、笑い声を上げながら俺に近寄ってくる。


 俺は最後にせめて一匹だけでもと決死の覚悟を決め――


 その子に気付く事に遅れた。


 どんっと鈍い衝撃が俺を押しのける。攻撃されたのではなく横から弾かれたように押されたのだ。ただあまりにも弱いそれは俺を少し押しのけるだけで終わり、


 だが窶れ人の攻撃は確かに俺を押した何かを捉えていた。


 俺を押した時の態勢のまま、後頭部から背中にかけてこん棒の一撃がそれを捉える。もしかして姉さん達が俺を庇ったのかと思ったが全く違う。


 そこには――


 汚してはならないような人の姿をした何かがいた。


 純白の衣服は自らの血で汚れ、まるで世界に染まっていないと主張する様な白髪の髪の毛は倒れた時に血と煙でくすんでいる。


 幼い、とても幼い少女が俺を庇ったのだ。


 見も知らぬ、全く関係のない俺を少女は庇い、俺の代わりに地に伏せている。


 怒りが沸き上がるのを感じた、俺の情けなさと、目の前の化け物に対する燃え上がるような怒りが。


 だがそれも直ぐに消える―


 何故ならそれ以上の怒気が周囲を包んだのだから。


 窶れ人達がまるでごみの様に吹き飛んだ。


 倒れ伏す少女の目の前、何かは現れた。


 赤錆に覆われた全身鎧を纏う巨大な人影。何らかの文様が描かれた巨大な大楯を持ち、右手には俺の身長すら優に超える様な幅広い巨大な剣を握っていた。


 フルフェイスのヘルムの瞳の奥にはくすんだ燐光が迸り、ゆっくりと後ろを振り向く。そこには倒れ伏す少女と俺達の姿。


 微かにその何者かは震えた後、窶れ人達に向き直し人が出せる音量なのかと言わんばかりに咆哮した。


 劈くような咆哮が吹き飛ばされた窶れ人を縛り付け、一瞬で目にもとまらぬ速さで巨大な剣を何度も何度も振り下ろす。怒り狂ったかのように振り下ろしていく。


 最初の一撃で既に窶れ人達は死んでいるだろうに、その程度では済まさないとばかりに咆哮を上げ振り下ろし続けた。


 やがて剣を止めその何かは此方に振り向く。


 フルフェイスでその表情は読み取れないが、恐らく少女を見ているのだろう。盾をその場に下ろした彼はその場に跪いて左手を胸に当て、一礼をし・・・


 初めからいなかったかのように消えていった。


 訳が分からないが、俺達はきっと・・・この倒れている少女に救われたのだろう。そしてあの赤錆の鎧を纏った騎士は。俺達に彼女の介抱を頼んだのではないか、先ほどまでの威圧感は消えて、まるで震える様に俯いて消えていくそれに俺は、そう感じた。


 姉さんが既に癒しの魔術で彼女の怪我を癒している。今度は俺達がこの子を助けないとならない。



──────────────────────────────────────

【赤錆の聖騎士:ヴァルハルト】

巨人の中でも矮躯だった男に与えられたのは光り輝く鎧だった。

巨人としては非力であろう彼は、彼女に救われ、彼女の為に聖騎士となった。


例え約束が破られても、彼女を忘れる者達が居たとしても

その聖なる鎧が赤く錆び果てようとも、ヴァルハルトはその鎧を

脱ぐことは永劫なかった。この鎧が彼女との縁であり、絆なのだ

例え錆び果てようとも、例えこの鎧が見かけだけの物だったとしても


この鎧だけが彼のよすがだった。

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