無言

夢月みつき

本文『無言』

 ある日、私は体調が良くなく、布団で横になっていた。

 その日はいつもの福祉職の女性が来ていて、隣の洋間で仕事をしていた。

 彼女のことが私は、はっきり言って好きではなかった。



 福祉職に有るまじき行為だが、

 仕事中に毎回、言葉の暴力をしてくるのだ。

 


 その日も彼女は「見た目も中身も苦労してないから若い」とか。

「社会の義務を果たさない、人間に意見を言う資格は無い」など。

 様々な言葉で私を酷くいじってきた。



 ――そんなことを言う暇があるなら、きちんと仕事やれよ!ーー



 私は苛立ちを覚えながらそう、心で思っていた。

 私の心も限界を超えていたのか。

 


 心の病を持つ私は、連日の彼女のいじりと他の酷い人間関係で心が疲弊し、病が悪化して幻聴や幻覚をみるようになっていた。






 ◆◇◆







「少し休もう」



 そう思って私は、部屋の隅に何となく目をやった。

 すると、何と家にいるはずのない。

 見ず知らずの男がいたのである。



 しかも、その男は胸から下が無く。宙に浮いていた。

 しかし私は、不思議と恐怖を感じなかった。

 私はしばらく、なぜかじっとその男を見ていた。

 男も動くことなく、私を見ていた。



 だが、私は段々と怖くなってきた。

 心の中で消えろ、消えろと何度も強く念じた。

 すると、ふっと男が消えたのである。



 私は安堵し、女性に慌てて伝える。

「今、身体が半分しかない。男の人がいたんだけど」


 そういうと、女性は「怖いね。私の方を見てなかった?」と言った。

「私の方を見ていたから……」と言うと。



 隣の部屋から返って来た彼女の言葉は。

「良かった。私じゃなくて!」と笑っていた。

 本気にしていなかったのだろうが、何てことを言うんだと思った。



 彼女は、あまりに酷いので、私の方から事業所に言い変えてもらった。

 その後、未だ病気はあるが。薬と時間の経過で癒えて来て幻覚を見なくなった。

 ただ、彼女から受けた心の傷は今でも癒えていない。



 あの男は病からの幻覚がみせた、幻だったのか。それとも本物だったのか。

 それは今でも、分からない。

 女性はその後、事業所を寿退社したと聞いたが。

 退社して三日後の朝、事故死したとニュースで知った。



 私は複雑で悲しい感情になったが、静かに手を合わせて冥福を祈った。

 もしかしてあの男は、目が合った私ではなく、彼女を選んで憑いて行ったのかもしれない。

 

 しかし、一番怖いのは生きている人間だと私はそう思った。


(終わり)


 最後までお読みいただいて、ありがとうございました。

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