【SS】名も知らぬ君に贈る俺の声
ずんだらもち子
【SS】名も知らぬ君に贈る俺の声
白いスーツの人物が尋ねた。
「このプレゼントが欲しいですか?」
その人物の目の前にいた少年は首を傾げた。そこに何が入っているのか分からないから。
「この中には、君の一番欲しいものが入っていますよ」
少年は首を左右に振った。自分の一番欲しいものが与えられる物ではないことを知っていたから。
男は人生に興味を失っていた。
会社は倒産し、婚約者には縁を切られ、無理な営業をした故、友人たちは遠くに離れてしまった。
無為な日々を、只管に消化するだけだ。
なにもかもが虚しい。
一年が終わろうとする寒空の町を淡い期待を胸に出歩いてみるが、やはり心境の変化はなかった。
何もなければ人生はあと五十年は続くだろう。男は大きな白い息を吐いた。
交差点の信号が赤色に変わる。
脚を止めた一瞬、男の脳裏に浮かんだのはある種の賭けだった。
このまま道路渡ってみて、轢かれることがなければ、何か変わるかもしれない。
失敗すれば死ぬ。だけどそれがどうした。
男が一歩足を踏み出した時、後ろから肩を叩かれた。
天国のように白いスーツ、地獄のように赤黒いシャツ。ホストやヤクザのような出で立ちだった。色だけなら、サンタクロースの異種のように捉えられなくもなかった。
パンツスーツ姿は男を意識させたが、目深に被ったハット、純白の光を反射させる艶やかな長い髪がそれを惑わせる。
明らかに浮いた存在だが誰も見向きもしない。自分とその白い人だけがそこに存在するようだった。
「そんなあなたにお願いしたいことがあるのです」
随分とせっかちなようだ。挨拶もそぞろに白いスーツの人物はいきなり願った。
――こちらの事情を勝手に決めつけて……いや、分かっているのか。まぁ何でもいい。どうせ危険を冒すようなことを求められるのだろうが、一つも恐ろしくはない。
「あなたの声を頂きたいのです」
俺はアタッシュケースと共にいつものアパートに戻ってきた。
アタッシュケースにはいくらの現金が入っているかわからなかった。訊かなかったのではない、「あなたが今後困らない程度には」と奴が言っていたのだ。
試しに声を出してみようとしたが、出し方さえ分からない。呼吸の仕方が分からなくなる時に似ていた。どうやら俺は本当に声を失ったようだ。
だが、俺の声でいいなら、誰かがそれで喜ぶのなら悪い気はしなかった。妙な温もりを胸に抱いた。
この金も似たような形で手に入れたのだろう。遠慮なく孤独を頂戴するとしよう。
だが、もしまたいつか、誰かを…………。
いや……、考えるのはよそう。また人に興味が出るといけない。
【SS】名も知らぬ君に贈る俺の声 ずんだらもち子 @zundaramochi777
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